第16話「図書委員」
「やっとだぜ! やっとこの時が来たれりっ!」
「意外と長かったわねぇ」
「……悠久の時を経て……、アタシたちはこの瞬間を迎えられタ……」
テンションを上げる仄香に咲姫と譲羽が共感。この後、何があるのかというと……。
「オープンザッドォーゥアー」
「図書室では静かにね」
「あ、やばやば」
僕の注意に口を押さえる仄香。わざとらしくソロリソロリと入っていく――そこまでの必要は無いんだけど?
今は放課後。ようやく待ちに待った勉強会である。
昨日の今日ではあるけれど、色んな出来事が多すぎて、もはや忘れるところだったのはご愛嬌。このイベントのために集まったグループなのに、本末転倒となるところだったのだ。
先頭の仄香がこそこそ歩いたまま、僕たちは中へと進む。しかし、図書カウンター前を通り過ぎようとするとき、ふいに横を見た彼女が突然大きな声を出す。
「あーっ! 氷の女王!」
「……何を言っているのか解らないが、とりあえず静かにしろ」
「あ、はぁい……」
そこに居たのは鈴城さん。ごもっともな注意をし、仄香がしゅんとする。
「じゃなくてっ。なんであんたがここに居んの?」
「図書委員だが。悪いか?」
「悪いよっ」
何が悪いのだろう。もう言い掛かりに近い気が……。
「ほう、悪いのか。それでは何が悪いのか説明してもらおうか」
「それはっ! あんたみたいなのが図書カウンターに居たらみんなビビっちゃうじゃん!」
「静かにしろ」
「あ……っ」
あほのかちゃんだった。
「私が居ると迷惑か?」
困ったように、僕らを見渡し鈴城さんが問う。譲羽だけがふるふると首を振り、仄香は「ぐぬぬ」と鈴城さんを睨み付ける。
「ごめんねー、鈴城さん。この子アホだから」
「んっ、誰がアホだって? むきーっ!」
「そういうところがアホなのだろう。静かにしろ」
「うげー……」
僕が宥めるも、やはり苦い面持ちで再三注意を受ける仄香。もう連れて行くしかないだろう。
「迷惑かけちゃったね。そいじゃ、頑張ってー」
「ああ」
僕が手を振りながら言うと頷く鈴城さん。うーん、意外とそんなに敵対心を持っているワケではなさそう?
「やっぱあんなのとは仲良く出来ないよー」
鈴城さんから見えない死角。図書室奥に向かいながら言う仄香。そもそも仄香から喧嘩をふっかけたように見えたよ? 性格が合わないのかなぁ、まだ決めつけて判断したくないけれど。
「無理しなくて良いよ。僕が個人的に仲良くなりたいだけなんだから」
僕は言いながら歩きつつ、手で彼女らの席を誘導。教えやすいように僕の隣に仄香、そうして向かい合った譲羽の隣に咲姫が座るように。
だが、そこで納得いかないご様子の姫様が立ったまま、閉ざしていた口を開く。
「なんでそんなにしてまで仲良くしたいのぉ?」
「なんでって……」
「百合ちゃん。なんであの子にこだわるのぉ?」
「えっ、いや」
ちょっと咲姫ちゃんさん怖いです、同じ質問を繰り返さないで下さい怖いです。笑顔がかえって怖いです。でも可愛いです。えへっ。
浮気を疑われる彼氏の気持ちがちょっぴり分かった気分。ぼ、僕は女の子と仲良くしたいだけなんです! 下心とか無いです! 実は口説きたいとかこれっぽっちも……無いんですーっ!
でも昼にも言ったのだ。友だちいなくて寂しそうだっていう建前を。しかしそれでも疑問みたいだ。うーん……。
「僕はさ、個性的な子が気になるなんだよね」
言うと神妙な顔付きになる咲姫。おおう、伝え方を誤ったかな。
「おっ、レズかなレズかな?」
ほらやっぱり、仄香に煽られた。
「違う違う。どうせなら普通の子よりも変わった友だちの方が欲しいだけだよ」
まあレズであることは否定できないけど、今意味してる事とは違うし……嘘は言ってない。
「へぇ~……」
そしてスッと目を細め、怪しげな笑みを浮かべる咲姫ちゃん。彼女も充分に"個性的な子"だし、真意が伝わってしまったのだろうか?
「ま、まあそんなことより。さっさと勉強始めちゃおっか」
誤魔化すように勉強会を始めたのだった。勉強しにきたのに勉強に逃げるとはこれいかに。
※ ※ ※
仄香はバリバリと空欄を埋めている……激しいだけでしか無さそうだけど。ある程度公式の使い方を教えたのち、問題を解かせ始めたのだった。咲姫もまた、手元が詰まり次第に英語の文法を教えている。
二人とも意外にも集中している。というのも教え上手な咲姫が両者の面倒を見ているからであったり。
うーん、そろそろかな。
「ちょっとトイレ行ってくるねー」
「行ってらっさー」
「行ってらっしゃ~い」
「行って、らっしゃい……」
僕が立ち上がり言うと仄香と咲姫と譲羽が返してくれる……。というか咲姫ちゃんアレじゃない? どことなく妻感ない? 夫婦で子供の宿題を見てあげてる感じ……? もしやこれは僕らの未来を暗示している……? やったね!
確かに手を洗いには行ったけど、トイレに行くというのは口実であり、すぐに帰ってきてカウンター前、狙いの子の元へと向かう。
図書委員のはずなのに、貸し出しのテーブルに座る彼女は、辺りを払う様に、誰一人として近付けさせないオーラを放っていた。
「すーずしーろさんっ」
「なんだ、また君か。何か用か?」
そう、読書中の鈴城さんに絡むのである。
「鈴城さんだと堅苦しいかもなぁ。だから、蘭子ちゃんって呼ぶね、何読んでるのー?」
突然の名前呼び。ふいっと目を見開く彼女。僕を見つめる……成功か?
「馴れ馴れしいな」
失敗でした。そりゃあ僕だって不慣れなんだもん。もっと、上手い会話文を練ってから挑戦すべきだった……。
「いやぁ、委員中に本読んで良いんだなーって思ってさ」
めげずに会話や繋ぐため、話題を戻し訊いてみる。
「ああ、ただでさえ暇も多いからな。許可されているんだ」
「へぇー」と僕は返す。読書家には良すぎじゃん天職だよ。
「分厚い文庫本だね。何読んでるの?」
「知ってるかどうか判らないが」と彼女は言いながら見せてくれたのは、偶然にも読んだことのある本だ。
「あぁーそれ読んだことあるわー。難しくて読むの大変じゃない?」
「それは……言えてるな。だから二回目を読んでいる――というワケだ」
「へぇー、じゃあ話のネタバレとかしちゃってもオーケーだね」
「まあ……構わんが」
※ ※ ※
「確かにそれは言えてるな」
「でしょー? 考察し直すのに読み返したいんだけど、大変だから手を出せないんだよ」
ほんの少しではあるけれど、内容をかいつまんでそれぞれどう感じたか――会話を盛り上げていた。
「結局どういう事だったんだろうなー。またモヤモヤしてきちゃった」
チラと蘭子の様子を伺いながら僕は独り言のように吐く。どうだ、食いつくか?
「それならば……」
彼女はそこで一度息を吸い、
「私がこれを再び読み終わったら、感想を……考察を伝えても良いだろうか」
よしっ、食いついた。これで次も自然に話せそうだ。
「おぉー。いいね、待ってるからねぇ」
僕はテンション上げ気味で返す。そこで、
「ゆーちゃーん!」
「しぃ~、静かにぃ」
僕らの声に気付いたのか、奥から叫ぶ仄香にそれを諫める咲姫の声。
「じゃ、僕は戻るよ。図書委員頑張ってね蘭子ちゃんっ」
「あ、ああ」
伏し目がちで、それは少し寂しそうに。彼女は小さく手を振る。
なんだ、可愛い顔出来るじゃん。
彼女の可愛い顔を脳裏に焼き付け、僕は勉強をする三人の元へと戻るのだ。




