第26話「性癖をカムアウト」
ゴミ箱は一階へと捨てに行ったのち、蘭子にお手洗いへ行く事を要求するも、「先程の会話を思い出しながらシろと言うのか。君も中々やるな」という、下ネタ全開セクハラアプローチを投げられる事は、ある程度予想すべきだった……いや、無理でしょ……。彼女が勝手に盛り上がって楽しそうなので、それはそれで良いのだけれども。
当然、彼女が帰ってきた時も、「君がシてる姿を想像しながらシてきた」と言われるのは、もはやお決まりの冗談なのだろうか。なんでこの僕が下品な話に耳を貸さなければならないんだ……。惚れた弱みかもしれない。
よく考えてみれば今日、彼女が僕の家を訪問した理由はなんだろう? 帰りたくないのは本当かもしれないけど、とりあえず僕と一緒に居たかったのかな……。そんな中でも、一方的な下ネタで僕を困らせる、『いつもの調子』であった。
そんな事を思索している内に、蘭子がベッドの下を覗き始め――――。
「ベッドの下に何も無いじゃないか。何処にエロ本を隠しているんだ?」
男子高校生みたいな事をしでかす。
「ベッド下に物を置いたら掃除しにくいからねぇ……。じゃなくて。勝手に探さないでもらえる?」
「男子の秘蔵コレクションはベッド下と、相場が決まっているだろう……ダミーすらも無い」
そして、彼女は言うと共に、暗闇の中で手をバタつかせる。
「秘蔵コレクションなんか無いし。それより、なんで僕を男扱いしようとするの? 怒るよ?」
僕が口にしながら左手を『グー』にし怒りを表現するも、彼女には効果がなく無視される始末。泣きそう。
そんな僕にはお構い無しに、蘭子は「フンフフーン」と上機嫌に、ベッドカバーを剥がし始めた。その姿は『お宝探し』に興ずる小学生の様に見えて大変可愛いらしいが、実質は『エロ本探し』の思春期男子レベルである。全く、なんて残念な美少女なんだ……。
「カバー下も……無いな。やはりベッド付近は定番過ぎて避けているか……」
「……人んち来てさぁ。マットを捲ったりすんのってマナー以前の問題じゃない? ゴミ箱の件もそうだけど」
まさか、他人のベッドをひっぺ返すまでとは……。彼女の一般常識は大丈夫なのだろうか……。
「解ってはいるさ、他人にはしない。百合葉だからこそあえて……な?」
「僕も他人の対象にして欲しいよ……」
どれだけ僕が大好きなんだよ……。可愛過ぎて仕方が無いが、ちょっと困りもの。
「ベッドは外れか。他を当たろう……うーむ」
「もうやめにしない?」
わざとらしく唸りながら立ち上がる蘭子の手を取り、制止を試みる――も、座ったままではすぐに解かれてしまう。
「私はベッドの下に隠しているのだがなぁ」
「そんな古典的な……。女なのに……」
「男だろうと女だろうと、シたい時の為に、布団から近く取り出しやすい場所が一番だろう。それにちゃんと、私のは女性向けのレズモノだぞ?」
決め顔で断言される。ちなみに、人差し指を立てての決めポーズがレズ可愛い――レズは関係無かった。
「いや、そこを女らしくしたところで――だから……。意外と女性向けなんだね、一応」
「そうだぞ? 私を何だと思っているんだ」
「女の裸さえあれば興奮するド変態レズ」
正確には、僕さえ居れば興奮するド変態レズ。知ってはいるが、察せられない様に冗談めかす。
「これはこれは、酷な事を言ってくれる……。女体そのものは嫌いじゃないが、別に好き好む訳でも無い」
「へぇー、意外」
ここもまた生返事をしておく。『意外』と言われて、口を尖らせた彼女は一度唇を結び、そして開く。
「そもそも、ノーマルな十八禁は大体、男が出てくるよな? そのせいでどうにも怖気が走る……」
「あー、すごい分かるわ」
話しながら僕の向かいに座った彼女は、僕が賛同を示すや否や「だろう?」と言い、僕の手を取り両手で包む。真摯に視線をぶつけてくるその姿は、どうしてもプロポーズにしか見えない。僕と分かり合えた事が嬉しかったのだろうか。
「それとな? 男向けレズモノであっても、大体がエロ重視でストーリーとか心理描写が無茶苦茶なんだ。女性向けで無いと、好きになれない」
「あれはホントにアリエナイよね。偽物同性愛のレズ営業だよ」
蘭子は「うむうむ」と頷く。彼女も僕同様、生粋の男嫌い型レズビアンであったのか……。レズに目覚めたのは最近だと思うけど、本物の仲間だという確信が得られて、僕もまた心の中で小躍りする。
「全くもってその通りだ。あんなモノ、男の欲望を満たしたいだけのトンデモ幻想に過ぎない」
「めっちゃ言えてる。だから僕は、作者が女性かどうかで判断して買ってるね。男が書いたやつだと大体、違和感しか無いから」
さらに語られ続ける、蘭子のレズビアンモノに対する考えに強く同調し、自分もつい意見を述べてしまう。
「ふふふっ、そうだなぁ。ところで、先程から君は性癖を大暴露しているが、気付いてはいたか?」
「へっ……? あっ…………! しまったぁーッ!!」
「もしかして君もレズビアン?」
「あっ、や……そのっ! まだ良く分からないし! 見るだけで使うわけじゃないし! 男が出ると嫌なだけだし! エロさよりも内容重視で選んでるだけだしーッ!」
「女性同士の恋愛に究極の美を見い出しつつ、作風や雰囲気に重きを置いている――と言うのだろう? エロにもリアリティある文学性を求めるとは……。流石はロマンチスト百合葉たん」
「もう追及しないで……」
彼女の煽りに「ぐぬぬ」と唸ってしまう。そんな中、軽く握った自分の手に顎を乗せる"考えるポーズ"を取っていた蘭子が腰を上げ、クローゼットの前で立ち止まると……?
「そして、隠してある場所はクローゼットだ」
お見事、僕の秘蔵レズコミコレクションの隠し場所を言い当てたのだ。
「な、な……ち、違うしっ!」
まさか当てられるとは思わず、焦り全開で否定してしまった……。これはもう、肯定と同意義じゃないか……。
「視線が時々、そこに向いては逸らすから、すぐに判ったよ。同性愛者であると隠す事を『クローゼット』と云うらしいが、中々、粋な計らいではないか」
「ぼ、僕がそんなイヤらしい物持ってるワケ無いから……! あ、開けないで……ねっ……?」
そんな見苦しいまでに筋の通らない事を言いながら、僕は彼女を引き止める。
「今更言い逃れは出来ないぞ? さあ、君の性癖をカムアウトのフルオープンだ」
「い、嫌ぁ……!」
蘭子の足にしがみつきながら僕は悲鳴を上げる。しばらく、僕を見つめていた蘭
子は、口元をニヤつかせ……。
「冗談。流石に開けたりはしないさ。触れないでおこう」
種明かしをする様に両腕を広げて見せる。焦りのあまり彼女にベッタリとくっついていた僕は一気に脱力し、乾いた笑い声をあげる。
「は、ははっ……。デリカシーの無い蘭子なら、本気で開けると思った……」
「やっぱあーけよっ」
「ああああごめんなさい蘭子様許してください!」
「ふむ、どうしようか。さっきの言葉は傷付いなぁ」
「いやホントの事でしょッ!」
「おっ……? 腕が勝手に開けようと――――」
「何でもします! 何でもします! だからもう、勘弁してぇ……?」
イヤらしくも蘭子がクローゼットの取っ手に指を掛けだすものだから、僕は彼女に全身を預け懇願し、うっかり『何でも』と言ってしまった。
「『何でも』?」
当然、そのワードに食らいついてくる。
「性的な事はしません……」
もちろん後付けで制限を掛ける。
「先回りされてしまったか……。しかし、女の子が『何でも』――などと言ってはいけないぞ?」
確かに慌てて余計な事を言ってしまった……。しかし……。
「蘭子なら酷い事はしないって……信じてるから……」
上目遣いで言ってのける。この言葉を与えれば絶対に、僕が本気で困る事はしないだろう。言わずとも、強行レズプレイはしないだろうし。
そして、僕の予想通りに「うぬぅ」と口を噤む蘭子。彼女は無理にキスすらも出来ない程の、ヘタレなレズビアンなのだ。略してヘタレズ。可愛い上に助かる限りである。
「この様な釘の刺し方が有って良いものだろうか。全くもって、卑怯ではないか……。言質を取った訳じゃあ無いが、何をして貰うかはじっくり……考えておくからな……」
「信じて良いんだよね? 信じるからね?」
僕の追い打ちに蘭子はしばしの間、薄ら悔しそうな表情をしていた――かと思いきや、ギラギラとした鋭い眼光で、僕の顎に手を掛け、その親指で唇を玩びだす。
「さあて、どうだろうね……」
「ら、蘭子は優しいから……ね?」
「あまり、私をおちょくらない方がいいぞ?」
蘭子を試す様な僕の本心を気付かれただろうか。内心ギクリとし、「はは」と掠れた声を出す。タカを括るのも良くないな……。
やがてクローゼットの前から退いた蘭子が、部屋の奥角を見るなり――――。
「よし。それではクローゼットはお終いにしよう。次はタンスだな」
「えっ……? や……そっちにはな、何も無いよッ!」
彼女が新たな標的を見付けた為、思わずどもってしまった。そこには、我が美少女達を印刷した秘蔵写真集が……! いや健全ですとも、ですけれどもッ! 見られたら別の意味でマズい!
「ほうほう。私は下着目的だったのだが、別の物も紛れていたのだな……。どれ、私がチェックしてあげよう。まさか大人のオモチャとか……」
「ちょっ、無いから! それは流石に無いから!」
タンスの前に立ち塞がると、それが余計だったのか。確信を得た様に蘭子が口角を吊り上げる。
「百合葉がそんなにもエロエロだったとはなぁ……よもや思わなんだ。言ってくれれば幾らでも濡らしてあげるというのに……」
「寂しいなぁ」と言いつつ、「おーいおい」と泣き真似をする蘭子。相変わらず演技がド下手過ぎて味わい深さまである。
やがて、泣き落としもどきを終えた彼女は……。
「よしっ、その大人の玩具を二人で使おう。百合葉に『ひとりえっち』させるのは、私とて見過ごせ無い」
「あ、ちょっ……!」
言うと共に僕の腕を掴み、くるりとそれぞれの立ち位置をチェンジする――いやいや、僕の力弱過ぎでしょッ!
「百合葉、今行くぞ。私が君を満足させてあげるから。寂しい夜は二度と味わわせないから」
「ホント、そういうのじゃ無いから止めてっ!」
イヤにやる気満々な蘭子の背中に、僕は制止を口にしながら引っ付き、彼女の両腕を抑える。
「おお、素晴らしい。私の背中に柔らかな感触が……。此処は天国か?」
「僕の部屋だから、こんなところで昇天しないでッ! てーか、前に聞き覚えあるセリフなんですけれどぉ!?」
「さあ、君の性癖をカムアウトのフルオープンだ」
「そのセリフもさっき聞いた! 気に入ってるのッ!?」
その様な具合で蘭子と組んず解れつする。胸をくっつけたままだからなのか、明らかに蘭子の力が激減しているけれど。雑魚レズかよぉ……。
そうしている内に、タンスに手を掛けていた彼女の腕がそっと落ち、蘭子がようやく諦めた事を教えてくれる。
「まあ、私もそう鬼では無い。パンツを被るだけに抑えておこう。ほら、取り出して」
「もうやだぁ……」
蘭子が僕に向き直るなりそう言うと、力が抜けた僕は床にヘタレ込む。
「ふふふっ。いやはや、百合葉にセクハラしてイジるのは楽しいな……」
「あううぅ……」
彼女の本気のイジりに対し疲弊した僕は、力無く声にならない呻きを上げる。
「興奮し過ぎて疲れた。君のベッドで寝て良いか?」
「フリーダム過ぎるよぉ……。好きにしてよぉ……」
僕がそう答えると、蘭子はフラフラと歩き、僕のベッドに倒れ込むのであった。




