第05話「タキシードドレス」
ペットショップを堪能した譲羽と僕ら三人は、譲羽に先導されてビルの地下にある薄暗いファッション店へ。僕がリードしたいところだけど、譲羽の行きたい場所があるというのなら、彼女を優先すべきなのだ。少しでも彼女に楽しんで貰えるように立ち回らないと行けないのだから
不思議な服装の女性客。派手なウィッグを付けたマネキンを鮮やかな原色に白黒とひらひらが纏っている。いわゆるゴシックファッション系を主に扱うお店みたい。あまり街で買い物はしないのだけれど、こういうところもあるのかぁ。
「今日の目当ては……猫と……そしてゴスロリ……」
「どうせなら、先にこっち来た方が良かったかもね」
「……? ナンデ……?」
「だって猫の毛が残ってるかもしれないよ?」
「……誤算!」
気付いていなかったみたいだ。まあ、本人に気を付けてもらうしかないなこれは。
「でも……買わないで見るだけなら……。手はさっき洗ったし」
「それなら、問題はなさそう……かな?」
「だが、慎重に触らないといけないな。猫アレルギーとかもあるから」
蘭子の言葉に俯き落ち込む譲羽。いけないいけない、これはすぐフォローしないと。
「まあまあ大丈夫だって。毛だけは残ってないか気を付けて見回ろうか」
「そう……ね」
彼女の機嫌はどうにか沈まなくて澄んだみたい。譲羽は、無言のまま店内を進み、これやこれやと気に入った物を取っては、携帯のカメラに収めていく。
「あとで買うの?」
「半分……違ウ……。似合うやつを探してるのと……、小説の服装イメージ」
「へぇ~。そりゃあ大事だよねぇ」
でも、彼女が書いているのはファンタジーだったような? 今ユズが手にしているのは、ゴスロリ全開の白黒チェック……これはこれで面白いか。それに、ファンタジー以外で使うのかもしれないし。
そう思っていたら、彼女はゴシック系の中でも毛色の違う服装を手にして蘭子に渡す。
「これ……百合葉ちゃんに着せて……ミテ」
「試着か? 任せろ」
「何ここで脱がそうとしてんのさっ! 違うでしょ!?」
案の定、僕の胸元に手をやりボタンをはずそうとする蘭子ちゃん。セクハラのタイミングがあればすかさず入れてくるクソレズっぷりであった。しかし、首を振って否定する譲羽。
「ただ持って、似合うかどうかだけでイイ……試着は要らナイッ」
「そうか、残念だな」
「当たり前だよ……」
呆れて物言う気も無くなった僕は、譲羽の指示で、アイドルの印象が強いフリル付きブレザーを、肩元から掴んで下げて見せる。
そして譲羽は僕の頭にちょこんと、髪飾り付きのハットを被せ、そして蘭子はスリムな七分丈のパンツを僕の足元へ。
「イイ……すごく、イイ……」
なんて、全身が揃ってみると譲羽は興奮気味に僕を眺め、そして色んな角度でシャッターを押す。
「スーツにしてはかわいらしいし、ガーリッシュと言うにはクールな印象だな」
「タキシードドレス……のつもり。かわいくてかっこいい服装が百合葉ちゃんは似合うかな……って」
「かわいい……うーん、なるほど……」
言われて撮った写真を見せられると、確かに悪くない。服装に関しては適当で男物の服を好む僕としては、新しいファッションを開拓した気分だ。ちょっとね……かわいいかも……。
「でもこれは買わないんだよね」
僕は少し、譲羽のセンスを立てて未練があるように言う。すると……。
「なんなら買う……?」
そう言って、黒いカードを見せながら譲羽。
「だってこれ高いでしょ……って万! 万っ! 万だよ!?」
「うるさいぞ百合葉」
「ごめん……」
でも、女子高生の買い物で合計四万……。おかしいよね? それとも僕が庶民過ぎるのだろうか。
「あたしにとっては……余裕……。買ウ。百合葉ちゃんへのプレゼント……」
「いやぁそれは……」
見るだけじゃなかったの……? 気持ちは嬉しいけど、否定して良いのだろうか……。いや、これは僕が正しいはずだ。きっぱり断ろう。
「ユズ?」
「……なに?」
改めてまじめな顔を向けると、彼女はきょとんと返してくれる……うぅ、可愛いよう……。でも、ちゃんと言うべきことは言わないと。
「親のクレジットカードでも、もしそれがユズのカードでもね? そういう高い買いものをポンポン買っちゃうのは、よくないと思うんだ」
「でも……アタシのお金……」
「それはお小遣いとかお年玉でしょ? ユズが稼いだお金じゃないから、使うなら慎重に考えて欲しいんだ」
「そう……ダケド……」
不満げに、うつむく彼女。自分の厚意がまさか説教になるだなんて思わなかったのだろう。いけないいけない。せめて、優しく慰めないと。
「気持ちは嬉しいからさ。でも、こんないきなり買うんじゃなくて、大事に使お? 僕との約束っ」
なんて、彼女に小指を出して指切りげんまんのポーズ。彼女もこういう、どこか少女趣味な行為が好きなはずなのだ。
それは当然のように受け入れられ、そしてにこやかな笑顔に変わる。
「ゴメンネ、お金は……大事にスル」
「分かってくれればいいよ」
と、小指を交わす。そんな様子を黙りずっと見ていた蘭子がようやく口を開く。
「譲羽ばかりずるいぞ。私もだ」
「蘭子とは何も約束することがないんだけど。セクハラしないでとか?」
「それは困るな。そんな約束は破るためにある」
「不良少年みたいなことを言うなっ!」
なんてセクハラ大魔王に叱責。その間にも譲羽は次の服を探していて、貴族のような服装を手にしていた。
「服探しは……マダマダ。次は蘭子ちゃん」
「お、おおう。私もか」
「百合葉ちゃんも、合わせるだけなら良いでしょ……? 覚悟シテ」
「わ、わかった」
そんな風に、あれやこれやと服を代わる代わる。そんなファッションショーが、昼どきまで行われたのだった。




