第66話「DVDとお菓子タイム」
目の前に広げられたのは駄菓子やらスナック菓子やらの、糖分と塩分の盛り合わせ。少しくしゃついた袋がひしめき合い、ビニール特有のワシャワシャ音が大合唱。
「お菓子タイム?」
「そうよっ! 旅行中、夜にお菓子食べながらおしゃべりしたかったのに出来なかった! から! それをやるのっ!」
「へ、へぇ……」
こんな時間にそんなもの食べたら、ニキビも体重も怖いなぁと思いながら、お菓子の山をより分ける仄香を苦笑いで見つめる。そんな横で、譲羽は冷蔵庫からコーラを取り出した。……待った。お太り様一直線メニューじゃないかなそれは。
「ダイジョウブ。これは炭酸抜きのゼロカロリーコーラ……」
「炭酸抜き!?」
そんな心配をする僕の気持ちを察してか、譲羽はそう告げる。確かに苦手な彼女だけど、炭酸抜きとは……こだわるなぁ。でも、前にゼロカロリーの人工甘味料は危ないって話をしたよね? 忘れたの? 可愛いね? 可愛いよ?
だが、乙女のお菓子タイムにケチ付けるだなんて、そんな無粋なことは出来るはずもなく。僕は譲羽が注いでくれたコーラを受け入れるのだった。彼女も機嫌を治してくれつつあるし、たまには良いかな。
「あー、こんなことならDVDとか用意すれば良かったなー」
一通りお菓子の袋を空けて摘まみ終えた仄香が漏らす。夜のお菓子に動画を見る。彼女の言うとおり定番かもしれない。もはや季語なのでは?
「見るものは、今から探せばイイ……。契約シテル……」
譲羽がしたり顔で親指を立てて、ケーブルとノートパソコンを手に取る。女子らしさは感じられないシンプルなデザインで、持ち運びには少し重そうな大型の割に薄いボディだ。細かく鮮やかな画面を見ても、あれ一台でそこそこお金のかかっているのだろうなぁと予想。軽い3Dゲームなら出来そうなもの。
そんな、映画セッティングをしようとする譲羽を思惑顔で見ていた仄香だが、ようやく何をしようとしているのか気付いたみたいで、バシバシと机を叩いて抗議。
「のんのんっ。"インターネッツ"を使うのぁ~愚行よグコウ! 味気無いってもんだぜー? やっぱり、ディスクで選んだやつじゃないとぉー」
と、彼女は準備する譲羽の腕を掴んで制止させる。新しい物にはグングン飛びつきそうなものだけれど、意外とアナログ派なようだ。
「仄香、ネットのを選ぶんじゃダメなの?」
「便利なのは分かるんだけどねぇー。なんか、無制限って感じじゃん? それよりも、DVDのあの、ユーイツの選ばれしディスク感がもう、燃えるねっ。そいつを選んじまったか~っていう感じがねっ」
「そ、そっか。その気持ちは分かるかも」
インターネットが無制限という感覚は確かにある。ネット回線や携帯の通信容量さえあれば、どこか動画サイトなどと契約しなくても無限のようにあるからなぁ。勉強の合間にちょっと……だなんて油断をすれば、時間がどんどん吸われてしまうから、僕はネットの使用を自分自身に規制していたりするし。それとどうでもいいけれど、彼女、"唯一"を"ゆういつ"と覚えてる疑惑。ツッコむだけ野暮ってもんかな……。面白いし……。
そういえば……。
と思い、僕は自分のリュックからレンタルDVDを取り出す。すると途端に目を輝かせる仄香。宝でも見つけたように、僕の手元を両手でかざす。
「むむっ。こやつはナニ奴じゃっ!?」
「今日、呼び出される前に借りてたんだー。噂には聞いていたから、見ようと思って」
「つまりは、ゆーちゃんが選んだものということでオーケー?」
「お、オーケー……」
その確認は、いわゆる『選ばれしディスク感』ってやつなのだろうか。
「ならば許可しよぉーう! そいつを見るのだ!」
と、彼女は僕の手からDVDを奪い取る。二重のプラスチックケースに入っているとはいえ雑だ。
呆れつつ、僕は強引に手元から離れてしまったケースを眺め……眺め? その表紙は、女同士が意味深に向かい合い微笑んでいるもので、左下には赤い禁止のマークが……。
「あっ、やっぱこれ無し! 無しでっ!」
「はぁーっ!? なんですとぉー!?」
やってしまった! レズセッとかは無い! 無いけど! よりによってR―15なのだ! 当然ながら驚く仄香。僕が取り戻そうとするも、断固拒否の姿勢。くっ……あれがバレてしまっては、僕がちょいエロレズ映画を好むと思われてしまう……。いや、間違いじゃないんだけど、何より前にみんなで見に行った映画も百合モノっぼいやつだったし、僕レズのド変態だと思われるかもっ! 映画は意識をさせるためとはいえ、かなりの賭けだったんだ……。だというのに二回目だなんて、もうレズ好き確定じゃんっ! いや年齢的に問題はないしっ!? なんならそういうイヤラシイ目で映画を見るわけじゃないんだけれどもっ!
壊れないように気をつけながらケースを掴み奪い合う僕たち。隣でハラハラしながら譲羽が見ている。くっ……。これを見られれば百合好きだけで誤魔化しようがないぞ?
「見るったら見るんですぅーっ。撤退はダメですぅーっ」
「それを言うなら撤回! 動画ならネットで探そ? ね……っ!?」
「それじゃあ意味がなぁーいっ! ゆーちゃんが選んだ一押しをこの場で! 見るのじゃーっ!」
「うわぁーッ!」
そしてついにこの手からケースが離れてしまった……! テレビ内蔵のプレーヤーに入れようとする仄香を止めようとするも、その間には譲羽が。
「ゆ、ゆず……? どけてね?」
「百合葉ちゃんの負け……諦メルがイイ」
「くっ……」
画面を見ればもう映画の製作会社ロゴが表示されたところだった。ああもう、諦めるか……。
オープニング映像は僕らくらいの年頃を演じる女優さん二人が星空の下で見つめ合い、そして深く唇を絡め合うという、初っぱなから全力投球レズであった。
「ほぉー。これがゆーちゃんが見られたくなかった映画かー。レズレズしいなー。んっ? よく見たら十五禁なんじゃね? レズエッチあるかなー」
「いや無いと思うけど……」
机をバシバシ叩く仄香に呆れながら言う。
「前見た映画もレズ系だったしなー。全くもー。ゆーちゃんったら、ヤラシーッ!」
「レズ系じゃないしやらしくないわっ」
「うへへっ!」
なんて調子に乗る仄香を叩こうとすれば、なんなくよけられてしまった。恥ずかしくて僕のコントロールが悪いみたいだ。
「ぼ、僕だってユズと一緒で、百合もの好きだし……。少なくともエロ目的じゃないからっ。純愛目的だからっ!」
「ほぉー?」
ニヤニヤと煽るように笑顔の仄香。だがそこに譲羽が手を差し出して僕らの話の間に割り込む。
「アタシは……三次元の百合作品は、好きジャナイ……。役者さんがケバかったり……あまり可愛くナイ」
「そ、そうだね。そこは好みがあるよね」
なんと、仲間だと思っていれば断固拒否されてしまった。確かに、いくら内容が良いからといって、演じている人が明らかに場違いな雰囲気だと、萎えてしまうものだ。……性欲がじゃないよ?
「じゃあゆーちゃんはこの映画がムラムラしそうだから借りたんだねー」
「そこまで濃厚じゃないんだってー! 原作はちゃんとした! 同性愛のっ! 文学作品です!」
「そんなこと言っちゃってぇー。実はレズエッチな妄想するんでしょー。おうちでひとりナニするつもりだったんでしょー」
「いや、僕はレズエッチしたいなんて思わないしっ!?」
別に僕はちゅっちゅしたいだけでエッチしたいわけじゃないから、僕がそんな変態だなんて思われたくないと、必死の弁明をするとほんの少し、空気が止まったような気がした。な、なんだ?
「ま、まあいいやいいやっ。お菓子じゃんじゃん食べてっ。映画見よーよ」
「う、うん……」
仄香が誤魔化すように言って、ようやく僕らは映画に集中する。しかし、丁度そのときにオープニング曲が終わってしまって、セリフもなく、部屋にはどこか切なさを感じさせるBGMだけとなった。気まずくならないようにポリポリとスナック菓子を食べてコーラを飲んでも、やけに炭酸がはじける音が脳裏に響いてうるさい。確かにそこそこ炭酸は抜けているけれど。
ぽつりぽつりと喋るような静かさで風景が移ってゆき物語が進む。気まずかったのも序盤だけで当初のレズレズしさから一変、純愛路線に場面を変えてゆく内容に、僕らは釘付けになっていた。ドラマティックなシーンが来たかと思えばまたしんみりとして来て、やがてラストがどこへ向かうのか薄らぼんやり浮かんでくると、少し、目頭が熱くなってくる。
そこに、触れる手の感触。左手から伝わる震え。見てみれば、譲羽が口を引き締め、泣くまいとこらえるように潤んだ目で画面を見ていた。
感情が高ぶって、他の人にこの気持ちを伝えたい。でも、映画の最中だから、伝えられない。そんなもどかしさがあるのかもしれない。僕も、そっと触れていただけの彼女の手を、優しく包むよように絡める。そうすると、当ての無い感情がより所を見つけたように、ぎゅっと強く、握り返してくれる。
もう……大丈夫かな。
強引な誤魔化しのせいか、この間の湖の後ではぎくしゃくしたものだけれど、なんだかんだ言って彼女は僕を必要としてくれるみたい。僕を拒絶し続けるには、僕の存在が大きかったんだ! と、思いたい!
「もうっ! 全然盛り上がらなかったじゃん!」
エンドロールののち画面が暗転したところで、そう仄香は文句を言い出した。
「でも面白かったでしょ」
ハッピーではないとはいえ、最後の病死離別エンドは、安直でも心に来るものがあるなぁと、僕はうんうん一人頷く。
「そうだけどぉーっ! こんな、しんみりするとは、思わなかったぞぉーっ!」
なんて、彼女はポカポカ僕を叩く。確かによく見れば、彼女の目は少し赤く潤んでいる。なんだ、それなら大満足じゃん。
「百合葉ちゃん……良カッタ」
と、譲羽も鼻水をじゅるじゅる言わせながら親指を立てる。口周りがポテチの粉と鼻水の痕で大変だ。僕はすぐにティッシュを差し出して拭いてあげる。
「見ながら盛り上がれると思ったのにーっ! 何あれ! 何あれ!」
「何あれと言われましても……」
感動作としか言いようが……。まあでも、映画DVDって直接感動させるような作品は、そこまで多くないか。そんなことも知らずに彼女らは、まんまとレズ映画に感動させられてしまったのだ。なんだかんだ、レズ作品を差し出した功名……レズの功名だ。……口に出したくないなこのレズジョークは。
「同性愛ってのは周りに理解されないし、結婚とか子どもみたいな繋がりを持てない分、精神的な愛が深くなりやすいからねぇ。良い話だったなぁ」
ぐずついてる二人が鼻をかんで黙ってしまったので、僕は僕なりの感想を述べる。
「ゆ、ゆーちゃんは……あーゆーの、求めてるの?」
「んっ? まあ、精神的な繋がりは深い方がいいよねぇ。同性とか異性とか関係なくさ」
仄香が訊ねてきたので誤魔化しのきく返し。これで彼女ら二人の愛が深まったりするのだろうか。うーん、ちょっと分からないな。
残ったコーラを飲んだりして落ち着いた二人は、黄昏るように、メニュー画面に移って切り替わらないままのテレビを見つめている。
「もう一本なんか見るぅ~?」
「いやぁ、もうやめよ? 勉強もしたから目も痛いでしょ」
「そーだなぁー」
本人も底まで乗り気じゃないのか、落ち着いたテンションのまま提案する仄香だったが、もう目が限界だ。頭も酷使したわけだし、これ以上何かを見続けるのはつらい。
「お菓子も……ナイ」
「ああ……残念だね」
それは重要だ。映画を見ながら何も口に含められないだなんて……と思ったけど、僕自身、大して摘まんではいなかった。DVD見るならお菓子をセットにすれば、それっぽい雰囲気が出るという無意識の感覚からだろうか。
「じゃあ歯磨きして寝ようね? もう十二時過ぎちゃったし」
僕が急かすように言うと、ニンマリと怪しく微笑んで二人は見合わせる。嫌な予感がする……。
「その前にやることがあるのではぁ~?」
「……ワァー」
「や、やること? 何かなぁ、もう寝たいなぁ」
本来なら、お菓子を食べた直後に寝るなんて、言語道断なのだけれど、わざと眠たそうに目をこすって演技するも、二人に僕を寝かせてあげようだなんて気遣いは無く……。
「三人でお風呂入らないとっ!」




