第23話「譲羽とチョコレート」
仄香の電話のせいで、ムラムラして寝れなかった……だなんてお馬鹿なこともなく翌日の朝。
蘭子と咲姫の仲を変にこじらせたくなくて、自分の席で黙って試験勉強していたとき。登校したばかりの譲羽が、何やら茶色く平たいお菓子の箱を持って、僕のもとへやってきた。勉強道具をさっと片付けて、彼女を迎え入れる準備をする。
「チョコレート、作って……キタ」
「なに? バレンタインまで半年以上もあるのに作ってきたの?」
「うん……。予行演習……」
「頑張ったよねー。なんか一人で作ってると思ったらさー。ゆーちゃんをねぎら――」
「仄香ちゃん、それ、他言無用、禁則事項」
「ねっネギラーメンネギラーメンはムヨーのチョーブツかー。それはいけませんなぁー」
「よく分からないけど……」
相変わらず朝から変なノリノリ娘だ。
「ゆずりん、お菓子とか全然作った事ないんでしょー? 頑張ったよねー」
「我が魂を宿した南米……南アフリカの秘宝。食べられるとイイ」
あ、言い直した。ウィスキーボンボンの時で学習したようだ。
そこに、僕と同じく試験勉強をしていた咲姫と、読書していた蘭子も輪に加わる。これなら冷戦が繰り広げられなさそうだ。
「へぇ~トリュフとか~?」
「個別に包装して分けているが、それぞれ食べる袋は決まっているのか?」
「そう……。全員用にこのミルクチョコ味と、それぞれ色違いのはヒミツ……」
「全員用がミルクかー。食べてもいーい?」
「イイ」
「よっしゃー! いっただきー!」
そんなハイテンションで仄香は我先にと食べ出す。ふんふんよくと味わっていて、僕らはその感想を待つ。
「ちょっと形悪いし、歯応え微妙だけどー、うん。味はいいんじゃないかなー」
「ほとんど酷評じゃないのそれぇ……」
「フムフム……」
咲姫ちゃんに呆れられる仄香ちゃんであった。譲羽は真面目に黒い手帳にメモを取っているから良いけれど、仄香は思ったことをそのまま口にしてしまうふしがあって、たまに怖くなる。
でも、こういう仄香と譲羽のペアが居るお陰で、僕らのバランスは保てるんだよなぁ……。僕もこういう和やかな空気を作れるようになりたいところ。
「じゃあ、僕もいただこうかな」
「ドゾドゾ」
すすすと差し出すように譲羽は箱を僕の目の前に。しかし、そこで首をかしげた仄香ちゃん。
「むっ? じゃあとはなんじゃ、じゃあとはっ! まるであたしが毒味みたいに!」
「その言い方ユズ傷ついちゃうからね? 勝手に食べ始めただけでしょ?」
「別に気にしないケド。仄香ちゃんだし」
「うぅ~ん。ゆずりんやっさしー!」
なんて、仄香は自分の頬をゆずりんほっぺにくっつけて百合百合。でも、ユズの言い方の方が毒がありそうな気がしないでもない。いやいや、仲良し百合だ。うん。
「先駆け……ではなく特攻隊だな。いや、暴走族の特攻か?」
「蘭ちゃんは妙な喩えするわねぇ……言いたい事は分かるけれどぉ」
変な所の揚げ足を取った仄香に、蘭子と咲姫もツッコむ。みんなで居るときは割と自然に会話できてるのかな?
その間にも僕は深く譲羽のトリュフを味わう。う~ん、この板チョコなどでは味わえない甘さが良いのだ……。
「うん、甘くて美味しいよ。ユズ」
「んっ? 譲羽が美味しいって?」
「何か言った? 蘭子」
「いや、なんでもない」
今、下ネタでも言おうとしたのだろうか。そんな下ネタがよぎってしまう僕も嫌になってしまうけれど、でも暴走しないようになのか、口を閉ざした蘭子。助かるような、ちょっと楽しくないような。
「うぅ~ん。これ美味しいわぁ~っ。ユズちゃんよく頑張りましたぁ〜」
咲姫に撫でられ、恥ずかしそうにウヘヘと笑う彼女。うーん、無器用可愛い。はなまる満点!
「じゃ、じゃあ……。個別のも……ドゾドゾ」
「ッヘイ! ドゾドゾ銅像! 食べてどうぞう!」
「まったく……仄香が作ったんじゃないんだから……」
「銅像を食べるラップになってるな」
自信満々なお調子者仄香にツッコんでしまう僕と蘭子。ノるよりもツッコんでしまうのは、僕も蘭子も同じみたい。
譲羽はそれぞれに色の付いたチョコを渡していく。ビニールの包装が、コーティングと擦れて見た目が悪くなってしまったのは、気にすべき事ではないだろう。皆が一様に一口、食べ始める。
「あたしのは中身ホワイトだー! おぬし、中々やりおるなー!」
「わたしのは苺よぉ〜。ユズちゃん、好み、覚えくれたのねぇ〜」
「抹茶にブラックチョコのコーティングかぁ。ほろ苦いの好きだし、良いよコレ」
「これで百合葉ちゃんの中を我が月のマナが巡る……」
「えっ……? 何だって?」
「……昨晩は終わりゆく最期の月の陽を浴びせたの……。だから百合葉ちゃんには夜の力がみなぎるはずだわ……」
「夜の力がみなぎる? ゆーちゃんひとりエッチしちゃう?」
「やめてよセクハラ魔神」
「へーんっ」
叩こうとすると軽々しく避ける仄香。しかし、やはりセクハラ魔神とは蘭子のことであって、彼女がセクハラネタに乗っかってこないのは違和感しかなかった。
そんな違和感を感じたのか、みんな蘭子の方をみやる。
「蘭ちゃんどうだったのぉ〜?」
「なんかすごい黒いよね。何味?」
「ビターチョコを、より苦いチョコでな……面白い……」
※ ※ ※
予鈴がなって、少しずつ廊下の喧噪が薄らいでくる中。口の中の甘さを取るためにお茶を買おうかなぁなんて、廊下へ出た僕のあとを譲羽が付いて来る。
「ユズごちそうさま。すごい美味しかったし、楽しくて良かったよ」
「それなら……ヨカッタ。百合葉ちゃんには笑顔が似合うカラ……」
僕が頭を撫でると、俯きつつもニンマリ微笑む彼女。でもこれ、僕が励まされて、下手すると口説かれてるようなセリフだ。
「百合葉ちゃん、最近疲れてるみたいだから……甘いものでもって。アタシの……せいダカラ……」
「ユズのせいじゃないよ。でも、心配してくれてありがとう」
ああ、こんなにも不器用な乙女に気を使わせただなんて、僕もしっかりしないといけないなぁ。
そう思っていると、譲羽は頑張って、よっと、わっと、だなんて漏らしながら、背伸びして僕に耳打ちしようとする。可愛い。
「百合葉ちゃんのだけにはね……アタシの血が入ってるカラ……」
「えっ、本当なの? それ……」
「魔力供給。でもこの腕には、もはや赤線を引かれる事は無いでしょう……。フフフッ……」
そう言って、彼女は前回の事件で包帯巻きになっていた腕を見せつける。大きな絆創膏。その向こうで、絶望の線の上に、別の意味合いを持った線がひかれているだろうか。この前の事件があったというのに……。もしや引き慣れたの?
普通ならドン引き……でも、美少女が大好きな僕だったら、血の一滴や二滴、余裕かもしれない。傷付いて欲しくないけれど、でも、気持ちが純粋に嬉しいのだ。そんな僕の本音を察したのか、譲羽はうへへと笑う。
「アタシ、思ったの……。みんなと並ぶことはあっても、劣って負けるのだけは、絶対にヤだなって。アナタを諦めたくないなって。だから、勝負の時が来るまでに少しでも、アタシ色に染まれば良いわ……」
なんて言い残して、彼女は部室へと戻っていった。
事件の後だというのに、たくましい。でも、やっぱり病的だ。
彼女は一段階強くなったんだ……。
それが良い事なのか、悪い事なのか。今の僕には判断が付かない。




