第64話「DVDと緊急連絡」
旅行を終えて彼女らと別れてから一日を置いた、連休の後半戦。残り二日に差し掛かったときの事だった。僕は勉強の息抜きに映画でも見ようかと、近所のレンタルショップでマイナーな映画のDVDでも借りようとする最中。
「ゆ、百合葉……」
「ああ蘭子、奇遇だね。何か借りたの? CD? それともDVDやブルーレイ?」
「いや、これは……」
彼女が手に持つレンタルの袋を覗き込むと、妙に冷や汗を流しながら目が泳いでる彼女。その僕を払おうとする腕はどこか力無く、簡単に彼女の手に持つDVDを覗き見ることが出来た……が。そのタイトルは……。
「二人の蜜愛……。放課後のレズプレイ……」
「ち……違うんだ、百合葉……」
「……ナニガ違ウノ?」
汚物を見るような目で彼女を見やる。僕の言葉に一瞬、大きな身を竦めた彼女だったが、意を決したように胸を張り、いつものキリッとした表情に切り替わる。
「嘘だ。何も違わない」
「せめて弁明したらっ!?」
「弁明など何もない。私は、同性愛の勉強の為にレズAVを借りようとしていた。それに登場する"受け側"を百合葉に置き換えて妄想しようとわくわくしていた。そうしたら、肝心の百合葉にバレてしまった。これは本人と同じ事をするしか――」
「させないわっ!」
相変わらずの生々しいセクハラに僕はペシッとツッコむ。そんな事は勉強しなくていいのに……。
「まあ、本音はさておき」
「冗談じゃ無いのかよ……」
「レズを食らわばAVまでと言うじゃないか。この信念は最後まで貫かないといけない」
「ただの色欲だよ……もう借りたディスクでも食べときなよ……」
呆れかえるばかりであった。流石にこう直接的だと、すごく嫌気がさす……。
「アンタって、どうしてこう下ネタばっかりなのさ……。もう、嫌になってくるよ……」
「当たり前だろう。妄想内でも百合葉にあれこれ――」
「もうっ! ほんとデリカシー無さすぎ信じらんない! もう近付かないでっ! 蘭子なんて、だいっ嫌い!」
その瞬間。僕は否定の言葉がつらつらと出てしまっていた。いや、もう。セクハラのオンパレードに疲れてしまったのだ。冷静な判断力を欠いていたのだ。相手は僕が落としたい美少女だというのに。
「百合葉、もういっぺん言ってみろ」
「何度でも言ってやるぅ! 蘭子なんかだいっきら――」
途中で途切れた僕の言葉。僕の唇を奪おうとする蘭子の唇。しかし、あまりに突然だったので、僕は平手でそれを防いでしまった。
「拒絶するのか……。そうなのか……」
そう言って彼女は、僅かにまぶたを落として、さみしそうな顔をする。だって、店内ならそうせざるを得なかったんだもの……。
「ご、ごめんね……蘭子」
「いや、いいんだ。私がやりすぎただけなんだ。忘れてくれ」
その大きな背中は、なんだかとても小さく見えた。
※ ※ ※
とぼとぼと帰る蘭子を見送った僕。なんだか、妙な気分になっちゃったなぁ。と思いつつ、こう店まで来てしまったものはしょうがない。適当にDVDを借りて家に帰ろうとしたそのとき、
『ゆずりんが大変なの! 早くあたしらの寮に来て!』
なんて連絡があれば、美少女大好きな僕が向かわないわけがない。小さなリュックを揺らしながら、走りに走って学校併設の寮へ向かう。急ぎようの無い電車の中に居ても、僕の心臓は焦りを隠せず、張り裂けそうなほどに鼓動を打ち続けるばかり。
「あっ、ゆーちゃん!」
そして、ようやく着いた寮の前で待っている仄香。その表情は今にも泣きそうで、赤い目を潤ませている。
「どうしたの仄香! 何が――」
「とにかく早く来てー!」
腕を引かれ寮の中へ。僕は連れられるまま、二階にある彼女らの部屋へ向かい……。
「……で、急ぎの用はこれ?」
扉を開ければ、確かに大惨事であった。ありとあらゆるプリントと教科書が散乱していて……。
「うえぇ……ワカラナイ……」
そんな頭を悩ます譲羽のおでこには冷却シート。目薬が傍にあって、苦戦している様子がありありと……。色々な例文をメモしようとして使いこなせなかったのか、ぐちゃぐちゃなノートも広げられている。
そう、それは試験勉強なのだった。
「テスト範囲だしぃ、連休課題はとりあえず全部通したけどさー。前々からやってるのに全然分からないとこ多かったんだよねー。こりゃあ明後日に間に合わないかもだし、徹夜で教えて欲しいなーってさ!」
「た、大変って……勉強の話だったの……。てっきり事故にでもあったのかと……」
「言ったじゃん、ゆずりんが大変だって! そんでついでにあたしも大変なのさっ!」
「そ、そっかぁ……」
心配して損した。でも、彼女らが真っ先に僕を頼ってくれるというのなら、嬉しいもの。ハンカチで汗を拭って、僕は敷かれていたオレンジドットの座布団にどっかり腰を下ろす。これは仄香の選んで買った座布団な気がする。
「四月にやった範囲だけなんだし、こんなの、基礎の再確認とちょっとした応用だよ。まず、致命的な教科から始めよっか。二人ともどこが分からないの?」
目配せする僕。仄香は「んーとねーっ」とか言って散乱する教科書を吟味して、数式にごちゃごちゃマーカーの引かれた教科書と課題集を手に取る。
仄香は数学かな……。
ならもう一人は……と、僕はちらり譲羽を見る。そうすれば一瞬、目が合ったというのに、すぐ逸らされてしまった。嫌われているようでは無さそうだけれど、どこか相変わらず目を合わせてくれない。
うーん……どうするか。
とは言っても、今は仄香の言うとおり勉強を進めるしかない。幸い、仄香はいつものように接してくれるし、途中で仲が元に戻るよう頑張るしかないんだ。そして、あわよくば、この二人ともが僕にゾッコンになって、彼女が四人居ようと許されるような関係を……。うへへ……。
「難しい顔したと思えば急にニヤついてどーしたの? ゆーちゃん。数学フェチだったの?」
「ち、違うよ? ちょっと得意なだけでっ。じゃあ躓きやすい数学からやろうかっ」
「おういえっ! わかんないとこ多いからねー」
「……」
そして、無言のまま頷く譲羽。良かった、受け入れてはくれるみたい。
「じゃあ教えていきますかぁ」
しかし、僕は全く数学の分からない二人にひとりで相手取るということに苦戦してしまう。今までだって何度か教えていたけれど、やはりその場しのぎで覚える癖は抜けきらないようで。
得意な人が苦手な人間に教えるのは、躓きポイントが理解できない分不向きというのがよく分からされてしまう。だからこそ、どうにかこのサクサク解ける気持ちよさをなんとか伝えたいものだと考えあぐねる。僕は、自前の考察力を生かして彼女らがどういうところで引っかかるのか地道に観察していく。
「本当に時間がかかりそうだ……」
「でっしょー! やばいよねぇー」
「他人事みたいに無い胸張らないでよ」
「誰の胸が無いってーっ!?」
なんて僕に前のめりになってくるから、僕は引かせようと彼女を腕で押しのける……あっ、この子またノーブラじゃん……。恥ずかしくは無いけれど、意識してしまう。だって、本当に肉感が分からないなぁって。
「仄香ちゃん……遊ばナイ……」
「うえっ……ごめんよゆずりん」
なんて、珍しく譲羽が注意するのだった。声もちょっと強気で。いちゃつく僕たちを気に入らないのか、はたまた勉強に専念したいのか。どうなんだろう。
「じゃあ……。とにかく一つ一つの公式が、テストの時でも頭の中からスッと浮かぶように、例題を反復練習だね。考えなくても感覚で解けるようにして、仕組みは出来れば先に分かってた方がベストだけど、後からの理解でもいいから」
「はいさーい」
「……ウン」
ここでようやく譲羽が口を利いてくれた。良かった、この調子で彼女が元通りになってくれれば良いのだけれど。




