第78話「折檻の雨」
やけに肌がツヤツヤとしている嗜虐的な四人によって、僕は身も心もクタクタになっていた。仄香だけは未だに触ってきてセクハラしてくる中、僕らは薄暗い校舎を後に。
びゅうびゅうと吹き付ける湿った風に、折りたたみ傘を差すか差さざるかと不安をいだきつつ空を見れば、どんよりと分厚く覆う雨雲が春の柔らかな陽光を吸い尽くし、今にも飽和点を越えようとしていた。あと一時間もすれば大雨になるだろう。
「マズい。こんなに暗いとは思わなかった……」
「今にも……闇魔界の覇王、ハデスが光臨しそう……」
「ほんとそのくらい真っ黒でやばいよねー。今日って大雨ヨホーだっけ?」
「深夜からの予報だったが、早く降るかもしれないな」
「昼は晴れてたのにねぇ~」
急いで帰る僕ら。しかし、皆が解散し咲姫と二人きりのとき、ついに大粒の雨が降り出した。
「咲姫! 走って!」
「やぁ~んっ!」
次第に地面を打ち鳴らす雨粒の輪郭は失われ、一つの大音声と化した。まるで轟々と鳴り響く大河の奔流のまっただ中に居るみたいだ。
僕らは目に見えた公園を目指す。どす黒い曇天と篠突くにわか雨が、ただでさえ暗い夕時に薄闇を落として、踏み出す先の足元が水たまりなのかコンクリートなのか判別が付かない。
東屋風の小屋へと駆ける。やっとの思いで六角形の屋根の下に納まりズブ濡れは防げる――が、雨宿りにしようにも雨足は強くなるばかり。風も防げやしないし、長居は出来ないだろう。
「やっ……!」
「大丈夫だよ、僕がついてるからね」
ピシャリと光る雷に怯える彼女の手を握って、少しでも不安が和らぐようにする。指先まで冷たい……。彼女が風邪を引かないよう暖めないと。
「通り雨じゃ……済まなさそうだね」
「どのタイミングで出ようかしら……」
「少し待っても駄目そうなら、諦めて走るしかないかも……」
冷えてくる体温を考えれば、少しでも早く、ここを離れるべきだろう。僕らは呼吸を整えつつ、強い中でも少し弱まる瞬間を見計らう。
「でも、百合ちゃんが送ってくれるって言ってくれて、ものすご~く安心しちゃった。ありがとっ」
「そりゃあそうだよ。こんな天気の中、咲姫を一人で帰らせるわけにはいかないもん」
「うふふっ……」
照れ隠しなのか、肩で僕の肩に小突く彼女。う~ん、スーパー可愛いの可愛い!
そう、僕は少し遠回りをして、咲姫の家方面に向かっていた。こんな暗い中なら、何が起こる分からないし。少しでも彼女の側に居てあげたいのだ。
不安そうに雨風が吹き付ける外を見つめる。ひんやりとした木の椅子の上、体を寄せ合って、握る手は自然と指が絡まり合う。僕らしか居ない空間。
まさにバケツを返したような土砂降りが、恋する僕らを二人だけの世界に閉じこめるかのような、折檻の雨となっていた。
沈黙に気付かないほど騒がしい外。滝のような雨垂れが石畳を穿つ音。若草色の芝生が何度もお辞儀をするように頭を垂れる。
雨雲が太陽の光を遮って、小屋の中では彼女の表情も伺えず。外灯はまだ点かない。
だけど、明度も彩度も失われたモノクロの世界でも、彼女の桜色の肌は映えていて……。
見とれちゃうなぁ……。
あんまりジロジロ見てたら僕の気持ちがバレちゃうから、横目でそっと彼女の姿を見つめていた。
そんな僕に気付いてか、彼女はふと僕を見て……。
無言の肩が触れ合った瞬間――――
「ひゃっ!」
大きな轟きがして、ピシャリと耳をつんざくように空が割れる音がした。抱きついてくる彼女。展開的にはとても美味しいんだけど、僕もこんな悪天候では怖くて全然楽しめない。神様はちょっぴりいじわるだ。
「こんな天気じゃあ一人で居たくないなぁ……」
「大丈夫だって。咲姫は家までちゃんと送り届けるから」
「それは……嬉しいんだけど……ね?」
艶やかな唇がそっと閉じる。潤んだ瞳。ドキリとしてしまう僕。暗くてよく見えないのに、だからこそ魅力的に映ってしまい……。
「今晩、親戚の葬式で両親居ないから……寂しいなぁ〜って……」
「そ、それって……」
まさかまさかまさかまさかまさか……。
このタイミングで、そんなまさかの展開が……!?
「今日、うちに泊まらない……?」
あぁ~! やめてぇ~! 上目遣いで恥ずかしそうに言わないでぇ~! ただでさえ可愛いんだから、そんなの、何頼まれても「うん」って従っちゃうじゃんかぁ~っ!
脳裏によぎるのはもちろん先日の出来事。あのときは仄香と譲羽の二人が居たから、なんともなく終えられたんだ。でも今回は二人きり……。好きあうレズ二人が夜を共にするだなんて、何もない訳ないよねっ!? レズを舐めるな神様!
僕が何も言えないで居ると、しおらしかった彼女は途端に妖艶に微笑む。い、嫌な予感……。
「おととい、ホノちゃんとユズちゃんのところに泊まったんでしょ? 何を迷う必要があるの?」
「えっ?」
ば、
バレてるーッ!
そんな爆弾情報を知っているだなんて! まずいまずいどうすべきかっ。
「い、いやぁさぁ。替えの制服とかどうしようかなぁーって。こんなに濡れちゃあ、明日までに乾くかなぁーって」
「そんなの、乾燥機使えば良いわよ。替わりの制服もあるし、なんならこの制服、適当に洗ってもシワとか付きにくいのよ?」
「へ、へぇ~」
無駄に高性能だった。これ以上、下手な言い訳で彼女の頼みを無碍にも出来ず、八方塞がりだ。
仕方がない。腹をくくるか……。
「そうだね。咲姫の頼みだもん。友だちの家に泊まるくらい、どうってことないし」
言いながら僕は携帯で親にメールを送る。『友だち』という単語に少しむくれている彼女には気付かない素振りをして。
どうってことない? 実は大ありなんだけどね。




