第22話「ストレッチ」
今日の帰り道。元気がないのを心配してくれた咲姫に勧められて、一時間半の身浴をしたのち、ストレッチしてみた。心拍数が上がらない程度に、そして、汗が出ない程度にゆったりと。体を伸ばしほぐしていく。確かにこれは、心身ともに疲れがとれそうだ。じんわりと温かい。
「んぁーっ」
そう部屋で一人、呻きながら体を伸ばしていると、携帯がハイテンポな振動と共にメロディを奏で始めた。仄香から着信だ。せっかくの美少女からの着信を待たせてはなるまいと、息も整えず画面の応答を押す。
「っはぁー。もしもしー」
『へーい! ゆーちゃんの声聞きたくて電話しちゃったぜぇー! んん……? そんな息上がらせちゃって、もしかして忙しかった?』
「いや、ストレッチしてただけだから」
『えっ、ひとりエッチ? しながら出てくれるなんて、そーゆープレイ好きなの? ふぁ~おぅ。ムッツリさんだなぁーんもぉーう』
「ストレッチ! 僕がそんなことするわけ無いでしょ!」
『へー。しないんだぁー。イイコト聞いちゃったなぁ~』
しまった、地雷を踏んだ!
『せっかくするんだったら二人の方がイイよねー。シたくなったら呼ぶんだぞぉー? ソッチの方もあたし諦めてないし? そっちがその気になったんなら、満足させてあげるからー』
「そんな時は無いし、なっても呼ばないわ……」
『ちぇー。つまらんのぉー』
本気で残念そうにしているあたり、油断ならない美少女だ……。
「それで、なんの用なの?」
『んにゃっ? 特に用はないけど?』
「なんだそりゃ……」
確かに仄香なら、理由よりも直感で生きてそうだ。声が聞きたいから電話したとかそういう感じかなぁ。それなら嬉しいものだ。
『いやさぁー。もしかしたらタイミング合えば、ゆーちゃんのひとりエッチの声聞こえるかなぁ~って思っ――』
「ごめん、音声が乱れたから切るね」
『待って待って! もっと話そうよぉー!』
「はぁ……」
前にもこんな展開があった気がする……。蘭子のときだ。セクハラ美少女たちは、電話の向こうにいようとお構いなしにセクハラするのだろうか。
『んで、なんでストレッチしてたの? どーゆー風の吹き回し回し?』
「んー……」
彼女だったら……話してもいいだろうか。この行動の原因は、最近の心配事からくる不調解決の為だから、事態を知ってる仄香なら良さそうな気がする。
『もしや、ゆずりんの事で落ち込んでて、その気持ちを誤魔化すため? メンタルケア受けてるけど、もう大丈夫そうだよー?』
なんと、勘が鋭い美少女だ。
「……誤魔化すというか、血行を良くして落ち込んだ気分を回復させようかなって。咲姫に教えてもらったんだ」
『あーなるほどねー』
いつものアホっぽく、でも、何か深く考えてる様にも思える返事をする彼女。何かを察したのだろうか。それ以上もそれ以下も無いけれど、話を続けるため口を開こうとしたら、彼女が『あーうーん』と呻く。
『あたしが言うのもなんだけどさー。さっきーって、なんだかヤバそうじゃない?』
「やばそう?」
やばそうって色んな意味合いが含まれるから、もう少し具体的に言って欲しいものだなぁ……。でも確かに咲姫は、どう捉えても『やばい』雰囲気がする。危険な香りってやつだ。
『う~ん、なんと言ったら良いのかなぁ……。蘭たんと喧嘩してる所も心配っちゃー心配だけど……見てて面白いのもあるけど……。暴走気味の蘭たんに比べてさっきーは、底知れぬ闇がある感じー? 今はさっきーが蘭たんを言い負かしてる感あるけど、あの二人が本気を出したら、いよいよ手に負えなさそう……』
「そう……だね。僕も、それが心配だよ」
『せっかくゆずりんも元気になったしさぁ。ここでみんなの気持ちがバラバラなんて……嫌だよあたし……。なんとかしてね?』
「なんとか……うん。頑張るよ」
本音を漏らす仄香に、頼りない声で返す。暴走気味の二人。度々冷戦が繰り広げられる。この不安定な均衡が崩れる前に、僕が誰か一人を指名して彼女にしてしまえば、関係自体は維持できると思うものの、奇跡的に上手く築き上げられた百合ハーレムを断念したいとは思えない……。でも、譲羽の一件からは時間を起きたいところ……。ヘタレな気がするけど、二人が落ち着くまでは穏便に誤魔化すしか無いか……。
そんな風に考え込み黙っていたら、仄香が「んぁー」とまた呻く。
『あーもうごめんねー。ふいんき暗くさせちゃって。あたしはゆーちゃんの声聴きたかったたけなんだからさー。んん~なんだかムラムラしてきたぞ~?』
「そんなんで性欲高めるなっ!」
突然のセクハラに焦り怒ってしまう僕。でももしかして、彼女なりの励まし……なのかな?
『うっしっしー。んじゃー。ひとりエッチ頑張ってねー。感想よろしくー』
「んなもん言わないしっ!」
『へぇー。じゃあこの後ヤるんだ~』
「やらんわっ!」
ただのセクハラだった。




