第11話「肌を刺す雨」
そのまま結局ずるずると。僕らの関係性はどんより浮かないまま、金曜日になってしまった。外までもどす黒い雲が雨を降らしているものだから、余計に心が重たく感じてしまう。これは時間が解決してくれる問題じゃないなと思えるほどに、僕らの間には不穏な空気が漂っていたのだった。昼休みにはみんなで集まる分、そのぎこちなさがかえって目立つものであり……。
「キミら、何かあったのか? 喧嘩ならオレも一つ手を貸すゼ?」
「あんまりかき乱すんじゃないよ、ゆりはす達の問題なんだからさぁ。ま、手が必要なら呼んどくれー」
「ありがとね、大丈夫だよ」
クラスメイトのイケメン女子、葵くんと茜さんにも心配される始末だった。いや、喧嘩ではないのだ。ただ、我が美少女たちの間に不信感のようなものが……。僕が告白を煙に巻いて誤魔化し続けていることが一番の問題なのだけれど。
そのまま、お昼ご飯もいつもの流れで五人集まり食堂で食べたりするが、かつての騒がしさは雨風によってどこかへ吹き飛んでしまったように。ただ、沈黙を埋めるように、ぽつりぽつりと僕が喋るだけ。
やがて、昼休みも残りは長いというのに、僕らはちりぢりと自分の席へ戻っていく。その中で、仄香が僕に耳打ち。
「なんか最近は息苦しいよぉゆーちゃん。最近ゆずりんも元気ないしさー」
「元気がない? そ、それはいつから?」
「んー、土曜日かなぁー。なんか出掛けたと思ったら早く帰ってきて、あとは寝てるだけなのー。いつもならゲームやってたり小説とか漫画読んだりしてるのに、ぼんやりしてて……。なんかあったのかぁ」
譲羽は僕らと出掛けたことを仄香に告げてはいないみたい。それは良いけど、でもいざ仄香にバレてしまったときには、どんな叱責が待ち受けているかわかったものじゃない。彼女の不調の原因は誰でもない、この僕なのだ。
「なんとなく、みんなぎこちないかもね。元気がないとか、そういう時期なのかな」
それは一体どんな時期なんだろう。受験期とか? と自分で思いつつも、話を繋げようと僕は返す。すると、
「じゃあ……ここいらが勝負時になるのかも……」
「んっ?」
「いやいや。ま、頑張りどきかなってさー」
「そうかもねぇ……」
一瞬、決意をするように遠くを見据えた仄香だったが、穏やかに微笑みそう言ったのだった。うーん、頑張りどきなのは僕だけなんだけど。
そうして、何も交わすことなく会話は終わりの幕を下ろし、僕はまた、廊下へと向かいだす。
トイレで一人、考えごとするかなぁ。
あそこは意外と落ち着くものだなんて、僕は廊下へ出てトイレへ向かおうとすると、入口にさしかかる前にカーデァガンの袖を引っ張る力が。
「どうしたの? ユズ」
「屋上の……鍵を、貸シテ……」
「良いけど……なんで?」
写真部の管轄なのか、顧問の渋谷先生から預かっている屋上の鍵。体調の悪い譲羽の事を考えると、本降りは過ぎたとはいえ、まだシトシトと雨が降っているから、彼女を今外に出すのは躊躇われる。
「今日は空が泣いているから……慰めてクル……」
言いつつ、彼女はデジタルカメラを見せてきた。
「雨の風景を写真で納めたいの?」
こくりと譲羽は頷く。
「そっか。じゃあ僕も――」
「一人で……行ク……」
なんて、彼女は僕の手から鍵を奪い取って、ずんずんと階段をのぼってしまった。
「待った待った! 体調悪いんだから!」
「雨くらいなら……ヘーキ」
何を根拠に……と思ったが、これだけ力強い意志があるのだ。無理に引き留められないかなと、僕は諦め、彼女の後ろへついて行き、やがて屋上の扉の前へ。
「濡れないようにすぐ戻ってくるんだよ?」
雨雲が作る薄闇の中で、譲羽は頷く。扉を開けて、カメラを向ける彼女。しかし、それだけで済めば良かったのだが、譲羽は臆することなく、雨風の中へずいずいと進みゆく。
「そんな奥まで行ったらびしょ濡れになっちゃうよ! ユズ!」
しかし、雨音で聞こえていないのか、首を傾げる譲羽。無視して天を撮る。柵の向こうの街を撮る。それは、何かに突き動かされるように。
「戻ってきなよ! 風邪引いちゃう!」
今度は手招きしジェスチャーしながら叫んでみるも、譲羽には相変わらず届かないようで、彼女もまた耳に平手を添えて『聞こえない』というジェスチャーをする。
――仕方ないか……っ。
ビチャビチャと上靴で水溜まりが跳ねるのを無視して、駆け足で譲羽の元へ。
そこで、
「いやぁあああああああああああああああああ!!」
今まで聞いたこともない、彼女の甲高い大きな声だった。耳をつんざくホイッスルのよう。彼女は空に向かって、叫び、叫んだ。喉が涸れ始めるまで。彼女は、何度も。
声が尽き、譲羽が呆然と立ち尽くしたところで、僕は声をかける。
「ユズ!」
「百合葉ちゃん」
僕が彼女の傍まで寄るなり、抱きついてくる譲羽。
「どうしたの! 早く戻ろうよっ!」
「少しは……スッキリ……。アタシの中の汚れたカルマを……洗い清めてたの」
「そんな事で風邪引いたら意味ないよ!」
「意味なんか無くないッ!」
珍しい彼女の強気の言葉。何をそんなに強情になっているのか。譲羽は僕に抱きついたまま強くかぶりを振る。しかし、その華奢な体はとても冷え切っていて、このままでは体調を崩してしまうのは明白だ……。早く連れ戻さないと……!
「こんなに冷えてるんだし! 体によくないよ!」
「アナタも……心の淀みを流してしまいましょう?」
そう言い、譲羽は僕にガッチリと抱きつく。夏服である上にTシャツもキャミソールも付けていない僕の素肌には、みるみるうちに雨水の感触が染み渡る。
「ユズ……大丈夫? ほら、行こ?」
「伝わらないから、せめて……」
「えっ……?」
伝わらない? 何が……。やはりこの行動には、中二病的な意味合いとは別に、やはり、恋愛的な意味があるのだろうか。
「届かないから……終わり……」
間違いない……。この間の出来事が起因しているんだ……。告白されたのに、うやむやにして……それを蘭子に対してもやっていることが露見してしまって……。
「大丈夫だよユズ。僕が傍に居るから」
慰めになるわけがないと思いつつも、僕はこれしか言えなかった。ありきたりな言葉で彼女の心の隙間を埋めようとする。
「なのにどうして……そんなにも優しいの……?」
しかし、その程度の言葉では彼女の心の涙は拭えないのか。僕を抱きしめる力を強めるだけで、相変わらず動こうとしない。もっと……彼女の心に響く言葉で伝えないと……。
「ユズが大事だからだよ」
彼女の頭を撫でながら言う。
「アタシ……大事?」
「そう。ものすごい大切」
ようやく会話が成立する。そしてまた、口説きかけるようなセリフ。
「どのくらい大事?」
「えっ……」
「アタシはアナタの中で……どのくらい大事?」
だが、そんな浮ついた言葉だけでは許されないのか。究極の選択では無いものの、手厳しい返し。
「どのくらいって……。いっぱいだよ」
しばらく、僕の胸元で顔をうずめていた彼女だが、やがて、顔を上げて柔和な表情を見
せる。
「良い……戻ル。もうこれ以上、アナタを困らせたくは無いもの……」
「シャワー室に行って熱いお湯浴びてこようよ。服も乾かさないとね」
「そう……ね」
※ ※ ※
間に合うかどうか分からなかったけど、まだ昼休みの時間もあったから、僕らは学校のシャワー室へ。部活の生徒向けに解放されている温風式乾燥機の中へ制服やらブラウスやらを掛けて、スイッチを押す。昼休みがおわるまでには、多少は乾くだろう。
備え付けのタオルなどを準備しながら、僕らは裸に。しかし、心が冷や冷やするばかりで、何も胸が高まるコトなんて無い。
「一緒に入っても……イイ?」
「う、うん。狭いけどね」
当然のように提案する彼女。とりあえず、僕は譲羽の冷めた心を少しでも温められればと、承諾した。この展開でセクハラなんて無いだろうし、何より、彼女の気持ちをむげにしたくなかった。
しかし、洗いっこなんていう明るいイベントなんぞなく、僕らはただ無言のまま湯煙の中で佇むだけ。
どんなに熱いシャワーを浴びようとも、肌を通して冷えた心に、熱は戻らなかった。




