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百合ハーレムの作り方  作者: 乃麻カヲル
第1部三章「百合葉の美少女つなぎ」
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第33話「LOVE POTION」

「うっ……ここは……?」



 ぼんやりとほの暗い中で少しずつ目を開けば、全く見覚えの無い景色が視界に広がっていた。あれは……天窓? 枕の感触もあるけれど、いつどこで眠りに就いたのだろう。思い出せない事がより一層混乱を招く、曖昧な意識の回復だった。



「ようやくお目覚めのようだな……眠り姫」



 戸惑いを感じながらも声が発せられた左側を向けば、ブラウス一枚に身を包んだ蘭子が、側に正座したまま僕を見つめていた。



「眠り……姫…………?」



 僕の事だろうか……と思い、首を回し周りを見渡す。



 蘭子を除き、誰も居ない。しかし何故、彼女が側に居るのか。カーテンの開け放たれた二つの窓から月明かりが差す中、ふかふかなベッドの上に僕が居るのだと把握は出来たけれど……。



「ここは蘭子の部屋?」



「ふふふ……。さあて、どうだか……」



 とぼける様に言う蘭子。表情からは読み取れないが、楽しんでいる様に伺える。



 ふと、違和感にヒクついた鼻が、何故か安心する芳しさを嗅ぎ取りだした。ああ、これは蘭子の匂いだ……。嗅覚から以前に抱き締められた時の情景を思い出す。なる程、アロマでも焚かれているのだろう――という事は蘭子の部屋で違いは無さそうではある。



 しかし、優雅で甘い薔薇の香りを寝起きの脳内に染み渡らせるも、思い出に浸っている場合ではない。抜け落ちた記憶を集める為に再び、飲み込めない状況の理解に勤しむ。



「そうだ。蘭子の部屋に来て……僕はどうしたっけ?」



「君の寝顔は、まばたきを忘れそうなほど綺麗だったよ。どこまで私をとりこにさせるつもりだ?」



 いつもと変わらぬクールな声で、会話と噛み合わせずに口説きかける。何がどうなっているのだろうか……。上体を起こす為に、頭上にまで伸びた両手を戻そうとすると、痺れた腕に馴染みの無い反動を覚えた。



「痛っ……」



 ギシィと金属が鈍く歪む音と共に、違和感の正体が段々とあらわになり、僕の行動が制限されているのだと気付く。……動かせない。いや、少ししか幅を効かせられないと言うべきか。首を必死に反り返して、慣れない力の掛かる手元へと視線を移動する。



「何これ……。紐……じゃなくて縄?」



 目を見やったその先では、パイプから十センチほど距離を伸ばした縄が、手枷てかせとして僕を拘束していた。どうやら諸手もろてを上げた状態で柵にくくりつけているらしく、シックで上品な彫刻の施されたベッドには、全くそぐわない異質感を漂わせている。



 手首を捕えた結び目は僅かに擦れる程度で痛みは無く、完全に固定にされきっている訳では無かった。頑張って体をよじれば、起き上がる事くらい出来そうだけれど……。



「でも、なんで縄が――」



「椅子に縛られた君も、それはそれは絵になって大層魅力的だろうと考えたが、長時間座る体勢では辛い思いをさせてしまうとも案じてな。体が疲れぬようにベッドに縛らせて貰った。どうだ、ぐっすり眠れただろう?」



 「ベッドで無ければ意味も無いしな」と呟く様に付け足し、蘭子は答えにならない返事をする。しかし、そんな事よりも日常会話から掛け離れた台詞に現実離れした既視感がある。いやいや、こんな状況に巻き込まれた覚えは無いけれど……。



 『眠る』……『縛る』……。起動したばかりの頭をフル回転させ、脳内の虚構きょこうと現実の狭間はざま辿たどってゆく。そうしている内にフッと、今日の出来事を映す記憶の情景が次々とよみがえり、意識が区切れた点から、ようやく一つの答えが導き出された……。



「ココアを飲んだ……。そのあと眠って、縛られているというは…………」



「さあ、君は私に何をされたのだろうね……。答えられるかな?」



 煽る様に解答を要求されるも、結果はもう出ている……。



 ――監禁――。この場合は、誘拐などの犯罪臭漂う方では無く、愛憎劇の方だろう……いや、どちらにしろ犯罪か。



 少しずつ重くのしかかる不安も、目の前に愛しの美少女が居る事で多少は緩和されているものの、物騒な事実を目の当たりにしては、乱暴が振るわれるんじゃないか――という疑惑を拭い去る事は出来そうに無い。そのような事態には陥らないと願いながら、僕は出した答えの解答を求める。



「蘭子……。僕を監禁……したんだね……?」



「どうやら現状を全て理解出来たみたいだな。先程出したココアに睡眠薬を入れておいたんだ。華奢な君の体は羽の様に軽く、抱き上げるのもそんなに苦労はしなかったよ」



 彼女が両腕で僕を抱えるポーズを取りながら、ようやくまともな説明を返してくる。



「抱くって……!?」



 寝ている間に触られた? どこまで……。つい自分の身体を守るように縮こめる。視線を自らの胸元に落とすも、服装は平常時と何も変化が見受けられなく、乱れた様子も特に見付からない。一見しただけだが、衣服の下をまさぐられたという事は無さそうだ。



「ふふっ、抱き上げた――と言ったんだよ。不安の裏で期待したかな? 残念だが、そう心配しないでくれ。君に触れたのは運ぶ為に抱えた程度で、眠った君を襲うという野蛮な事はしていないさ。そんな強姦じみた事は意味を成さない」



「何を……するつもりなの?」



「私の想いを散々はぐらかし続けた癖に、とぼけた事を言うんじゃあ無いよ。こんな事をしてまで、君を傷付けたりはしない。ただ、愛を囁きたいと思ってね」



 蘭子の好意に対するはぐらかしは、やはり勘付かれていたか……。現状を考えてみても今更その事を追求する必要は無い。



 何より一番警戒すべき点は、『愛を囁く』なんて綺麗な言葉で包まれた性行為を、今この場で求められている実態である。それだけは避けなければ――――。



「どうすれば解放してくれる?」



 無理だとは分かりつつも、駄目元で交渉を試みる。一階からは、ドアの開閉や人の歩く生活音がするも、彼女の親は浮気を武器に蘭子に脅されているのだろう。助けを呼んだところで期待は出来ない。



「そうだな……。君が私に似た子を宿すまで……かな」



「そんなの一生無理じゃない…………」



「ああ、その通り。不可能だ。しかし、夜通し愛し合った末に朝焼けの祝福を受けられるのであれば、今日は、それで満足さ」



 どうにも僕を逃がしてはくれないらしい――『今日は』……? 一時の性欲を発散する為に監禁した訳とも違いそうではあるけれど……。



「僕は肉欲にまみれた愛は嫌いだよ」



「何を言っている。恋愛に綺麗も汚いも無いんだ、全てが尊い……。有名な作家の名言で、『恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである』――と云う言葉があってね。彼は男であるのに、随分、まとを射ているじゃないかと思わされたよ……。これから私達は、月明かりに照らされ舞い踊り、悦びのうたを奏でるだけなのさ」



 遠回しに蘭子の"求め"を拒否するも、予想通りの反応だと言わんばかりに異を唱える彼女。



 前置きされた表現も、充分に名言染みている気はするが、引っ張り出された言葉は実に蘭子らしい選びであり、文学者特有のとも言うべきか、そういった考え方もあるのだなぁと、深く関心を寄せてしまった。



 確かに、愛とは人それぞれであるし、恋愛観の議論において、僕の考えを押し付ける訳にはいかないけれど……。



「正気……? ちょっと目を覚ましてよっ! 自分が何をしているのか分かってるの!?」



「散々、私の気持ちを弄んでおきながら、いざ愛を確かめようとすると、そんな事を言ってしまうのだな。まだ私を受け入れてくれないだなんて少し傷付いてしまいそうだが、その傷からゾクゾクと伝わる感情が、余計に私を愛で狂わせてくれる…………」



 蘭子が自らの肩を両腕で抱き、少し目を伏せたまま、一度閉じた口を再度開く。



「目を覚ます――そんなつもりなんて更々無いがな。それでも……もし、私の恋煩いを治し正気にさせたいのであれば、ナイフで心臓を一突きしてくれれば良い。ずっと君を守っていたい私からすれば堪ったものではないが、愛の証明も出来るはずさ」



 ……愛が重い。しかし、嬉しくも感じてしまう。僕が求めた愛の本性とは、こんなにも彼女を変えてしまうモノだったのだろうか? どれだけ君は……。



「どれだけ君は……。僕の事を好きになってしまったの?」



 そんな蘭子の狂気振りから、自惚れた質問をしてしまう。



「野暮な事を訊くな……? だが、そんな問いを投げ掛けられる――というからには、私の愛を知って貰える。それだけでも胸が張り裂けそうで堪らないなぁ……。私がどれだけ君を愛しているかを知りたければ、夜空に浮かぶ星を数えてみれば良いさ」



 どれくらいなのだろう――と、窓から空を見そうになったところで、自分の愚かさ気付く……。天に広がる星の数は無数――それはつまり、無限大って事じゃないか。今ここで鈍感になってどうするんだ……。



「充分に伝わっただろうか? いや、まだまだだろう。これから君に此の想いを際限無く伝え、身体の隅々まで私の愛で染めてあげるよ。脳がとろけそうな程に、極上の幸福で君を満たすんだ」



「そんな事言ったって、こんなの強姦と何にも変わらない。無理矢理だなんて――!」



「フッ……、怯えた顔で虚勢を張る君も可愛いなぁ。じきに本能がうずく様になるさ…………」



 僕は怯えているのだろうか。言われるまで気付けない程に緊張感が走り、身の毛もよだち鳥肌を立てている――ムダ毛などは全身処理している為、よだつ物などありはしないのだけれど。



「百合葉……君が悪いんだ。何度も、何度も……私の好意をワザとはぐらかし続けて。君だって私と同類なんだろうに、誤魔化しては思わせ振りな態度を取るの繰り返し。それだけじゃない。咲姫にも譲羽にも仄香にも、恋心を芽生えさせ日々密かに育んでいる。もう私は居ても立っても居られなくなってしまったじゃないか」



 落ち着いた口調に熱を込める彼女は一つ息を吐き、また続ける。



「別に、抵抗されるのであれば、無理に服をひん剥こうだなんて思ってはいないさ。私を受け入れるかどうかを決めるのは君次第。ただ、それを判断するのは、ありのままの君をさらけ出して貰ってからだがな……」



 そう言うと蘭子は、怪しい英字が刻まれた小瓶を取り出し、机の上の紙パックに入った桃ジュースと共に、空のグラスに混ぜ始めた。甘酸っぱい桃の香りが部屋に広がり、僕の鼻腔びこうを奥までくすぐる。何を入れたのだろうか…………。



「LOVE POTION……? 愛の薬……あっ、媚薬!?」



「そうだとも、中々鋭いな……。愛の薬だぞ? 性欲を塞ぎ込んだ君から丸裸の本性を引きり出せるだなんで、なんとも素敵なのだろうね……」



「僕が鈍感ぶるから、強攻策ってワケ……?」



「流石に察しが良いじゃないか。今からこれを飲んで貰うんだ。自分で試した時は君への想いが溢れ切って、天使に抱かれ雲と浮かぶ楽園かと感じたなぁ……。身体の構造自体は一緒なワケだから、君を何度も昇天させるイメージも大分楽に掴めた。精神的な意味でも、どんな事でよろこぶか分かるという事は、君の求めた『同性愛』の最大の利点なんだぞ?」



 僕を性欲に溺れさせる魔の秘薬……。彼女の企みも何となく掴めてきた。蘭子は獲物を狙う様に舌を舐めずらせ、指先をイヤらしく動かしながら、次を続ける。



「いつか来るであろう、この夜の為にと自分に言い聞かせてさ。寂しい夜には君の写真を見て自分を慰めていたものだ。別に私は快楽を得ようとは思っていなかったのだが、気付けば私は貪る様に毎日、性欲に溺れていた。姿を思い浮かべるだけじゃない。机にノートを広げ、君の苗字を私の苗字に書き直してみたり。そんな小学生染みた事をするだけでもムラムラしてしまうほど、君を欲したんだ」



 淀みなく言い終わると蘭子は、手にした机のグラスを傾けながら見つめだす。いつもはほとんど無表情な筈なのに、月光を浴び愛に酔ったその横顔は気が遠くなるほど神秘的で、『ムラムラ』などという俗な感情とはかけ離れていた。



「そんな中、君の名前を見るだけでも溜息が出るというのに、日々君を見ていたらどうなると思う? ……愛が深まるんだよ」



 静かに言い放つと共に、蘭子は僕に目掛けて流し目を送る。その単純ながらも華麗な仕草に、僕まで酔わされる様な気分に落とし込まれ、用意された媚薬の意味なんぞ、忘れそうになった。



「君の癖を……常に浮かべている愛想笑いを見るだけでも幸せを感じた。君と過ごす一日一日が最高の喜びだった……。だというのに、いつの日を境にか、それ以上を求める様になってしまったんだ。朝昼晩、部活中や授業の時だって、君の事で頭がいっぱい……。初めて味わう劣情も、すんなりと私の中に入り君を欲する……。そして、その想いが倒錯とうさくする様に、百合葉にもこの幸福に包まれて欲しい――と。百合葉にも絶頂の快楽を味わって欲しい――と。……もう抑え切れず、苛立ちが消せなくてさ。もはや、以前の私には戻れないな」



 心臓に手を当てながら胸中を吐露する蘭子。低音が良く効いた声が脳裏までしっとりと響き、彼女のやり切れない想いに、感傷的な気分へとひたされてしまっていた。そんな中、机にコツンとグラスが置かれる音で、僕は一瞬正気に戻る。



「何をどう言われたところで、媚薬なんて飲まないよ……?」



「……脅しは嫌だったのだがなぁ。さっきも言った通り、傷付けるような事はしたくは無い――が、私の言う事を聞いてくれなければ……」



 途中で意味深長に言葉を止めつつ、ベッド下から、木製の柄が飛び出した革のケースを取り出し、銀色の鋭いナイフをちら付かせる。「ひっ……」と怯え張り詰めた空気の中なのに、僕の脳内だけは呑気なもので、美少女に刃物はアリだな――と思ってしまう。



「大丈夫。君は大人しく、私の指示に従っていれば良いだけなんだ。何にも、怖い事なんて有りはしないぞ? この薬だってただ、君に正直になって貰うだけなのだから…………」



 彼女は誘拐犯が使いそうな甘い台詞を僕に差し向け、少し間を置き、遥か遠くを見る目で語り出す。



「私に抱かれて芽吹いた君は、温もりを沢山感じる為に大きく葉を広げそして、熱を充分に浴び育まれた蕾が、じっくり一晩掛けて華と成り、やがて愛の蜜を零す……。ほら、素敵じゃないか」



 素敵なのは君のキザな表現力である。なんだ、僕は種なのか? 君は花咲か爺さんなのか? そんな君に胸がキュンキュンで、恋は芽生えをとうに振り切っているよ? 過剰生育により花園が出来るまである。なんだ、素敵じゃないか。



 しかし、最上級にクサクサな口説き文句を放たれるも、脅されているのは一目瞭然過ぎて、火を見るよりも明らか……。僕は無言の牽制けんせいを示す為に眉をひそめ、細い目の眼光を蘭子に浴びせる。



「……それは睨みつけているのか? 微笑ましい程に凄みも何も感じないが…………」



 大失敗である。微笑を浮かべる事が日常的過ぎて、怒りの表情を忘れてしまったみたいだ。ヒステリックに怒鳴りたくも無いし、僕がこの娘に威圧を与えるなんて、金輪際不可能なのでは無かろうか。



「まあ、こんなモノ、あくまで保険で用意しただけなのだがな。こうして真摯に伝えなければ、君が蝶の様にフラフラと私の元を去ってしまうんじゃないか――と不安に押し潰されそうでね。自由に飛び回る其の羽根をもいででも、私の傍に置いておきたかったんだ。私の甘い愛の蜜で酔わせ溺れさせてあげればもう、味を覚えて余所に行く気は起きないだろう……。私が飲ませてあげるから。こっちを向いてくれ、百合葉」



 なるほど、僕を蘭子で夢中にさせるというのだろう。彼女の計画の全容が理解出来た。僕を本能で突き動かそうだなんて、なんと恐ろしい事か……っ。



「ほら、君は拒まないと信じているぞ…………?」



 強い視線が僕に刺さる。当然ながら、指示の言葉には従わない。僕はギュッと目を閉じソッポを向く。今の蘭子の瞳は、見るだけで魅入られ魅せられる魔性の目……。そんな錯覚に陥れば、危険を察知した本能から、意図しなくとも逸らさずにはいられないのだ。



「そんなささやかに拒絶するなんて、素直じゃないなぁ。さあ、目を開けて私を見なよ」



 半目を開けて様子を伺う。彼女は剥き出しになった凶器を机に置くと、グラスを手に持ち濁った液体を口に含ませる。そうして近づいてきた彼女が僕の顎をしっかりと掴み、そのまま唇を奪いに来た。



「んぐっ……!」



 突然の出来事に、僕はつい息を漏らす。口移しで媚薬を飲ませるつもりなのか……。受け入れなければ僕は傷付けられてしまう。だが受け入れたら恐らくはキズモノにされるのだろう。どちらも受け入れ難いが…………。



 僕の閉じた唇を強引に割り開けた舌が、まとわり絡みついてくる。重なり合った口と口の隙間から、脳を蝕む甘い蜜が肌を伝い零れ落ち、シーツに小さな染みを作る。滴りを見た彼女が、隙間を埋める為か、より一層、貪り食らいつく。



「んちゅっ……んっ……」



「んー~ッ……! 」



 わざとらしく吐息を漏らす彼女になおも僕は抵抗する。しかしこれを抵抗と呼べるのだろうか? 彼女は痛めつける程に僕を束縛している訳じゃない。だというのに、僕は身体を暴れさす事無く、脚をバタつかせる事も無く、口先でしか拒んでいないのだ。僕は愚かにも彼女の瞳に釘付けになっているだけなのである。もしや、無意識に彼女の言う性愛を欲している?



 やがて辛抱切らした彼女が、左手で僕の鼻先を摘まみ、右の腕で後頭部を抑えてくる。見開いた僕の目に映る蘭子は平静を保ったまま、グイッと唇の圧力を強める。



 呼吸が完全に途絶え徐々に酸素が失われゆく中で、何を考えれば良いのか解らなくなってくる。僅かにピッチを上げた彼女の息遣いを感じながら、取り憑かれたように蘭子の瞳を凝視していると、あまりの夢中さに目を奪われ、視界が暗転した様に感じられた。



 高鳴る鼓動が体力を奪い尽くし、息苦しさも遂に限界に迫る。頭の中が真っ白に停止した僕はとうとう、とろみの増した液体を、全て口内に収めざるを得なくなった。



 彼女が鼻を塞ぐのを止めると、僕は肩と腹を大きく動かし、循環の許された肺を急ぎ再稼働させる。止めどなく空気を出し入れする所為で、息切れの様に呼吸音が良く響き、蘭子にぶつける息が多い事を否応にも教えてくれる。そんな僕の身体の過負荷を察してか、役目を終えた彼女の左腕が、僕の腰を優しく撫で回す。



 無理に吐き出すなり、術はまだあった筈だ。だというのに、蘭子の想いを無碍むげに出来ず、僕はゴクッと大きな音を立て、全てを飲み込んでしまった……。この場で戻すのは汚い――という潔癖症がなせる業であったのかもしれない。こんな時まで神経質な性格に呆れそうだ。



 僕の喉が鳴ったと共に、蘭子の目が一瞬、キュウと瞳孔を拡げ、僕を捕える様にも感じたのは錯覚か妄想か。実際にはただ見開かれただけであるが、迷い惑った脳がそう誤認させているのだろう。



 その様な幻影に魅了されている間も、蘭子はキスを止めない。これからが本番だと言わんばかりに、彼女の舌が僕の舌を追い掛け絡め取り、優しく包み弄ぶ。歯茎を舌先が円を描く様に這う。口内で行き渡る全てをくすぐってくる。そして、彼女の舌が僕の口への出入りを繰り返す。



「ぅふっ……!」



「ん、うふ……ちゅ……んぅ、ん…………」



 背筋に甘い痺れが走り、僕の吐息が強く漏れる。彼女の吐息がそっと重なる。



 嗚呼、ディープキスってこんなに気持ち良かったのだなぁ。綺麗なシチュエーションとは言いがたいし、官能的なキスにはイヤらしさしかないと思っていたのに……。今では、彼女の舌の動きを堪能してしまっていた。

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