第29話「宣戦布告」
僕の部屋でセクハラ三昧だった蘭子が、落ち込んで帰ってしまった次の日。週の終わりの金曜日だ。みんなよりも遅れて教室に入ってみれば、なんだか落ち着かない美少女たち。
「何か変だけど、みんかどうしたの?」
「い、いやぁ……なんてゆーか……ねぇ?」
「ちょっと、気になることがあったというかぁ……」
仄香と咲姫が苦笑いしながら言う。一方、蘭子だけ難しい顔をして黙っていた。これは怒ってるというよりも焦っている顔だ。焦点が目の前に絞られたまま、唇を何度もも甘がみしている。
うーん、これは蘭子が原因? しかし、咲姫と仄香の視線の先には、胸を反らして自信満々にふんぞり返るゆずりんの姿が。可愛い。
「各国に、宣戦布告した。敵対するつもりは……ないケレド、意思の表明」
「へ、へぇ……。よく分からないけど頑張ってね」
宣戦布告? それって敵対という意味じゃないの……? 多分、みんなとは喧嘩せずに僕にアタックすると言いたいのだろうけど……もしそうだったら一大事じゃないか……っ。落ち込んでなんかいられない。誰にも告白されないように、逃げ回る必要が……っ!
逃げ回る? 僕はどうしてそんな事をする必要が?
違う違う! 百合ハーレムを作るには、みんながそれぞれの気持ちを認め合った上で、受け入れた上で、全員にほぼ同時に告白してもらわないといけないんだ。順番が付いてしまった時点で、それは負い目や劣等感、そして、僕への疑いへと変わる……。くっ……。しばらくは逃げ戦かな……っ!
やがて始まった一時限目なんて、集中できるはずもない。いつもは答えられる英文を全く訳せず、先生に心配されるほどだった。
そうして、まずは終わってしまった授業。終わると同時に、トイレへ駆け込む。クラスメイトに笑われても構うもんかっ!
個室に入り、まずは一息。今日一日は……こうやってやり過ごそう……。
すると、携帯の着信のバイブレーションが……。
咲姫からだ!
すぐさま着信スルーを押す。鳴り止む振動。これで、僕が出ないことに気づかないまま、電話をかけ続けることだろう。ちょっと、悪い気がするけれど……。
そんな風に思っていれば、ドアの前で物音が。誰だろう、トイレに行きたくて急いできた人でもいるのかな? そそっかしい子だなぁ。
と、僕は上を向けば……。
「百合ちゃんみぃつけた……っ」
「のわぁーッ!」
携帯電話の自撮り棒の先に手鏡を付けて、トイレの個室内を覗いてるっ!? 思いっきり犯罪じゃんそれっ!
トイレの前では「うんしょ、うんしょ」なんていう咲姫が漏らす声。明らかに登るために何かしてる……っ! 個室の中に入られたら、いよいよ逃げ場所がないぞ!?
僕は洋式のトイレから塀をよじ上り、さ横の個室へ移る。すると、たまたま人が入っていたようで、僕はその子に上から抱きついてしまう。
「そ、空から美少年がっ!?」
「静かに……っ」
彼女の口を塞いで黙らせる。汚いと思うかもしれないけど、用は足してない手だから、我慢して欲しい。
「ごめんね、翠ちゃん。今度事情を話すから……僕のことはナイショだよ?」
「ふ、ふわぁ……」
なんて、椅子を積み上げる咲姫の横からそそくさと個室を出ていく。出会ったのが翠ちゃんで良かった……。彼女はかつて僕に告白してくれたのだから、僕にはある程度の好意を持ってくれているはず……。むやみやたらに口外しないと思うけど……。
「あっ……」
廊下を駆けながら思い出した。
咲姫は翠ちゃんの事を嫌っているんだったなぁ……。
無事でいてっ! 翠ちゃん!
※ ※ ※
二時限目の開始の鐘と共に教室に入ると、美少女たちに睨まれてしまった。そりゃあそうだ。あんなあからさまに逃げたのだから。宣戦布告の意味が分かっているとしか思われない。
でも、今は逃げるしかないんだ……っ。
席に着くときには、当然、咲姫ちゃんのジトッとした視線が。ああ、可愛い! 怒ってる咲姫ちゃんも可愛い!! もっと困らせたい!! けど、それは命に関わりそうだからやめておこう……。
直接の手がダメだというなら――と、咲姫は考えたのか。彼女からハート型のメモ帳を折り畳んだ手紙が来た。うーん、どうしよう。
僕はその手紙を読まずに食べた……なんてするわけがない。表紙に、授業に集中しようねっ――なんて書いて、送り返したら、ムスッとした咲姫ちゃんの顔が横目にぃいいい!! か、かわいーーー!!
にやけてしまいそうなのを抑えていると、またしても彼女から手紙が。今度は、プライバシーなんぞありゃしないのか、内容を開いたまま。
『今日の授業が終わったら、デートしようねっ。校門で待っててねっ!』
くっ、やられた! 読んでしまった! これは、見えませんでしたなんて言い訳が通用しない!
ならばと、その可愛らしい文字の下に断りの言葉を。
『用事があるから行けないよ』
『なんの用事なのかなぁ?』
こ、怖い……。文面から怖さがにじみ出ている……。でも、怒っている咲姫ちゃんも可愛いので、是非とも怒らせたいところ……。とんでもない悪女になりそうだな、僕は。
『ないしょっ♡』
そう送りつけたまま、僕はその後に送られる手紙を返さないでいると、増え続ける手紙の末尾にはどんどんハートが増えていき、やがては百を超える勢いだった。お、重い……。




