第80話「咲姫との体洗いっこタイム」
そうして、とうとう来てしまった禁断の体洗いっこタイム。咲姫はまん丸な泡立てネットにボディーソープをかけて、シャコシャコと泡立てる。すると、またもや桃の甘い香りが漂ってきて僕はそれだけで頭がくらくらしてしまいそうだった。これもまた咲姫の香りであることを鼻が覚えているぶん、どうしてもドキドキが止められない。
「さぁて、背中洗ってあげるから後ろ向いてねぇ~」
「う、うん……」
ここまできたら身を任せるしか無い。どうせ、蘭子にも仄香と譲羽にもセクハラされてるし、今更加害者一人増えたところで……。そんな考え方で良いのか? 僕よ。
しかし、どんなに疑問を抱こうとも賽は投げられてしまったのだ。僕は彼女の指示に従って後ろを向く。
「百合ちゃんの体を"すみずみ"まで、洗ってあげるわよぉ~」
意味深に言いながら泡を手に取り僕の背中を優しくこする咲姫。最初は大きく手のひらで洗ってくれる……も、次第にその洗い方が小さくなっていく。なんだか指使いがいやらしく、まるで僕の性欲を誘っているかのようだけれど、どちらかというとこそばゆい。全身の力が抜けて、笑ってしまわないように堪えるのが大変だ。
「百合ちゃ~ん。かゆいところは無いかしらぁ~」
「な、ないよ。大丈夫大丈夫っ」
「そう。ならこの調子で良いわねぇ~」
この調子じゃ困るというのに、僕は耐える道を選んでしまった。やばい、変な声が出そう。やばいやばい、本気でやばいぞ?
「んふぁ……っ!」
「うふふっ」
くっ、ついに漏れてしまった……っ。ううう、めちゃめちゃ恥ずかしい……。情けない超えを出しちゃってすごい恥ずかしい……。恥ずかし過ぎて耳が熱くなっていくのがよく分かる。ていうか咲姫ちゃん嬉しそうだね僕をもてあそばないでよ……。
「さあ、背中はこのくらいねぇ~」
「……っはぁ~」
「なんでため息ついてるのよぉ」
緊張の糸が切れて一息ついたのを、目ざとく指摘されてしまった。見なくても分かる膨れ面の彼女への、言い訳をあれこれ考える。
「仕方ないよ。だってやっぱり恥ずかしいもん」
「恥ずかしい……そっかぁ。やっぱり恥ずかしいわよねぇ~」
そんな風に言うなら、僕の羞恥心を汲み取ってやめて欲しいものだけれど。しかし彼女は続けるつもりのようで、また新しくシャコシャコ泡を立て始めた。
そう。問題は前なんだ、前。今までのなんてただの序の口に過ぎず。彼女なら蘭子や仄香のセクハラを遙かに凌ぐレズい一手を打ち出しかねないのだ。
「それじゃあ次は前側ねぇ~」
「――ッ!?」
僕は覚悟を決めていた。何が起こっても動揺しないようにと……。
しかし、あろうことか、彼女は僕の背中に抱き付いてきたのだ……っ!
「さ、咲姫……!? 洗いにくいでしょそれ!」
「ううん? 洗ってる間に背中の泡が流れちゃあもったいないかなぁって、わたしの体にこすりつけるのよぉ~」
「な、な……」
そんな都合の良いムフフレズ展開があってたまるか! ああああ柔らかい柔らかい柔らかい恥ずかしい!! 彼女の色っぽい吐息が耳にかかって心臓が強く脈打って痛いほどだ!
しかもこの息づかい……絶対僕をあざ笑ってる! なんて小悪魔レズなんだ彼女は!
そういえば風邪のときもそうだったなぁ……。彼女の基本戦術は色仕掛けで僕をオトすことなのだろうか。同じ全裸であっても、完全に恥ずかしいのはこちら側なのだけれど。いや、それが狙いなのかもしれない。
彼女の手が僕の体をまさぐる。わざとらしくならないようにちゃんと洗い進めるも、間違いなく僕の肉付きを楽しんでいる。うぬぬぬぬ……さらに恥ずかしい……。もっとスマートになるよう頑張って痩せないといけないとは思っている。思ってはいる。
そんな風に自分の体型を憂えていると、僕の胸元に伸びてくる手が。
「いっ……! ちょっと!」
「ああごめぇ~ん。痛かったぁ~?」
「痛かった? じゃないよ! 乳首は洗わなくていいよ!」
「でもちゃんとココも洗わないとぉ~」
言いつつ彼女は泡だらけの手の力を緩めて僕の胸をまさぐる。
「そんな丹念にやる必要ありません! 他やって! ほかっ!」
「う~ん……仕方がないなぁ~」
みんなそんなに乳首を洗うものなの? 軽くじゃないと腫れたみたいに痛くない? むくれた口調で彼女は僕の肩から手先にかかて洗っていく。ふう……。一安心。
でも、指先に絡める手がなんとも扇情的で、この後にでも性行為を始めてしまうんじゃないかと言う程に、ねっとりとまとわりついてくる。僕の肩に乗っけた首をこちらに向けて色っぽく微笑んできたりするし。完全に小悪魔咲姫ちゃんである。
咲姫ちゃんの柔らかい指使いに蹂躙され続けるも、彼女は本当に体の隅々まで洗ってくれた。だけれども、最後に残るのは大切な場所。この後は地獄のように彼女に攻められてしまうのだろうか……。恐ろしいけれど、蘭子にも仄香や譲羽にも色々いじくり回された僕は、もはや身構えることすら億劫だった。
「ふぅ~、こんなものかしらねぇ。デリケートな部分は"自分で"やりたいみたいだしぃ~」
しかし、絶好のタイミングなのに、彼女はセクハラ終了を宣告したのだ。意外と攻められないことに拍子抜けした僕は口をポッカリ。
「えっ? いいの?」
「なに? 洗ってほしいのぉ? 百合ちゃんも意外と大胆なのねぇ」
「ち、違っ……! 隅々まで洗うって言ってたから……!」
「ソレにしたって諦めが早いのねぇ。本当に嫌ならもっと拒むはずだけどぉ。もしかして、すでに他の子たちには洗わせたのかしらぁ~?」
「そんなことは……っ」
まずいまずい、なんて失言だ。暑いのに冷や汗がぶわっと出る。いつもの笑顔が維持出来ないほど顔がひきつっている。
「あっ! 洗い残しがあったわねぇ~」
どきまぎする僕を余所に、そう言った彼女は僕の横腋をなぞりあげ……。
「うひゃあっ!? ちょいっ! 腋弱いんだからやめてよ!」
「ここは汗かきやすいから、ちゃと洗わないとぉ~」
「あははははっ! やめてやめてやめて!」
「ほぉらほぉ~らぁ~。我慢しなさいねぇ~」
「うひゃひゃひゃひゃっ!!」
呼吸ができないほどに苦しい。しかし、なんでみんなみんな腋を攻めてくるんだ……。僕は弱点だなんてバレた覚えが無いのだけれど……。もしかして腋弱フェロモンとかが出ててそれを美少女たちに嗅ぎ取られてる?
「さあ終わりっ。このくらいにしといてあげる」
「ああ……助かった……」
「んん~? まだ続けて欲しいのかしら?」
「い、いやっ! もう充分です!」
僕が全力で手を振り拒絶すると咲姫は小さくため息をついた。
「ま、大切なところはそういう気分のときにね……」
寂しそうなそんな呟きが聞こえるも、今の僕にその言葉の意味なんて考えられるわけもなく。
「は、はは……」
残ったのは、気抜けした虚脱感だけだった。お風呂って疲れをとる場所のはずなのに、なぜこんなにも疲れているのだろう。
体は熱くなったけどね! 色んな意味でっ!




