第02話「蘭子と電話」
「次は……と」
譲羽との電話を終えた僕は携帯を手にしたまま、表示される名前の一覧を辿っていく。
再び耳元へ携帯のスピーカー部分を押しやり、聞こえる電子的な発信音。あまり時間を待つことなく、呼び出しのメロディが途切れる。
『……もしもし、レズですが』
早々にレズジョークであった。
「電話掛けてくる人全員にそんな対応すんのアンタ……」
『そんなワケは無いだろう。ちゃんと百合葉だと確認しているさ』
「なら良いけど」
夕方、あんなことがあったばかりなのに、彼女のクソレズ具合も相変わらずである。むしろ安心するほど。もしや、間があったのは僕を気遣ってなんだろうか。
『ところで何の用だ? もちろん、用件が無くてもかけてきてくれるのはウェルカムだが。私の声を聴きたくなったか?』
「いや、良い声だけどね? どれだけ自分の声に自信を持っているのさ……」
確かにドキドキしちゃうほど彼女のアルトボイスは聴いていたいものがある。
『ちなみに今は、百合葉の声を聴きながら自慰行為に勤しんでいる』
「馬鹿……っ! やめてよ!」
『音を聴くか? 君が聴いてくれるというだけで、ずいぶん濡れてきた』
そうして聞こえてきたのは、ぬっちゃぬっちゃという粘り気のある水音。この子馬鹿なんじゃないのか……っ!? 直接的なセクハラからの方向転換かっ!
「変態! 変態っ! 変態ッ!!! アンタはなんでいつもそうなの!」
『すまんすまん、冗談だ。今のはただ、ほっぺたを引っ張った音』
頭に血がのぼり恥ずかしかった僕は、彼女の言葉を聞いて瞬時に冷める。レズジョークがキツいけど、今日の一件でセクハラの加減ラインを覚えてしまったの? 確かに、僕が男に強姦される様なセクハラじゃなければ、トラウマなんて呼び起こされないのだ……。と思ったら、体の芯からふにゃりと折れてしまいそうな疲労感が。
これから先も……この言葉責めレズジョーク……?
「はぁ~っ。僕もう疲れたよ」
『夜に百合葉の声を聴けて、私はつい興奮してしまうんだ。察してくれ』
「察したくないよ……一人で勝手にしてよ……」
『なに? 本当に一人でシてて良いのか。じゃあ電話中だが遠慮なく』
「やめろぉッ!」
僕が声を荒げると電話の向こうでは愉快そうな笑い声。
『ふふふっ。それはさておき、本題に戻ろうか。私が好き過ぎて、学校でもムラムラしており困っている――という相談だったな』
「……一言もそんな事言ってないよね?」
なんでこの子は告白が惨敗した日にこんなこと言えるの? 神経が千年の大木なんじゃないの? レズの大木。レズ仙人である。煩悩にまみれてそうだ……。
『言葉にしなくても分かるさ。隠さなくても良いぞ? その答えは、トイレの個室に誘ってレズレズしましょう。ほら、簡単じゃないか』
「結局そこに行き着くんだね。もういい、切るよ」
『待て、待ってくれ。この位にしておくから切らないでくれ』
「電話を掛けたのはこっちなのに、切らないでと懇願されるのも変な話だよね」
『とりあえず、何かあったか? 百合葉たん』
「呼び方……」
※ ※ ※
『そうか……。譲羽が……』
蘭子に譲羽の体調不良は精神的なモノと説明し、彼女が譲羽の味方になってくれるよう話し込む。
「そうなんだ。だから、元気付けられるように蘭子も手気遣って欲しいのさ」
『……なるほど、了解した。用件は以上でよいのだな?』
「うん。助かるよ」
『君の頼みだ。お安い御用さ』
「ありがとねー。ジャア電話切ルヨ? オヤスミ」
僕が冗談っぽく会話を終わらせようとすれば、驚いたように息を吸い内心慌てた様子の蘭子ちゃん。
『えっ、何だって……? 私の声で妊娠した? ははっ、全く仕方が無い子だ。子供ごと一生、面倒を見てあげよう』
「切ろうとしただけなのに、どこをどう解釈したのさ……。つーか、アンタの声は何なの? 女なのに常時精子飛ばしてんの? もはや歩く十八禁じゃん……」
『ずいぶん失礼な物言いだな。百合葉限定に決まっているではないか』
「僕限定で妊娠する声なのっ!? 逆に凄いな!」
『そうして私も、君の声でめでたく懐妊出来た。明日、一緒に産婦人科へ行こうか』
「順番逆だよね!? 検査してから気付くもんだよね!?」
それとも妊娠検査薬を常備してたの!? なんのために!?
『出産は同じ日に合わせたいよな。そうすれば子供達は双子に……。んっ……? 別々の母胎だと姉妹に成り得るのか? 遺伝子の組み合わせは一緒だが……』
「いや、そもそも有り得ないから……」
『ともかく、出産後は隣のベッドにしてもらおう。横になった二人が子供達の将来をあれこれ語り合うんだ。素敵じゃないか』
「妄想が飛躍し過ぎて、ツッコミが……追い付かない……」
もはや超次元レズジョークである。彼女は、同性で赤ちゃんが作れる未来に生きているのでは無かろうか……。
『はははっ。私の下らない冗談に付き合ってくれてありがとう……。んっ……? 何が下らないって? 怒るぞ』
「自分で言ったんじゃん……」
ほんとにマイペースなレズであった。
『いつもの百合葉に戻っているようで安心した。やはり、君はそういう感じが一番だから』
「どういう感じさ……」
レズジョークのボケとツッコミって事? なんだか嫌だなぁ……。
『楽しかったよ。今宵は素敵な夜になりそうだ』
「蘭子が言うと、イヤらしい意味にしか聞こえないんだけど」
『それは君がイヤらしい事ばかり考えてるからじゃあ無いのか?』
「誰のせいだと……もう良いよ、それで」
『最後に一つ、おやすみのキスをくれ』
「あー、はいはい」
僕は一度、携帯電話を耳から離し、ディスプレイに映る蘭子の表情を見ながら。
ちゅっ――と。
『素晴らしい。百合葉が電話越しにキスを……』
「今のは舌打ちした音ね」
『フッ……。つれないな』
「じゃあまた明日ね。蘭子」
『サラバだ。マイスウィートハニー』




