第19話「社会科目の勉強?」
僕と咲姫と譲羽の三人が、部室のドアを心配しながら見つめていると、数刻して、頬を赤くしてさすりながら戻ってきた仄香と、ふんと鼻を鳴らして満足そうな蘭子の姿が。それぞれが椅子に座り、色の違う一息をつく。
「ほっぺたムニムニムニエルされたぁ……」
「人の物を許可なく飲むのが悪いんだ。大罪だ」
ふんと鼻を鳴らす蘭子。ダークチョコレートのオレを飲まれたくらいで大人げない……とは思うけれど、どうやら蘭子は他の子たちと距離を取ったりしないようだと安心もする。
「大罪……ギルティー?」
「そうだな。そして、今回の大罪は暴食だから、グラトニーだ」
「暴食はグラトニー……勉強に……ナル」
なんて、譲羽は黒くて十字架な模様の入ったメモ帳に書き込んでいく。そんな単語に反応するだなんて中二病らしい好みだけれど、きっと、小説を書くネタにするのだろう。リストカット事件を終えて、彼女の日常が戻ってきているのなら、ホッと嬉しいものだ。
「そうだな。真面目な譲羽も居ることだし、甘い物の話はおしまいにして、テスト対策をしないといけない」
そう言って、蘭子はワンレングスの長い黒髪を払って、シャーペンをくるりと指先で回してから手に持つ。なんてモデルみたいな所作なんだ……。
しかし、そこに「うぇ~」と文句を言う仄香。
「でもでもでもさーデモグラシーでもさー。テスト対策……ならガリガリ書かなくても、今のゆずりんみたいに、頭良さそうな話をすればいいよねー。楽しく勉強出来るよねー。んー? あれよ、しほんしゅぎ?」
「資本主義ってざっくりだなぁ……」
「そもそも経済の分野は内容に無いが」
ただ勉強したくないだけみたいだ。
「けいざい……? かけい……お金のやりくり……。なるほど、つまりはおこづかいのやりくりの話でいいんじゃねっ!?」
「どんどんランクダウンしているな……」
「花嫁修業かしら……」
「経済の話だったのに身近すぎる……家庭科みたいだよ……」
そういうのは小学生のお小遣い帳とかで済みそうだ。僕らが今やるべき勉強からかけ離れていく……。
「じゃあケーザイだね! 適当にそれっぽい事を言っておけば良さげ!? ふーむ、今の内閣はなかなかじゃのう」
「仄香おばあちゃん! それ政治の話だから!」
「一応、社会の勉強になっているのが惜しいわねぇ……」
「政治の分野もまだ先なんだがな」
「なんなら地球の話も出来るぞよー? 今日の気温は低いなぁ」
「科目変わってるよ……天気の話なら理科ね……」
「地学……天候、風属性……テンペストッ」
「まじかよー。地理かと思ったー」
「地理も範囲外だ……」
全く、話をそらしてばかりの子だ。
そこに「はいはぁ~い」だなんて、咲姫が挙手を。
「仄香ちゃんにもんだぁ~い! 地球は青かったっと言ったのはぁ、誰でしょう~かっ?」
「よっしきたー! コロンブス!」
拳を握りガッツポーズを取る仄香。
「そこはガガーリンだよね?」
「ガガーリンもガッカリン--ってねぇ!」
「……うん、そうだねぇ」
……ああ、今日も寒いなぁ。最近のピリピリした空気もぶっ壊す勢いの咲姫に感謝し、彼女の頭を撫でる。得意気にニンマリとして可愛い。
「あっ違う! コロンブスはコロンビアの人か!」
なんて咲姫ちゃんのギャグはスルーして仄香ちゃん。普通にアメリカで良いだろうになんだか惜しい。
「それならそれならー、ニールアームストロングだ!」
「惜しいけどそれは月面に初めて立った人だよ……そっちのが覚えにくくない?」
変な所は意外と覚えてるものだ。譲羽なんて、首をかしげている。
「アポロ……?」
「11号は月に行ったっていうのーにー!」
「まあそうだけどね……近代史には詳しいの?」
それともポップスに詳しいのだろうか。どっちにしろ、ニールアームストロングなんて普通はパッと出てこないけれど。
「じゃあ試しに近代日本史とかぁ? 出してみる?」
「へいへーい! こいやぁ!」
うんうんと頷く仄香。そして、意外と咲姫ちゃんノリノリだなぁ。
「太平洋戦争末期、沖縄戦の少し前に小笠原諸島でアメリカとの大きな戦闘がありましたぁ~。何という戦いでしょう?」
「はいはいはーい! それ前習った! 沖ノ鳥島の戦い!」
結構テスト勉強らしいまともな質問に、仄香は斜め上な解答をするのだった。まあ、近代史も出ないんだけど……。
「沖ノ鳥島……ッテ、最南端……?」
「そうだけど……すごい狭いよ?」
「硫黄島の事だろうに……。畳四畳半の上で数万人の犠牲者とは……これ如何にだな」
「これいかにぃ〜?」
「此レ、如何ニ……」
「へいへいっ! 怖いカニ!」
「いや意味分からん……」
久々に、美少女たちの謎コンビネーションを見た気がする。やっぱり、心のどこかでは通じるものがあるのだろうか? なんでこういうときには上手く連携できるのか。早く僕の美少女ハーレムとして仲良く僕を愛して欲しいけれど。
「そもそも、私たちのテストは政治経済でも近代史でもなく、世界史なのだがな」
「まあまあ、やる気は出てきたみたいだから……」
まともにツッコんでくれる蘭子ちゃん。そう。おふざけしつつも、仄香は世界史の演習プリントを出していたのだった。やっと勉強に専念できそうだ。
「そういえば、ムニエルだっけ? ムニサル……違うなぁ。お前もか~の人ー」
何かを思い出そうとする彼女。今度こそは確かに世界史の範囲だ。ふと思い出したことで、もやもやしているのだろう。
「カエサルの事? テストに出ると思うけど」
「カエサル? ムニエル返さざるカエサル? そうそれだっ! よしっ! 試験中に答えが分からなかったら、ゆずりんのほっぺたムニムニして思い出すよっ!」
「の、ノーセンキューっ!」
「それカンニングじゃないけど妨害行為だわ……」
良い案を思い付いたみたいに仄香は譲羽の頬をムニろうとする……が、譲羽に手で払われ拒絶されてしまう。そこに、手をわきわきとさせる蘭子が。
「ほう、また仄香の頬をムニムニして欲しいと?」
「うげっ! ノーセンキューだ!」
仄香は自分へと伸ばされた手を叩く。ふっ笑う蘭子に、口を押さえて貴族みたいに微笑む咲姫。
ああ……。
こういう日常的な生活が、本当にありがたく感じる日がくるなんてなぁ。




