第56話「落ち物パズルゲーム」
酔った先生を蘭子が部屋に押し戻して、そして綺麗さっぱり食べきった夕の御膳を下げてもらったあと。
僕らは敷かれた布団の上、仄香と譲羽が持ってきたゲーム機で対戦していた。ゲームと言っても、刀で斬り合うとか殴り合うような血生臭いゲームでは無く、落ちてくるスライムを組み合わせ連鎖を組んでいく落ち物パズルゲームだ。デフォルメがかったキャラクターたちが相手の連鎖技を受けてきゃあきゃあと慌てるが微笑ましい。それに合わせて仄香までファイヤー! とか騒ぐのも、本当に微笑ましい。
「仄香は普段からゲームやってるの?」
「しょーがくせーの頃と違って今はそこそこかなぁー。だいたい毎日やってるけどねー」
「へぇー。好きなんだねぇー」
「そーそー。気分転換したいなーってときに、ゆずりんとも一緒に出来て楽しいんだよこれがこれがー」
「それはいいね」
「ただ、肝心のゆずりんが今はおねむだけどねー」
「まあまあ。いつも眠そうだし、起きる時は 起きるでしょ」
なんて仄香と対戦しつつ趣味を探っていく。本人の言うとおり、ゲームクリアまでとりあえずやるような、ライトなユーザーなのだろう。ユズはゲーマーっぽい感じがある。
そんなとき、僕は大連鎖を組み上げてしまって彼女が一気に劣勢へ。というか、敗北の色一色になった。
「うげぇっ! なんだこれはーっ!?」
驚く彼女。明らかに大連鎖を仕掛ける気配しかなかったのに、僕の動向なんて見ていなかったようだ。
「こんなオオワザをしてくるなんて、ゆーちゃんは生意気だーっ!」
「ちょっと! いくら勝ちたいからって現実で妨害しないでよ!」
「いやぁ、ゆーちゃんならいいかなーって!」
「どんな理論!? それにもう勝ち目無いでしょ!」
なんて、僕の脚を蹴って邪魔してくるものの、そんなのはゲームに何の影響もない。
というのも、彼女は最後のわるあがきに時間稼ぎをしているだけで、もう勝てる見込みは無かったのだ。
「往生際の悪いやつだ……」
「もう終わってしまいなさいよぉ~」
「くっ、まだまだ諦めないぞぉーっ!?」
二つのスライムをぐるぐる回して落ちないようにするだけのわるあがき。その間にも僕はいくらか連鎖を続けて、降り注ぐ妨害スライムがケタ違いの量になっていくだけであった。
仄香の無駄な奮闘の末、ようやく次の対戦へ。向かい合うのは咲姫と蘭子なのだが、普段が普段だけにキャットファイトになってしまわないか怖い……。
そこに、ニヤリと笑う蘭子が挙手を。
「このゲームで勝った方は、百合葉のおっぱいを揉めるということで良いか?」
「ふぅ~ん? 臨むところよぉ!」
「ちょっと! なんで僕が被害を受けることになるのっ!?」
「なんてこった! そんな豪華賞品なら、あたしはもっと頑張ったのにぃー!」
「アンタはいつも揉んでるでしょうがッ!」
僕はペシリと仄香を叩く。
「賞品があれば燃えるじゃないか」
「勝手に賞品にすんなっ! セクハラされちゃあ堪んないよ! ほっぺたにキスねっ! それでいいでしょ!?」
「わがままねぇ~」
「仕方が無いな」
強引に内容を切り替えれば、さも僕が賞品扱いなのは当然かのように二人は言う。
ところで僕は声を荒げているけれど、キスの優勝賞品なら全然ウェルカムであったり。最近は咲姫も蘭子も僕への大好きオーラを隠さずになってきたから、こういう全体の僕への気持ちもダイレクトに伝えてくれるため、心が疼いちゃう。
ビリビリと伝わる緊張感の中、二人の勝負が始まる。蘭子は僕と一緒で大連鎖を組むタイプだ。しかし、最初の一分ですでに美しい並びが出来上がって、そこに咲姫が中連鎖スライムで妨害をしても、中々基本の形態が崩れない。これは蘭子が優勢か……?
「咲姫。どんなにちょこまかと妨害しようと、この美しい私には敵わないぞ?」
「美しいの関係ないでしょ……」
「ふふっ。一発逆転を狙わないでぇ、地道な努力が最後に実を結ぶのよ?」
なんて咲姫は、中連鎖を続けて蘭子に対抗。組み上げてはまたまっさらな状態になるため、最後の一撃が食らわせられないのではと思うけれど……。
「よしっ、食らえ咲姫。惨めに負けるがいいっ」
大連鎖をくみ終わった蘭子は早々に勝ち宣言を。
だがしかし……。
「待っていたわ」
その一瞬の隙に咲姫は小連鎖。蘭子の側に妨害スライムが何個か降り注いで……?
「ああ、あと少しのところを……っ」
その妨害スライムに阻まれ、蘭子は連鎖が組めなくなってしまった。
「こんな小さいスペースでは組みにくい……」
「ふふっ。また行くわよぉ~?」
と、余裕な咲姫ちゃんは更に中連鎖。元々、大連鎖でスペースを埋めてしまっていた蘭子が、遂には負けてしまったのだ。
「勝利を掴むのはタイミングを掴んだ者よぉ~? 自分しか見えていないようじゃあまだまだねぇ~」
「くっ……」
その言葉はかなり蘭子には痛手だったようで、悔しそうに顔を歪める。
「さぁて、百合ちゃ~ん? 覚悟しなさぁい?」
無事に勝利を勝ち取った咲姫は、仄香さながらに指をわきわきさせて僕に近付く。
「ま、待った! トーナメント形式だから! 次は僕が戦うからっ!」
「えぇ~。聞いてないわよぉ……」
「だってその方が公平、でしょ? ……ねっ?」
「……それもそうね」
不満そうに桃のような唇を尖らせる咲姫だったが、なんとか折れてくれたみたい。僕と向かい合って、対戦する準備をする。
「自分が被害に遭わないように自分で勝たないといけないだなんて……」
「この世の中は非情なのよぉ……? 受け入れなさいねぇ~」
「なんでそんなに重たい話になってるのさ……」
そして悪役みたいだよ咲姫ちゃん……。
開始された僕と咲姫の対戦。僕があれやこれやと考えながら組み上げていくうちに、咲姫は中型の連鎖をなんども打ち続けてきた。一度予定が崩れてしまえば、僕は対処するのに精一杯で。蘭子とは違って、下地が綺麗ではないのだ。少しは時間のかかった蘭子戦とは打って変わって、なんなく負けの一直線を進んでしまい……。
「う、うわぁーっ! やめてぇ~!」
「これで、終わりよぉっ!」
爛々とした目で言い放つ咲姫。ただでさえ画面ぎりぎりで戦っていた中、一気に攻撃を受けてついに、僕の画面には負けを示すロゴが。
「ふふふ……。やったわぁ~っ! これで百合ちゃんのおっぱいはわたしのものねっ!」
「だから違うしっ! ほっぺたにキスね!?」
「柔らかいのは似てるから、大差ないわよぉ~」
「全然違うよっ!?」
じわじわ近寄る咲姫。勝負である以上は文句はないのか、仄香と蘭子は口を結んでその様子を眺め見るだけ。
だがそこに、割ってはいるように両手を突き出し、待ったをかける者が。
「……アタシの存在を忘れられては……困ルワッ!」
「譲羽……。ずっと眠そうだったから、参加しないのかと思ってたぞ……」
「ゆ、ユズちゃん……? じゃ、邪魔しないでね? ねっ?」
「眠かった……ケド今、覚醒の時……。終焉の魔女、咲姫ちゃんをアタシの秘奥義で倒すッ」
「『終焉の魔女』だってさ。白銀のプリンセス様」
「わ、わたしの印象も地に落ちたわね……」
「そりゃあ悪役感バリッバリッだからねー。今は蘭たんよりさっきーのが魔王っぽいし。でも、ゆずりんはゲームゲーマーだから強いぞぉ~?」
仄香が太鼓判を押したことによって咲姫は身じろぐ。しかし、まだ諦めないようで首を振る。
「と、途中参加は認めないわよぉ?」
「シード権……」
「譲羽はゲームをしたいんだぞ? わがままを言うな、咲姫」
「むぅ……。仕方ないわねぇ……」
そんな、仄香さながらにわるあがきを続けた咲姫だったが、蘭子の後押しに負け、ついには対戦へ。しかし、先ほどの咲姫の余裕はどこへやら。素人とは大違いの指さばきで高速に中連鎖を組んでいくため、咲姫は体が左右に揺れてしまうほど悪戦苦闘。譲羽は意外と相手の様子を見ているのか、咲姫の連鎖が組み上がりそうなタイミングで毎度妨害連鎖を仕掛けてきて、やがて、咲姫は難なく負けてしまうのであった。
「ばたんきゅ~……」
「残念だったね、咲姫」
「譲羽、優勝賞品は受け取るのか?」
蘭子に訊ねられる譲羽。しかし、彼女は首を横に振る。
「おっぱいもキスも要らない。ケド、もっと良いモノ」
「んんーっ? セクハラは駄目だぞぉー?」
「そりゃそうだけど、どの口が言うのさ……」
「みんな、本当の価値を分かって……ナイ」
言った彼女は、ゆったりとあぐらをかいていた僕の脚の間にお尻を納め、すっぽり座り込んだのだ。恋人座りとでも言うのだろうか。
「これで……イイ。アタシだけの権利……」
「くっ……。こんなにも小柄な体へと嫉妬する日が来ようとは……」
「わたしたちじゃあ出来ないわねぇ……」
「こりゃあゆずりん特権ですわ……。羨ましぃーっ」
漁夫の利を得んがごとく、途中参加の譲羽が何もかも、かっさらってしまったのであった。




