第19話「部活申請」
「写真部を作って屋上から撮りたい……か……」
職員室、目の前にいるのはミディアムに髪を切りそろえた大人の女性。僕の言葉を繰り返す。
「そうです。写真部を"作り直したい"んです」
僕は先生に再度申し出する。
昼間と夕方の、ついでに朝であったとしても、屋上を使うという名目では写真部ほど便利な部活は無いかもしれない。天気の違いによる街や空の写真を撮りたいと言えば完璧……かな? こじつけ感が強いけど。
「作るにしたって部活動紹介から間も無いが。他の部活は検討したのか?」
確かに、今日の最後の授業では、体育館で各々の部活がアピールする時間であった。その直後というのはいささか急ぎすぎかもしれないが……。
「現に、入りたかった写真部は無かったので……。ホームページで先生が過去の写真部の顧問であったのは知ってます。どうか、作らせて下さい」
先生を見つめつつ軽く頭を下げる。
その辺は下調べ済みなのだ。まだ部活が存続していた前年度の部活紹介一覧で。去年ただ一人の部員が屋上からの写真を載せていたということも。
「君は経験はあるのかね?」
首を傾げ僕に問う。痛いところを突かれたが――
「いえ、興味だけで自前カメラも無いです。しかし、この学校からの風景を見ているうちに、是非とも入りたいと思ったのです」
これであれば僕が完全に初心者だとしても納得がいく回答だろう。想定済みだ。
そう、丘の上にあるような学校だ。ただでさえ校舎からの景色も素晴らしいものであるというのに、もし屋上から出て入り口横のハシゴを登ることが出来れば、それはもう絶景に違いない。更に空には邪魔な電線一つと無く、言い訳としては揃い過ぎているほどにベストスポットなのだ。事実、ホームページのに載っていた夕日の写真は、ただ絵画のように"綺麗"という感想で、頭が埋め尽くされるほどの見事な一枚だった。いや、しばらくは感想の言葉も浮かばないほどの、心を引かれるものであった。
「うむ……」
顎に軽く握った拳を添え、考えるポーズを取る先生。さて、どうなるだろうか。
「分かった、良いだろう」
「ありがとうございます! では――」
「しかし、一つ条件がある」
「条件……」
先生は人差し指を上に立て僕に向ける。何を提示してくるのだろうか……。
「君、火野くんと鳳くんと仲良くなったようだな? だから……」
「勉強を見ろ……と」
二人の名前が出てきたのでこれだろうと先回り。
「察しがいいな。そうだとも。きっと彼女らも部活に入れたいのだろう? 補習テストもそうだが、それ以降も赤点を回避されられるのなら、お互いに好都合じゃないか。外部受験で満点、今回の試験も学年一位であった君だからこその頼みだ。受けてくれるな?」
真摯に僕を見つめる先生。逆に、これが出来ないようであれば、部活は認められない……そんな内実を秘めた気迫だった。
「もちろんですとも。任せて下さい」
僕は拳を握りやる気を見せる。
「それは良かった。あの二人の学力には、中等部の頃から手を焼いていたらしくてな。こんな金持ち校でも、最低限の学力すら得させずに送り出す訳にはいかないんだ。助かる」
どうやら以前から問題児扱いはされてたみたいだ。でもそれは本人のやる気や効率的な学習の仕方が分からないのが問題であって、さして難しいことではないように思う。
「別にこんな条件出さずとも、本当はすんなりと受け入れてあげたいんだがね。もしかしたら上の連中がうるさいかも――と、
あらかじめ提示させてもらったのさ」
どうりで……。部活を作るにはハードルが曖昧で、なのに僕にピッタリすぎる――という不思議な条件だと思った。
「問題ないです。部活に関してもあの二人に関しても、責任を持ちますから」
「ふふっ」と笑う先生。大きくカッコつけすぎただろうか。
「さて、屋上の鍵が"常"に必要なのだろう?」
そう言うと先生は――
「わっ……と」
「持って行け」
僕に何かの鍵を投げつけた先生。これは……?
「屋上のスペアキーだ」
「えっ、でもまだ部活が認められて――」
「君なら人数集められるだろうし心配していないさ。嫌だったら返したまえ」
「い、いえ。ありがとうございます!」
「あそこからの景色は格別だからな……。だが、一人で味合うにはもったいないモノだ」
窓の外を見ながら先生は呟く。
そうして彼女は引き出しを開け、無造作なファイルの中から一つ取り出す。
「さてこれが部活動申請用紙。人数を五人集めて私に提出しろ。認められれば部室の鍵を許可する。部室の説明はその時だ。分かったな?」
矢継ぎ早にざっくりと説明。聴きつつも僕は用紙を受け取る。
「分かりました!」
「君は面接でも屋上の事を褒めていたからな……。期待しているぞ?」
おっと? 外部入試の時にそんなことを言ったんだったか……。その担当はこの人だったか。思い起こしながら「はい」と返事。受験当時だって、嘘は言って無かったけれど、逆に功を奏したようだ。グッジョブだよ過去の僕。
そうして一度目をすっと閉じると、大きく息をはき立ち上がる先生。
「よしっと、私はちょっと一服してくるかな」
「えっ? 外ですか? それでも敷地内じゃ……」
「外には外だが……敷地内のとっておきの場所がね……」
振り向きながらウィンクし、ポケットから鍵を取りクルクル回す彼女。もらったのと同じ形かな……多分屋上なのだろう。もしかしたら自分専用の場所と、お別れの一服なのかもしれない。
「さぁて、もう遅いんだから早く帰るんだぞ?」
「わかりました。失礼します」
それを聞いた先生は、片手を上げて背中越しに僕に別れを告げた。もう職員室の奥に向かっている。
僕は「失礼しました」とお辞儀をし扉を開く。夕飯時に差し掛かる時間帯。廊下はひっそりと静まり返り不気味であったのに、僕の心は百合ハーレムの為の計画妄想に励み、高鳴るのであった。




