第20話「蘭子の心配」
「なあ百合葉」
「ああ、おはよう。蘭子」
久々にみんなで部室に集まった翌日。登校すると、一年生フロアまで階段をのぼった先に蘭子がいた。そのままふたり、教室へ行く。
「訊ねたいことがあるのだが」
「んっ、なに?」
こんな大真面目な顔して変なことでもないだろうし、そして、廊下のド真ん中で告白とかするわけもないだろうしと。僕は気の抜けた返事をする。
「もしかしてだが、先週まで譲羽が元気なかったのは……私のせいじゃないのか?」
「そ、それは……」
図星のような……。でも、直接的にはまさにその通りだった。根本は僕のはぐらかしが原因とはいえ、きっかけは蘭子だったはずで。僕が言葉に詰まったのを見て彼女は確信したように頷く。
「やはり……か」
言いつつ彼女は、教室の前で中の様子を伺う。咲姫も仄香や譲羽も、まだ来ていないようだった。
「ちょっとこっちに来てくれ」
「あっ、うん」
大切な話になるからなのか、僕は彼女の腕を引いて、隣の空き教室へ。誰も居ない方が喋りやすいのだろう。セクハラはしなさそうな空気だ。
「直感だが、週末に何か、大きな事件でもあったんじゃないか?」
「ま、まあ……。あんまり詳しくは言えないけれど」
そう、自殺未遂だなんて。いくら仲が良い友達といえど、言いふらすわけにはいかない。出来れば、譲羽本人が伝えるべきことで。
でもそうすると、いつまで経っても、その事件を蘭子が知らないまま時間を過ごしてしまう可能性もある。そこもまた辛いところで、僕は胸が詰まったように苦しくなる。
「そうか……まあ、深刻な話だってあるだろうからな。だが、その結果で、譲羽も、そして仄香も元気になったのなら、私はそれで良い……」
そして、開いている席に二人着いて、うんと小さい、僕にだけ聞こえるような声で彼女は言う。
「だが、私の気持ちが、他の者を傷つける原因になるだなんて……思ってもいなかった。となると、百合葉にセクハラして傷ついていた可能性も……。そう思うと……辛いものだな」
しょぼくれるように彼女は悲しく俯いてしまった。端からみれば、真面目な顔としか見れないけれど僕は知っている。彼女の薄い表情変化で、こう、寂しそうに睫毛を落とすのは、決まって傷ついているときなのだ。
「もう少し、気を付けないといけないのだろうか……」
彼女も悩んでいるようだった。僕への気持ちが、譲羽を深く傷つけてしまったことに。
しかし、恋愛で周りに配慮なんてしていたら、いずれ負けるのは目に見えている。今はしおらしいくらいが調度良いけれど、セクハラを一切しないのでは、悲しいことに彼女の武器が無いに等しい。それでは他の子たちに押され負けてしまうのだ。どうにか、彼女を元気付けてあげたいけれど……。
「他の子たちには……気遣って欲しいかな」
「うぐ……」
追い討ちをかけたのだった。彼女のセクハラに嫌がりつつも、でもその愛の重さが嬉しく思えていたのに。彼女の純粋に僕を求める気持ちが、胸が高鳴りやまないほどに嬉しく思えていたのに。
ても、今は、他の子たちの方が心配なのだ。今ここで、気持ちがバラバラになる訳には……いかないんだ……っ。




