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百合ハーレムの作り方  作者: 乃麻カヲル
第1部二章「百合葉の美少女落とし」
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第59話「湖の妖精」

 空がスミレ色を帯びるにはまだまだ早い、夜闇の向こうで色付き始める前の時間。



 夜の湿った空気に晒される僕。浴衣に茶羽織という軽装では、風は穏やかでも春の終わりの夜の冷えがチリチリと素肌に刺さる。



 眼前には大きな湖。真ん中に聳える島は真っ黒に。そんな、普段の世界とは切り離された異景と丸太の柵の間。小さく屈む黒い影。



「ユズ。こんな時間に一人じゃあ危ないよ?」



「百合葉ちゃん……来てくれると信じていたワ……」



「どうして?」



 仄香に起こされたのは必然だとでも言うのだろうか。それとも、僕がトイレに起きるのを何時間も待っていた? まさかね。



「大空に煌めく宇宙のことわりが、アナタをここに導いたノ」



「そ、そっかぁ」



 中二ゼリフであった。ただ、気持ちはなんとなく分かる。嬉しいのだろう。



 しかし、夜空と水面に映る月を後光のように浴びた譲羽が目の前に。それは羽が生えたように綺麗で、そんな彼女に手を差し伸べたりなんかしたら、ロマンチックなんじゃないかと思ってみたり。



 寒いのか、下に着たパーカーをフードから被っている彼女。からす濡羽色ぬればいろの横髪が、闇の隙間を埋めるように光り輝く。



 彼女のもとへ歩み寄れば、柔らかい芝生が無くなり、四角い大きな岩が地面と水面とをへだてていた。僅かにこけむしたその岩縁いわへりに彼女はひざをつき、湖へと……月へと腕を伸ばす。



「綺麗な水面だね。月の光が反射して」



「当然……今宵、マナが満ちているから……。今、己の身を清めんとすっ。ムーンライトシャワー!」



 夕方にはじっくり温泉に入ったというのに、その体はけがれてあらせられるのだろうか。そんな譲羽の独自設定に微笑ましくも、返してあげる言葉も思いつかず。頬をポリポリ掻きながら、彼女の岩に接した小さな膝に目をやる。半分は既に岩から離れて宙を浮いていて、上半身の傾きも子供が積み上げた積み木のように絶妙だ……。



「清めるにしても、こんな近付いてたら危ないよ。こっちにおいで」



 この歳にもなって湖に落ちるようなドジっ子は、なかなか居ないだろうけど……。流石の彼女にだって、平衡感覚だのバランス感覚だの、そういう自己防衛機能は備わっているはず……と思いたいけれど、やはり備わってないかもしれない。



 だからこその口実として、僕は真後ろから彼女のお腹に手を回す。こんな、個人攻略にもってこいのイベントは無いのだから。くしくも、仄香が用意してくれた……。



 間違ってもバランスを崩して落ちる事のないように。湖に落ちるドジっ子なんていうエピソードが生まれないように。



 僕よりも細い……だけど、華奢であっても女の子を感じさせる柔らかなお腹。温かくとろけるようなふわふわ感。



 そんな行動を、安全の為とようやく認識したのか、僕が告げた注意に遅れてようやく、彼女は口を開く。



「大丈夫……ここは浅いカラ……。それに、危なくなったら、アナタが助けてくれる……」



「それはそうだけど……」



 譲羽の言うとおり、彼女が僕を頼り、僕が彼女を支えるような関係性であることは、僕も彼女もなんとなく承知だ。無意識のうちに、支えるポジションに身を収めてしまう。彼女の中二力ちゅうにりょくが魅せる魔法なのかもしれない。



 そうなんだ。譲羽を危ない目に遭わせたくはないから、二十四時間でも、見守っていたいくらいに、彼女から目を離せない。



 グッと右腕の力を優しく強める僕。心配という気持ちと、愛おしい気持ちが僕の中で渦まいている。



「ネッ……? 守ってくれる。過信じゃナイ……」



 いつもの様に、にへらぁっと、不器用に笑う彼女の口元。その、中途半端な笑顔がまた守ってあげたくなる。



 僕は足に力を込めて、彼女の全体重を支えていた。



「一人でこんな所に居て……。落ちたら危ないんだから……」



「……離したら……ダメ」



 僕の問いに答えないその瞳には、どこか依存じみた危険な香りを感じとりながら……その妖しげな美しさに僕は目を奪われる。



 女の子と思う存分イチャイチャする――と呼ぶにはあまりにも風情のある雰囲気だけれども、こんな静かなシチュエーションも大好きだったり。景色に溶け込む百合。ああ、良い。



 そんな風に思考を現実からふわり浮かれていると、彼女の左手がペシペシと岩肌を叩く。



「ここ……座って……」



「でも支えられなく――」



「いいカラ……」



 その声には、僕を惹きつける何かがあった。そこまで言われちゃ仕方がないなと、譲羽の隣に片膝を着き腰を下ろす。



「キレイ……でしょ……」



 彼女が腕を広げた景色。本来はボンヤリとした夜雲よぐもですら、月の光を浴び湖面に姿を映し出している。緩やかに波打つ湖全体が、空を映す鏡と化していた。



「ああ……。こんなに綺麗だとは思わなかった。誰かさんが危なっかしいからね」



「そんなこと言ったら……ダメ……」



 ふふっと笑う彼女。だが、そうだ。本当に……彼女に見とれすぎていたせいで……。



 こんなじっくりと満月を拝むなんて今まで無かったなぁと思いながら、うっとりと見とれていた。そんなとき、隣の譲羽が携帯を構えてる事に気付く。



「動画……撮ってるんじゃないよね?」



「うん……。無音シャッター」



「犯罪臭ッ!?」



「犯罪じゃない、記録」



「それを隠し撮りって言うんだよ……」



 意外とゆずりんワルだった……。油断なら無いなぁ、もう。



 ……おや?



 でも、そんな高機能携帯電話とは別に、彼女が首から下げて居るのは紛れもない、部活用のデジタルカメラ。



「なんでそっちで撮らないの?」



「……っ。アタシ、だけ……」



 指差しながら指摘するも、曖昧模糊のモコモコとしてハッキリ言わない譲羽。モコモコなのは彼女の口だけでなくお腹もだけど。



 ただ、理由はなんとなく見当が付いていたり。



「なぁーんでそっちで撮らないのぉ~?」



 繰り返して同じセリフ。だが、明らかに煽り口調で。



「あたた……、あたっ、アタシだけの、思い出……! ベツベツ……っ!」



 はい、合格ッ! よく言えました! 素直でよろしいッ! あーもう、ゆずりんは可愛いなぁ~。



「あーもう、ゆずりんは可愛いなぁ~」



「あ、あう……っ」



 よしよーしと、わんちゃんでも撫でるかのように彼女に抱きつき、頭やら背中やらなでなで。



 ゆずりんは「や、ち……が」などと何か喋りたそうにし、息も絶え絶えになってきたので、女子特有の抱きつきサービスタイムを終了。昔はなんだあれって思っていた文化も、今思えば便利なものだよね。僕にしては勇気を踏み出したものだけど、すぐに終わり残念。



 やがて僕が手を離すと、頭をブンブンブンブンと振り、冷静になろうとする彼女。その反動でデジカメまでもが揺れて彼女の腕にぶつかるので、「いたぁ」とうめいたり。ドジっ子彼女ならではの可愛さだ。



「ち、違う……ノ……」



「何が?」



 カメラにポカポカ殴られちゃう情けなさに対する言い訳?



「月が……綺麗デスネ」



「月……?」



 ……唐突ぅ! すっごい唐突だよ!?



 しかし、冷静になって考えてみよう。中二病らしく遠い目をしながら、突如として放たれたそのネタは知っている……。『I love you』を夏目漱石が『月が綺麗ですね』と訳したとされる、告白ネタをやりたいんじゃないのかな? 奥ゆかしいゆずりんかわゆす。



「そうだね」



 しかし、こればかりはどう対応したら良いものやら分からないので、普通に返して気付かないフリ。



「……はっ」



 どうやら、僕が気付いていないと察したようで、あたふたゆずりん。なんでそう計画性がないのだろう……。萌え萌えキュンキュンのキュンキュンである。



「これも失敗……でも別にあるから……」



 さっきのセリフが意味するとおり、告白したいのだろうか。こんな心身ともにボロボロな状態で何を伝えたいのか分からないけど、とりあえず流れは彼女なりにあるのだろう。計画性ゼロでは無かったようだ。



「ワタシは湖の妖精……」



 はい、駄目でした。突拍子も無い、学習能力ゼロりんでした。



 しかし、このキリッとした表情……完全に明後日を向いちゃってる……。僕が猜疑の目どころか心配の目をを向けても完全無視。う~ん、泣いちゃうゾッ!



 でも、真剣に次の言葉を探している様子。それだけ本気なのだろう。告白は怖いけれど、この中二病茶番……ならぬ演目に付き合ってあげようじゃないか。



「湖の妖精さん? こんな夜中に何かご用?」



今宵こよい……十六夜いざよいの下、湖の舞をお見せシヨウ」



 次にはミステリアス系ではなくクール系のキャラ……。なんだかキャラクター性までブレちゃっているブレりん。でも、中二病キャラって、かなり練り込んで練習しないとキャラ統一難しいよね。経験者は語る。いや、思う。



「湖の舞? よろしくお願いします」



「えっ……と」



 でも、相変わらず舞の内容を考えては居なかったようだ。それもそうだ。いつもだって、彼女の中二はその時その時の即興劇。思い付きなのだ。



 「うむむ」とひとり悶着している譲羽。せめて演目に入り込めるよう、無言の間を話で繋いでおくか。

「あの辺一帯は、あれは紅葉かなぁ」



「あ……と、まだマナの補給中デス」



「そうだよね。でも、きっとここは綺麗に紅葉するんだろうね。……秋にもまた来たいね」



「……ぅ、うんっ」



 彼女は大きく頷く。実際に来ることは無いかもとは思っても、こういう一声が大事になるのかもしれない。



 そして再び流れる静寂。彼女は何か言いたげなのに、下手に邪魔できないのがもどかしい。



「それにしても、本当に静かだね。良い夜だ」



 彼女がコクリと頷く。しかし、完全な無音ではない。風に煽られ、水が寄せては返っている。そして、隣から聞こえてくるような鼓動……。というのは錯覚、僕のものだ。



「海とは違ってさ。この静けさは趣みたいなのがあるよね。静かなのに、水の音が少し聞こえるから、心から安らげる気持ちになるよ。癒されるなぁ」



「そうね……」



 僕が目を細めてその空気感を味わっていれば、頭の中で色々と思い巡らせていたかのように見えた彼女が、深く湖を見つめだす。

 そして腕を高く伸ばし、月を撫でるように。その手はひらひらと宙を舞い降り、やがて湖面に降り立つ。



 彼女が雪のような指を水中に溶け入り混じらせる。手をあてがいピシャピシャ小さく音を立て、波紋に月がゆらゆら踊る。彼女の五本の指は花びらに見え、白い蓮の花が咲いたかのようだった。



「冷たい?」



「冷たい、でも……優シイ……」



 ああこの感じ……。夢のように儚く愛おしい時間。照らされることの無い世界にただ二人で佇む。それだけでとても豊かな、無駄な言葉の不要な沈黙だった。僕が無理に言葉をつなぐ必要も無いのだ。



 そう、その沈黙はやはり味わい深い意味のある時間で。彼女の中でも渦巻く気持ちがあるのだろう。思い付いたように目を見開いては閉じて、そして水面へ手を伸ばす。



「ねぇ見て……。月の雫」



 譲羽の言葉と共にすくい上げられた水は、彼女の手の甲を伝いひたひたとしのびやかに零れ落ちる。



「この集めた雫を撒いたらどうなると思う……? 星屑にナルノ」



 言いながら立ち上がり、手元に広がる水の花を咲き散らす。



「そして、やがては流れ星となって、海に溶け込んでユく」



 光の粒を見ながらポツリと囁く。



 薄闇の中で月の光を得た雫たちは、キラキラと辺りへ広がる。



 そして、両手のひらから放たれ流れ星となりポタタタタッと水鏡みずかがみを揺らす。



「これだけあれば、願いも叶うかしら……ネ」



 やがて、掬った雫は星屑の様に湖面の帯に溶けて、再び水鏡の月へと帰っていった。



「――――月の舞……幕引キ……」



 それは舞台の終演という事なのか。彼女が作り出した幻想の余韻よいんにしばらくひたり無言のままたたずんでいたから、譲羽の口から演目終了のお知らせだと気付いたのは少し経ってからだった。不器用ながらも、メルヘンチックな内容だったかなと思う。



「何をお願いしたの?」



 だいたい内容なんてのは分かっているものだけれど、当たり前のように質問を投げかける。



「百合葉ちゃんと、もっと一緒に居られますようにって……」



 うおう……中二病関係なしにド直球だなぁ。もしこれが男女のそれであれば、付き合っちゃうこと間違いなしなのだけれど、僕は……。



「ありがとね、ユズ」



 彼女の頭を撫でる。すると、譲羽も左手を伸ばし僕の頬に指を添える。



 そのとき、空気がしんと静まり返ったような気がした。



 逸らした顔を再び向けると、パチリと彼女の瞳と合ってしまう。



 そしてそのまま、ゆっくりと顔を近付けて……。



 これは……キスの展開……なのだろうか。もしや今までのは、不器用な彼女のキスへの演劇だった? そう意識すると、鼓動がコトコト音を立て全身の血液が沸騰したかのようになる。



 とろんとした柔和にゅうわな瞳。そっと触れられる右の頬が熱い。



「ゆず……?」



 僅かに逡巡しゅんじゅんし戸惑う間にも、彼女の唇が距離を詰めてくる。



 月明かりの下でも映える陶磁器のような肌。彼女も緊張しているのか、みるみる頬に朱を散らす。



 ……避けて傷付けることも無いか。



 逃げても追いかけるような仄香とはまた違うのだからと。僕は彼女を受け入れた――その時、一瞬揺らいだ彼女の瞳に強くあやしい火がともる。



「んぅ……!?」



 柔らかいだけのキスだと思ったんだ。でもそれは、強引に舌をねじ込むようなキス……ディープキスだった。



 普段のぬぼーっとした彼女の像がかすむような力強さ。その時、僕への執着心が牙を剥き出す。



「あっ、ん……」



「ん、ふ……っ……」



 無理やりにねじ込んではきたものの、しかしその舌使いは柔らかい。ソフトクリームを舐めるかのように、僕の舌をなぞり絡めて……。



 マズい、頭の中がボンヤリと鈍ってきた……。息継ぎが上手く出来ない……。



 心臓を打つ早鐘はやがねだけが耳に焼き付く。



 苦しい……でもなんだか――――。



 そう思い始めた時だった。唐突に譲羽が口を離し、



「苦しー」



 「ぷはぁっ」と、そんな感想を漏らす。



 僕は僕で乱れた呼吸を整えつつ、今後の展開を慎重にとらえ、言いまぎらす言葉を思索する。



「どう……だった?」



「どうって……」



 言われてもなぁ……。実はものすごい嬉しい。跳ね上がり宙返りしちゃうほど嬉しい。だけど、『友達』に突然ディープキスをされて、どのように返し誤魔化すのが正解か……。



「アタシは……幸せだった……。ココが苦しいのに、うれしいキモチが溢れかえりそうなの……」



 胸を押さえて見上げる瞳。触れれば、たちまち崩れてしまいそうな……繊細な乙女の顔。



 こんなにも彼女が僕を想ってくれているんだ。本当の気持ちをぶつけても良いんじゃないのかな……?



 僕が返答にきゅうしていると、



 一陣の風がビュウッと吹き抜けて僕の熱を奪い去った。それは、恋に浮かされた僕の心を覚ますようで。



 そうだ、僕はここで折れるワケにはいかない…………。



「もう、ユズったらぁ。いきなりちゅーしてくるもんだから、ビックリしちゃったよ」



「えっ……」



 明るい声で気の抜けるような返答をした。



「キスしたいんだったらあらかじめ言ってよね。驚きすぎて心臓破裂するかと思ったよ」



 全くもう、友達百合アピールのいつものパターンだ。とぼけながら、彼女の気持ちを強引に避ける。 



「あ、アタシがなんでキスしたと思ってる……の……?」



「まあ友達同士だし、遊びとか雰囲気でそういう事もあるよね」



 ハッキリ言って無いと思うけどね。でも、そんな同性愛者大歓喜な妄言を突き付けた瞬間、彼女の表情から幸せが欠片となって砕け落ちた。



 全てを諦めたかのような顔で、彼女は目を伏せる。



「満天の、そらにキラキラお星さま。託した想いはアナタに届かず……」



 言い終わると悲しげな横顔のまま、空を見上げる譲羽。



 その姿はとても小さく見え、そして「はぁ……」と闇に溜め息を滲ませていた。



 そんな譲羽の心証を映し出すかのように、うっすらと月がかげりを見せて、同時に彼女の表情も暗く光を閉ざす。



「もう、帰る……」



「んっ……? ちょっと」



 青い月影つきかげに揺れるように、彼女はふらふらっと立ち上がって、僕より先に戻ってしまった。声かける僕には振り向きもせず。う~ん、呆れられ彼女を傷つけてしまっただろうか。



 でも失敗じゃあないはずだ。僕は彼女にもアメを与えればムチを与え、その傷を甘くうずかせたいのだから。



 ちょっとやそっとの恋心じゃあ、咲姫や蘭子となんて張り合えない。どうか、彼女がもっと、僕に夢中になってくれますように。

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