第73話「蘭子と個室」
朝から心落ち着かない時間を過ごし、妙にそわそわしてしまう三時間目のあと。トイレに行こうとすれば、蘭子が僕の後ろをぴったり張り付くように付いてきた。
「なんで付いて来るの……」
「いやなに。連れションというやつを……なっ」
「女子でその言い方はどうかと思うけど……」
それに、「なっ」……じゃないよ。あーもう決め顔なんかしちゃって、かっこいいのに可愛いんだからナデナデしたくなっちゃう。
ところで連れションは流行ってるの? いや、連れション自体は問題ないのさ。ただ、仄香の次は蘭子って……嫌な予感しかしないなぁ。
元々ぼっち属性持ちの彼女なら、友だちと一緒にトイレだなんていう日常風景にも憧れていたのかもしれないけど、正直言って怪しい。
それよりも、なんで今日はこんなにもトイレとご縁があるのだろう。そもそも僕が頻尿気味なのが悪いのかもしれないけど……。今日はなんとなくトイレが近くて困る。蘭子の距離がやけに近いのも困る。もしや、さっきの仄香とのトイレ事件を何か察してる?
そうして入った女子トイレ。運良くなのか悪くなのか誰もいなくて、すべての扉が開いている。隅っこ好きな僕は奥端の様式トイレを選び個室に入れば、すぐさま後ろから蘭子が一緒に入ってきて、扉を塞ぐ。
「な、なに……」
「動くな。私はレズだ」
「脅されてるッ!?」
クソレズ全開大パレードであった。というか、そのセリフは狙って言ってるよね? ギャグだよ? レズだよ? 可愛いよ?
「さんざん誤魔化し逃げられたが、今度こそは観念しろ。君はもう何処にも逃げられないぞ?」
「それ警察側だよっ! そりゃあ個室から逃げらんないけど!」
案の定の展開であった。もちろん彼女は扉の鍵はロック済みだ。
「さあ、イケナイ物を持っていないか、チェックしなければな」
「触りたいだけでしょ……」
「とりあえず手を上げろ」
「とりあえず出てってよ」
「……? 何故だ」
「用を足したいからに決まってるでしょうがッ!」
「男だって、真横の『見える』様な位置に並び、用を足すではないか。気にするな」
「個室までは入んないでしょ、入んないよね? それじゃあ、ただのホモ――」
「そうだとも。私がレズだ」
「レズレズうっさいな!」
とにかく、僕はいつもの除菌作業を済ませると便座に腰掛ける。脚を組んで、蘭子が邪魔でならないオーラを醸し出す……のに全く意図が伝わらない……。なんて図太いクソレズなんだこの子は……。僕のお陰で笑顔で居られるという朝の健気な彼女はどこへ行ったのやら……。
「用が足せないんだけど」
「尿路閉塞か? 可哀想に……。どれ、私が刺激を与えて排尿を促してあげようじゃないか」
「ちげぇよ! やめろよ! 出てけって事だよ!」
いつになく声を荒げようともどこ吹く風。顔を覗き込んできた蘭子は、無表情のままで僕の胸をまさぐり始めた。
「何……してるの……?」
「身体検査だ」
「まだ警察ごっこ続いてたの……」
「いやなに。妙に胸が膨らんでいると思ってな?」
「自前だよ。馬鹿にしてんの?」
「しかし、危険なダイナマイトを潜ませているかも知れないな」
「挟めないし……。そんなダイナマイトボディじゃないよ……」
僕の無駄な肉付きを馬鹿にしたいのか、それとも蘭子に負けていることを貶したいのかわからない……どっちかにしてほしいものだけど。ちなみに今現在はと言うと、胸を下から持ち上げられているセクハラ状況。
そんな彼女に呆れ苦笑いをする僕を余所に、胸を揉み続ける蘭子。ボディチェックが胸だけって杜撰にも程があるでしょ……。
それにしても、こう何度もワサワサされるとくすぐったくて、尿意が黄色信号送り出している。このままではいけない……。
「漏れそうだから、本当に出てってくれない?」
「これは素晴らしい情報を手に入れた。百合葉たんの『お漏らしシーン』かな?」
「どうしてそんな単語が出てくるの……。アンタAV見過ぎなんじゃない……?」
「その手の"アブナイ"ジャンルは見た事が無い。百合葉を見ていて思い付いただけさ」
「生粋の変態脳って事じゃんかっ!」
レズAVレンタルしてたりするし、本当にこの子は危ない……。危ない……。何が彼女を変えてしまったのか。
「ほら、『お漏らしプレイ』か、『放尿プレイ』か。選べ」
「どっちにしろ『羞恥プレイ』だよ……」
これなら朝のヘタレな蘭子の方がマシだ……。クソ童貞レズのくせに、なんでセクハラだけ全力投球なんだ……。好意のぶつけ方がおかしい……。
「百合葉。どうするんだ? 漏らすか? それとも、私の前で用を足すか?」
「くッ……。いいよ、してやりますよ」
仕方なしに僕はゆっくりとパンツを軽く脱ぎおろす。見えないようにだから脱ぎにくい。
「おっ……? 本日の百合葉たんはグリーンおパンツか」
「言わなくていいから」
「スカートが邪魔だなぁ。もういっその事、この手で脱がしちゃおうかなぁ」
「そこまでしたらもうレイプだよ……」
「ならば、そんなにもぞもぞと脱がないでくれ。花園が見えないだろうが」
「見させない為にやってんだよ……」
「うーむ……。ギリギリ見えない」
「覗くなッ!」
「痛っ、あ……見えた」
「アンタねぇ……」
「だが、このギリギリ見えるかどうかの瀬戸際が、こんなにもソソるとは思わなんだ」
「もう黙っててよ……」
まあどうせ温泉で見られたし、好きな子に見られるのだからギリギリ許容範囲か――と必死に自己暗示をかけ、蘭子は放置。とりあえず用を足す為に、恥ずかしい人の味方『音姫』のボタンを押す。
「何故、音姫を使う? 百合葉の聖水が滴る音が――」
「アンタが居るからでしょうがッ! ド変態!」
「折角、百合葉の『シーシー』が聴けるチャンスだったのに」
「赤ちゃん扱いするところが変態性増してるんだけど……」
「まあ問題ない。以前、録音した物があるからな」
「爆ぜろ変態!」
「冗談だ。本気にしたか?」
「今の現状からして信じない方がオカシイよ……」
いつも以上にこの子の頭のレズネジがぶっ飛んでる。いつか逮捕されるんじゃないかと怖くなるレベル。
しかしまあ、この学校の『音姫』は大変助かる事に、トイレの『大』を流す様な音である。名前に全くそぐわない程に斬新だとは思いつつ、川のせせらぎ程度じゃあ恥ずかしいわっ! という気持ちを掻き消してくれるので、気が利く業者に感謝。
そして僕は、便座に付き過ぎないようにスカートを少しだけ程度捲り上げて、「ふぅっ」と脱力。
「どうせなら、見える様にしてくれれば良いのだが」
「便座に着くのは嫌だけど、アンタ居るし……」
「仕方無い。このチラリズムを満喫するとしよう」
「その位置だと、もし飛沫が顔に掛かったとしても知らないよ?」
「大丈夫だ。百合葉のであればむしろ御褒美さ」
「うわぁ……。ド変態過ぎてドン引きだわ……」
クソレズ台詞を連発する蘭子を余所に、僕は用を足し終えていた。そしていつものように『ビデ』に手を伸ばすと、蘭子がその手を優しく払いのける。
「終わったな? 終わったのだろう。私がウォシュレットを押してあげよう」
「いや、要らないんですけど」
「綺麗にしないと不衛生じゃないか」
「自分で押すって事だよっ!」
「スイッチオン」
「ちょい待って! それお尻だから!」
「ああ、間違えた」
「絶対ワザとでしょ……」
「此方だな」
「そうそれそれ……って熱いし痛いよッ! 温度と水圧マックスにすんじゃないよ!」
「んっ……? 限界でも対した事は無いと思うのだが……。敏感なのかな?」
「知るかよっ! 使いもんにならなくなったらどうしてくれんだよ!」
「それは私が困るな」
「アンタじゃない、僕が困るんだよ!」
「そろそろ頃合いかな。洗い過ぎは良くないし」
「全然洗えた気がしない……」
体はスッキリしたはずなのに疲労感が酷い……。もしかして僕が頻尿なのはクソレズ二人がストレスをかけてくるせいじゃないかとまで疑う始末。いや、普通にあり得そうだ。
「さて。そろそろ拭いてあげようじゃないか」
「やめて下さい。乾燥にして下さい」
「ふっ……わがままな子だ」
流石にそこは身を引くのか、彼女はウォシュレットのボタンを押す。すると普段よりも大きな音で吹き付ける風。あれ? こんなに強かったっけ?
「おっ……? 風でスカートがめくれ上がって……?」




