第50話「色とりどりの」
少し日傾いてきた頃、僕たちは晩ご飯の前に温泉に入ろうと言う話になって、内心、僕はドキドキであった。
そのドキドキが、修学旅行の男子高校生みたいな高揚感であれば良かったのだけれど……。
暖簾をくぐり、チラと覗き見る。……よしっ、居ないみたいだ。仄香みたいな騒がしい子が居れば、おのずと気配は分かるはずだし。僕の目論見どおり、先に入ってくれたのだろう。
というのも、僕は、自分の裸を見られるのが苦手だったりする。胸とか、お尻とか、無駄に肉が付いてしまっていて……。お陰で運動するのが嫌になってきたくらいだ。
スレンダーに憧れる自分としては、この身体を見られるのがどこか恥ずかしいものがあったり。いや、どっちにしろ湯に浸かるなら見られることには変わりないんだけど、そのちょっとの隙ですら、僕は排除してしまいたいのだ。
「ふぅ~」
息をつきながら、僕は手頃に隠れられる位置のロッカーを見つけシャツを脱ぎ始め……。
ようとしたとき、
「下着戦隊ーッ! ブライエローッ!」
「し……下着戦隊! ブラピンクぅ〜!」
「下着戦隊……。ブラ、ブルゥーッ」
「下着戦隊。ブラブラック……」
「我ら下着戦隊。ブ、ラジャー!」
変なポーズと決めゼリフを言いながら、物陰から我が美少女たちが現れたのであった。その名乗りの通り、個性豊かな色とりどりの下着姿で。
「なんでみんな一緒に言わないのぉッ! 打ち合わせしたでしょ! う・ち・あ・わ・せ!」
「だってぇ色んな意味で恥ずかしいわよぉ……」
「女どーしだから気にすること無いってー」
「それ以前の、問題……?」
「ブラブラックってどうなんだろうな……」
見事なまでに整っていなかった。そんな恥ずかしいのをやっただけでもすごいと思うけどね。
「統率ガタガタかよぉー。これが、『フッ、一筋縄じゃあいかないぜ』ってやつかー?」
「違うと思うよ……?」
僕はそんな美少女たちの醜態に興奮するでもなく、ただ呆れかえっていた。よくもまあ、お馬鹿な提案に乗ったものだ。
「一筋縄……か」
そんな、仄香の言葉を反芻する蘭子。
「ど、どうしたの……?」
「百合葉を一筋の縄で縛る姿を考えたら……な」
「――ッ! なんでエロに結びつけるかなぁっ!? このド淫乱ブラック!」
今の下着姿なら尚更であった。
「なに? 百合葉がドMニャンニャン淫乱レズに目覚めたって?」
「どんな聞き間違いさ、そんなもん一生目覚めないよ……。アンタ目を覚ましてよ……」
「なに? まさか私に目覚めて欲しいのか……。私がドMというのは些か遺憾ではあるが、仕方ない。百合葉のために一肌脱ごうじゃないか」
「いや妄想から覚めろって意味で……って何脱いでんの!?」
「……? 一肌脱ごうと思って」
「それは絶対一肌じゃないでしょ! 全裸の勢いだよ!」
そんなお馬鹿なレズのやり取りを見て、咲姫は呆れたように溜め息。
「これから温泉だから、脱ぐのは当たり前なのよねぇ……」
「そうだぞ? みんな全裸になってしかるべきなんだ。さあ、百合葉も脱いで脱いで」
「や、やめてっ! 自分で脱げるから! って仄香! さり気にブラ外そうとするんじゃないっ! ホックは無いから!」
「うえー。またスポブラなのぉー? こんなときくらい気合いの入ったブラかと思ったのにぃー」
「なんで気合い入れる必要があるのっ!」
「え……。だって……ねぇー」
意味深に漏らす仄香。その言葉を聞いて、他の三人もうんうんと頷いている。まずい、これは僕に見てもらうために気合いを入れたという雰囲気じゃないか。鈍感で居たい僕にとってはちょっと失敗だ。
「今日という日を楽しみにしていた……。お気に入りで臨むのは、ヒツゼンッ」
「そうねぇ、楽しみだったもんねぇ~」
「大事な日だからな」
そんな風に、譲羽の言葉に咲姫と蘭子も賛同する。蘭子まで、以外にもこういうイベント毎を楽しみにしてくれていただなんて……。僕がもっと自分の体に堂々としていれば、この温泉イベントだって楽しめただろうに……。
みんなも恥ずかしいのか、下着姿のまま中々進まなかったけれど、ようやくロッカーの前にそれぞれが並び立って、着替えを再開。
皆も同じロッカーの並びだったようで、狭い中下着を脱いでゆく。もちろん、みんな脱いで全裸のままと言うことはなく、胸当たりから垂らしたタオルで隠していたり。案外、彼女らも恥ずかしいのだろうか。僕も、一切の隙を見せないよう、プールの授業さながらに大きなバスタオルを巻いたまま脱ぎに掛かろうとする。
「髪留めを忘れてしまった。誰か余分に持っていないか?」
髪を払いながら言う蘭子。僕はそこまで長くないから気にしないけど、湯船に浸かるほど髪が長い人は大変だ。
「ヘアピン……じゃあ無理だよね……」
あのボリュームじゃあ、頭でぐるりと巻いてピンで留めても、途中でほどけてしまいそうだ。でも、あんな綺麗な黒髪を、湯船に付けるのはもったいない。
そこに、女子力の塊である咲姫が、ポーチを取り出しごそごそ。彼女はいつも根元が三つ編みなポニーテールだが、今は三つ編みからの頂点お団子だった。元々癖のある髪だから、きつめに結んでも問題ないのだろう。やがて、彼女の手にはブラウンの髪ゴムが。
「わたしが貸してあげるわよぉ~」
「済まないな」
手を伸ばしそれを受け取ろうとする蘭子。しかし、それに対して咲姫は……。
「えいっ!」
ゴム鉄砲の要領で、蘭子に髪ゴムを飛ばすのだった。
「咲姫……。恩には着るが、私を敵に回したいのか?」
「あぁ~んっ! 蘭ちゃんがセクハラするぅ~!」
なんて、手をワキワキさせた蘭子が咲姫に迫り寄る。
「君のささやかな胸を揉んで、優越感に浸ってやる。覚悟しろ」
「さり気にひどぉ~いっ!」
そんな風に、ただ脱衣することですら一悶着ある一同であった。
※ ※ ※
「すっげぇー! 煙やべぇー!」
「煙じゃなくて湯煙。水蒸気ね」
「似たようなもんじゃん? 上は大水、下は大火事。これ、風〜呂だ――って言わない?」
「いや、意味分からないわ……」
ナゾナゾにすらなっていなかった。
「これが煙だったらバタンキューだよねぇ〜」
「咲姫……バタンキューって死語だぞ?」
「がびぃ~ん」
そして、蘭子のツッコミにショックを受ける咲姫。どうやったらそんな言葉が出てくるものなのか。咲姫のセンスはどうにもズレてるから可愛い。
「あぁ~っ。サウナあるわよぉ~? あとでみんな入っちゃう?」
「ほう……。これはスチームサウナだから、つまり蒸し風呂だな」
「ええっ……! 虫が居るサウナなの!? 民族療法とか!? 怖ッ!」
声を上げる咲姫にまたしても、案の定お馬鹿な仄香ちゃん。ツッコミが追いつかなくなりそう。
「あー〜っ……。"蒸す"方ね」
僕が言っても仄香は首を傾げる。もう言葉では説明しにくいから、空気で察して欲しいもの。
「普通のサウナに比べて温度も低いから長く居られて、ゆっくりと汗をたくさん掻けるから、美容にも健康にも良いのよぉ〜」
「はぇ~そんなんなんだぁ! すげー、激つよじゃん。要するに煙で肌ツルなんでしょ? 斬新だなぁー、天才かよぉ」
「煙じゃなくて水蒸気。スモークだと燻製になっちゃうからね?」
「ハッ……! スモークサーモンは……イヤ……ッ!」
「さっきも言ったが、湯煙と煙は一緒ではないぞ?」
「わかるわかる。蜃気楼みたいなもんでしょ?」
「揺らめく視界の、摩天楼……!?」
「色々と違うなぁ……」
やっぱりアホの子たちは発想が明後日方向だった。愉快ではあるけれど。




