第38話「花盗人」
「咲姫……どうして……!?」
どういう訳なのか、やたらとハイテンションな咲姫が現れるたのだった。
「咲姫ッ……!? なぜ此処に……! ちっ……。なんてタイミングなんだ……。部屋に鍵が無いのも悔やまれるな…………」
蘭子が一度目元を拭い、苦虫を噛み潰した様な顔へと瞬時に切り替えだす。そして、手際良く自分の首輪を外し、スッと立ち上がる。
脳を快楽に溺れさせていた僕は、突然の来客の意味を全く考えず、蘭子をまだまだ肌で感じていたかった――とだけ、名残惜しさを覚えてしまう。
突如として現れた咲姫に目を見遣ると、その手にはゴツいハサミが握られており――彼女には包丁を持ってもらった方が似合いそうだけどなぁ、仕方がない……何が仕方ないのか。その馬鹿馬鹿しい発想に、少し頭を冷やされる。
「親御さんに聞いてみたら部屋だって言うんだけどぉ〜お? 何をしているのか訊ねても煮え切らない返答しかしないから、ちょ~っと強引に入って来ちゃったぁ~っ!」
「テヘッ」と言わんばかりのナイススマイルを、凶器片手に見せてくれる救世主、姫様。
ようやく蘭子から解放されるも、起きているのがやっとな頭を再度ベッドに預ける。ゾワゾワと全身が引き攣って、思うような自由が効かないんだ。修羅場にこんな有様で情け無いが、それぞれの命に危険が無い限りは傍観させてもらおう。
「空気も読まず、私達の愛の巣にノコノコと……。何をしに来た?」
「何って。私はただ、王子様を助けようと思ってぇ~」
「おやおや、咲姫ヒメサマも面白い冗談を言うな? 立場が逆であろうし、そもそも百合葉は私の『オヒメサマ』だ」
蘭子が一歩前に出て、咲姫から僕を遮る様に立つ。
「蘭ちゃんにとってはどうだろうと、私にとっては王子様なのよぉ? わざわざバレない様に独り占め――ってのもそうだけど、さらって行かないで欲しいかなぁ~?」
「ふっ、茶番だな……。取り敢えず、私達の邪魔にならない様に、出て行ってはくれないか?」
「そう邪険にしないでよぉ~。邪魔も何も……なぁ~にをして、いたのかなぁ~?」
「察しは付いている癖に恍けるな。唯、百合葉を可憐に咲かせていただけだ。彼女を傷付ける様な事はしていないさ」
「う~ん……。キレイな例えのワリには、カゲキな事があったとしか思えないんだけどぉ〜お?」
咲姫がワザとらしく首を傾げながら、首が拘束され衣服の乱れた僕の姿を確認する。
「そっちこそ、そんな物騒な物を持って何をするつもりだ? 彼女を助ける為に私を殺すか?」
皮肉半分の様な冗談を込め、蘭子は口角を吊り上げながら言う。
「蘭ちゃんがお望みならそうするけど、実際問題、百合ちゃんの前で人殺しなんてしたくないよねぇ。逮捕も嫌だし」
「ふっ……。君が聡明で助かった。私もそのような罪は背負いたくない。君にバレた時点で足掻き様がないからな――ああ、それとも。改めて君も混ざり、レズプレイに乗ずるか? それならば私も大歓迎だが」
不思議と嬉しそうな語調で蘭子が問う。
「いやぁ〜……。そういうのは、ちょっと……ご遠慮かなぁ……」
「まあ、そうだろうな」
咲姫の真顔での拒絶に少し残念な面持ちで僅かに目を伏せ、蘭子は僕の首輪を外す。ようやく自由の身になった僕はゆっくりと身体を起こすも、立ちくらみの様に頭が重い……。一人で立ち上がるのは困難みたいだ。
「大丈夫か? 百合葉。楽しく――も散々な目に合わせてしまったな。悪いとは思わないが」
こめかみを押さえていると、蘭子が心配の言葉を掛けてくる。悪いとは思っていないんだね……。
「心配するなら最初っからしなければいいのにぃ~」
「……君にこの気持ちは解らないだろうさ。そもそも、どうやって此処まで嗅ぎ付けた? 無事に撒けたと思ったのだが」
質問に答える様に咲姫が小指を立てて、自分の携帯を見せながら言う。
「蘭ちゃんにだって、私の想いは解らないでしょ?」
それを見てハッとした蘭子は片手で頭を押さえ、諦めたように溜め息を吐く。
「何か小細工をしていると思えば、まさかのストーカーだしなぁ……。ふふっ。そうか、そうだよなぁ。君もまた――――」
何かを察した様に蘭子が納得するも、途中で言葉が止められる。意外と穏やかな会話で、フィクションの様な殺し合いになる訳は無かった。
「興醒めだ。私の好き勝手しておいて悪いが、百合葉を無事に送り届けてやってくれ」
「言われなくても分かってるわよぉ~」
蘭子は「ハァーッ」と大きな溜息をついて、刃をケースに収める。凶器が机に置かれ、抵抗意思が無い事を確認した咲姫は、肩から下げたポーチにハサミをがちゃりと仕舞い、僕の身体を起こしてくれる。彼女の体からフワリと漂うフローラルでスウィートな香りに、鋭くなった嗅覚が再び反応し、目の前がお花畑のように感じる。
「じゃあねぇ~。蘭子ちゃん?」
「『月に叢雲、花に風』……。花盗人め……」
鋭い視線を送る蘭子に、余裕な態度の咲姫が別れを告げる。火照りが抜けずボーッとした頭でも、流血を見る事なく修羅場が無事過ぎ去った事は理解出来た。




