第52話「流しあいっこ」
露天風呂を楽しんだ僕らは、一度サウナでじっくり汗をかいたあと、背中の流し合いっこすることに。仄香が僕に背中を流させたがっていたが、それでは不公平だという声が三つ。文句を言うことが無いようにと行われたジャンケンの結果、仄香、譲羽、咲姫が三人でローテーションに。そして二手に分かれた僕らはというと……。
「きゃー百合葉ちゃんのえっちー」
「女同士で何言ってんのさ蘭子……」
こんな暴走してるクソレズちゃんと一緒だなんて、どんな神のイタズラなのだろうか……。しかも他三人から目の届かぬところに。クソレズフィーバータイムになってしまいそうで心配だ……。
「嗚呼、なんと言うことだろう。私の華麗で美しい裸が百合葉に見られてしまった。これは一生涯を共にする事を誓ってもらわないと……」
「それ他のみんなにも当てはまるじゃん」
「というわけで、君は今日から私の嫁だ」
「何がというわけさ! 立場逆でしょ!?」
その理屈じゃあ、裸を見せれば嫁が貰えるという、人権無視の国と化してしまうじゃないか。ある意味修羅の国だよ……。
とりあえず、僕が先に洗って貰う順番なので、風呂いすに座って背中を預ける。蘭子に洗われるなんて不安しかないのだけれど、公共の場だからと思えば、そんなレズ行為には走らないだろう。
と、油断していれば……。
「ほら、どこを洗って欲しいんだ……? 恥ずかしがらずに言ってごらん」
「恥ずかしいも何も背中だよッ! 背中以外はコト足りてるよ!」
この有り様であった。
「なんと。背中でも感じたいと言うのか。随分感度が良いのだな」
「んがーッ! 早く終わらせたいんだからさっさと洗って!」
こちとら全裸でクソレズが真後ろにという怖いシチュエーションなんだから!
「そんなに急かさないでくれ。私も"そういう"気分になるまで時間が――」
「知らんわ! さっさとしなさいっ!」
……はぁ。
公共の場なんていざ知らず。言葉でセクハラしてくる彼女に怒鳴ってしまった。だが、これで蘭子も大人しくなるだろう。
泡をシャコシャコと泡立てた彼女は、ねっとりと舐めるように、僕の背中を素手で洗い始める。その手が前に来ようものならば、ひねり上げてやると身構えていたけれど、拍子抜けするほどに何事もなくその時間は過ぎ去っていた。シャワーを手に取る蘭子。
「さあ、今から洗い流すからな」
「わかったー。……って熱い痛い熱いッ! 火傷しちゃうよ!」
「ああ済まない。しかし大丈夫だ。最初は痛いかもしれないが、慣れれば"気持ち良く"なってくるから」
「それ別の意味想像して言ってるよね!? ねぇッ!」
またも声を荒げてしまう僕。周囲に迷惑をかけているなと左右に目配せするも、そこはもぬけの殻だった。他のお客さんは空気を呼んで去ったのかな……。ああ、早く終わらないとなぁ……。
立場逆転して僕が洗う側。左右の人が居ないからなのか、セクハラスレスレのことをされかけたが、後ろ向きではそれも叶うまいと、僕は彼女の背中を爪立てて洗う。
「いたい……痛いぞ百合葉。しかし、これが百合葉を抱いているときに立てられる爪だと思えば……いたたっ。いま皮がむけたんじゃないか……?」
「ああごめん。力入れすぎたよ」
お灸を据えるように痛めつけてはいるものの、セクハラされることには変わりがないなんて……。攻守無敵過ぎだ、このクソレズは。
「いたいな……全く。そんな怒りっぽい百合葉に、幸せに成れるツボを教えてあげよう」
「誰のせいだと……まあいいや。ツボねぇ。なんか胡散くさいけど、ツボって怪しい商品じゃないよね? それとも秘孔のツボ? 詳しいの?」
「もちろんだとも。今その場所を教えてあげよう」
「あ、うん」
僕は少し身じろぐも、今は僕が洗ってる側。自演するのかな。前向きのままの彼女が、後ろ向きにセクハラしてこないだろうと油断していれば、僕の股に彼女は後ろ手を伸ばして……。
「ここの中をだな? 優しく擦ったり押したり……」
「――――ッ!?」
ペシンッと切れの良い音が響き渡った。
「信じらんないっ! 有り得ない! 馬鹿っ! 消えろっ!」
最後にあっついお湯を彼女の頭から流してやり僕は立ち上がる。しかし、逃げられないように可掴まれる僕の手首。
「やりすぎてしまったな……。だが、こうやって百合葉と裸で二人きりなんて嬉しくてさ。つい暴走してしまった。謝らせてくれ。済まない」
頭を下げる蘭子。セクハラから打って変わってその真摯さで来られては、僕も戸惑ってしまう。
「ここは公共の場。二人っきりじゃないよ……。次に手を出して来たら許さないからね?」
「ああ。もう手は出さない。だからせめて……」
そこで言葉を止めた蘭子は向かい合った僕を隅に……追い詰める……!?
「わっ、バカ!」
くっ、いつもながらなんて力だ! 周りには……! ああ駄目だ! 誰も居ない上にここは湯船から死角だ!
でもこんなところで追い打ちをかけるようにセクハラだなんて、酷すぎる……!
と、彼女に失望しかけていたら……。
「他の娘が手を出さないように、せめて……な」
なんて言って、僕の胸元に埋もれる彼女の頭。ちゅうという音。呆気に取られる。
それは僕の鎖骨の下の胸元が吸われた音であった。彼女が腕を離し、力抜けその場にヘタレ込んでしまう。岩の床が脚に擦れていたいとか考える余裕もなく。
そこに、運良くなのか悪くなのか、パタパタと水気のある足音を響かせ現れる三人。
「なんかうるさかったけど、どったの? ゆーちゃーん」
「蘭ちゃんに……何かされたのぉ?」
「こんなとこでレズレズは……メッ」
三人が心配そうに声を掛けてくれる。しかし、座り込む僕をジロジロと見て仄香が一言。
「ふぁーおっ! ゆーちゃんの恥ずかしいところが丸見えだぜぇーっ! ひゅーっ!」
「あ……ははっ。はははっ……」
僕はしばらく立ち直れないかもしれない。




