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百合ハーレムの作り方  作者: 乃麻カヲル
第1部二章「百合葉の美少女落とし」
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第49話「桜の木の下には」

 重箱は綺麗さっぱり空っぽになり、僕らはお菓子をつまみながら桜を見ていた。さっきまで薔薇薔薇言っていた譲羽も、どこから持ってきたのだろう。フキの葉をくるくる回していた。仄香もまた、同じような大きさの物を持っている。



「みてみてーゆーちゃん!」



「見ると……イイ……」



 そうして、小学生が傘を回すみたいに可愛らしくフキを揺らす。そして、仄香がフキを持ったまま、しゃがみこみ?



「葉っぱをかけーるっ!」



「葉っぱが、カカル……っ」



「……『発破をかける』と言いたいの?」



「そう!  隠れるって意味!」



「仄香、『発破をかける』というのは、気合いを入れるって意味だぞ?」



「よくある勘違いかもねぇ~」



「なんとっ!」



「知らなカッタ……」



 体を張って勘違いしてくれる面白い娘たちであった。



「まー、そんなのはいいや! よぉーっし! あたしが剣士ねー! 先陣を切るぜー!」



 そう言って、フキは短く持ち盾にして、木の棒を片手に駆け出す仄香。



「じゃあアタシは自然を愛するヒーラー……」



 そこへフキの葉を掲げて追う譲羽……。あれ? ナイトじゃなかった?



 それにそれはコロボックルな気がする。



 ほのゆずが、僕らの桜の木の周りを駆け巡ったり、そうして疲れて倒れ込んだり、保護者的な立ち位置だと、本当に微笑ましい。そんな、静かな昼の穏やかさが舞い降りていた。



 しかし、それもいずれ飽きたのか、ふぅと息をついて手放す二人。飽きるの早いな……もうちょっと見ていたかったよ……。



 そして少しの静寂が下りようとしたとき、蘭子が提案するように人差し指を立てる。



「桜の木の下には、死体が埋まっている」



「んっ?」



「……という話を聞いたことが無いか?」



 突然、珍しく彼女から話を振ってきた。僕にセクハラや口説く以外ではあまり無いことな気がする。



「あれだよね。文学の、ミステリの……あれ」



 説明が我ながらド下手である。



「国語の教科書に載っていた『檸檬』の作者、梶井基次郎の作品でな。『桜の木の下には』……という著書があるのだが、『桜の木の下には死体が埋まっている!』という冒頭で始まるんだ。美しいだけでなく、どこか陰を落とすような、そんな美しさ……。ぐっと惹かれるものがあるだろう?」



「あー、この枝の曲がり具合とか、首吊れそうだもんねー。死体とかありそー」



「妙なこと言わないでよ……」



 グッと拳を握る蘭子に対して、仄香は真上の登れそうな枝をさする。話が噛み合ってないようで噛み合ってる。不思議なテンション差だ。



「西行という歌人が、『願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ』とも歌っているし。どうにも、綺麗な花を見ると死を連想させるのかもしれない」



「まあ、綺麗だもんね……。その下で死にたいと思うのは自然なのかも……」



 だが、怖いことを言っていることには変わりはなく、僕はぶるっと身震いする。



「なぁにぃ~? ゆーちゃん怖いのぉー?」



「こ、怖くなんか無いしっ? 全然へっちゃらだしっ?」



 うん、大丈夫だ。大丈夫。こんな人の多い白昼堂々出てくる幽霊なんて居るワケがない。怖いことなんてありゃしない。



 と思っていたところに、



 背中をそっと、



 なぞりあげる感触が――ッ!?



「うひゃあっ!!!」



「うふふっ。百合ちゃんやっぱり怖がってるじゃないのぉ~。かっわいぃ~っ」



「ち、違う! ビックリしただけだよ! まったく、咲姫ったらぁ」



 僕が弁明しても咲姫はニヤニヤしたまま。ああこれは、僕が怖いもの嫌いだと勘違いされているな? どうにかその勘違いを払拭ふっしょくしたいところだけど。



「うっは~っ、まじウケるわー! あたしもやろうかなぁーっ」



「やらんでいい! そんなのはっ!」



 当然、仄香まで便乗して手をワキワキ。それは驚かせるというより、胸を揉む仕草だよね? 僕知ってるよ?



 そこにコホンと咳払い蘭子ちゃん。目配せして騒ぐ皆の注目を集める。なるほど、続きを話したいのだろう。その場を上手くまとめられない不器用さも可愛いところ。



「桜の根は貪欲なタコのように、その死体を抱きかかえて死体の液をすすっている――みたいな表現もされていたと思う。その美しさと暗い惨劇の平衡があると考えたら、また桜の綺麗さもひと味変わって見えないだろうか」



 蘭子は言って、その真上に咲く優美な桜を見る。その感覚を共有したかったのだろうか。僕らつられて見上げれば……確かに、先程とは違った印象がちらつく。



「分からなくもないかな」



「猟奇的だけどねぇ」



「あ~っ。ちょっとサスペンスっぽいかもねー」



 咲姫も仄香もまた、感じ方が変わったようだ。薄紅色の向こうに何かを見据えるように瞳を向けている。



「アジサイにも似たところ……アル」



 そんなとき、呟く譲羽の声に蘭子は「ああ確かに」と返す。



「そうだな。アジサイの下に死体が埋まっていると花の色が変わる……という特性は、推理小説で使われていたりする。どちらも春と夏、季節を代表する綺麗な花なのに、暗い側面も考えられるなんて、面白いものだ」



「アジサイって、咲く場所によっても色を変えるのよねぇ? ふしぎぃ~」



「そう……住まう場所が変われば姿も変ワル……。そんな顔を持つ不思議な花……」



「ああ、リトマス紙みたいな? 酸性が強ければ赤色になるのかな」



 僕が疑問を言うと蘭子はやはり物知りなようで、首を横に振る。



「確か違うな。土が酸性なら青色の花、アルカリ性なら赤色だ」



「酸性だったら青なの? 逆だと思ってた。ほら、死体が埋まってたら土壌が酸性になって赤色になりそうだからさ」



「それ思うわー。血を吸って花も赤くなりそう!」



 僕の勘違いに仄香も乗っかる。でも相変わらずサラッと怖いことを言うなぁ……。



「金属などの酸化物が埋まっているのならば話は別だが、人間が埋まっている場合はまた事情が変わってな。特に骨に多く含まれる……リン酸だったか。それが紫陽花を青くする成分と結合するから、結果、赤くなると言うわけだ」



「はえー。むずかしいけど、つまり死体で赤い花が咲くと!」



「へぇ……。なんか不気味な綺麗さがあるね」



「それこそ、桜の樹の下には死体が埋まっている――の話だろう。梶井基次郎を知らなくても馴染みのある一節であるし。それぞれを思い浮かべるのも仕方無いさ」



 言い終えて蘭子は譲羽を見る。その気持ちは通じ合っているようで、二人はうんうんと頷き合う。中二心をそそられたみたいだ。



「美しいものと死体が隣り合わせだなんて……妖しくてステキ……」



「綺麗な薔薇には棘があり、可憐な鈴蘭には毒があるようにな。ふふっ、私のようではないか」



「はっ……すごい……。蘭子ちゃんにピッタリ……」



「そうだろう、そうだろう」



「アンタのどこに毒があるのさ……」



 譲羽同様、こちらもちょっと中二病こじらせたお馬鹿さんにしか見えないんだけど……。賛同しちゃうゆずりんも大概である。



「つまりは! こんなに綺麗なのにねじ曲がったこの桜には、死体が埋まっているのではっ!? 幽霊を呼び起こそうではないかっ!」



 そんなとき、空気を一新させる提案が。もちろん仄香である。



「ど、どうやって? まさか掘り起こそうとか言わないよね?」



「まっさかー。そんなんじゃー、面白くないよぉー」



 言って仄香は、広げていたお菓子の中から鉛筆のように細長いチョコ菓子『トッパ』を一本。それを大きくかかげ、指揮するタクトに見せかけて三角に振り出す。



「テレテレテレテテテンッテレテレテレテンッ」



「はっ……アタシそれちょっと弾ケル……」



「ほほうほうっ! ならゆずりんも参戦じゃー!」



 聞き覚えのある曲。譲羽もすぐ理解したようで、指をひらひらエアピアノ。二人とも同じ旋律を口ずさみ二重奏を繰り広げる。憂いを帯びた悲しいピアノの旋律。その曲の名は……。



「エリーゼのために……だな」



「そ、それはっ……幽霊出てきそうだよ!」



「そうだよー? 幽霊を出したいんだよー?」



「あ、そっか……」



 うぬぬ……。そりゃあその曲がピッタリか……。となれば、僕は引き止める言い分がない。いや、出てくるわけないけどね? 一応ね?



 そんなとき、



「あひゃあああっ!!!」



「ゆーちゃんうるさいっ! 演奏の邪魔しないで!」



「は、はい。すみません……」



 僕は自信の身体に起きた異変の、その方を向く。耳に吹きかかった桃色の吐息の犯人。



「咲姫……? もうやめてね?」



「だって百合ちゃんかわいいんだもぉ~ん」



「やめてね?」



「はぁ~い……うふふっ」



 僕が微笑みに怒りをにじませるとようやく諦めた様子の咲姫ちゃん。でも、内心笑ってるのが薄ら見えてるよ?



 そんな悪戯っ子咲姫ちゃんの一挙一動にビクビクしていると、「あーっ!」と仄香が叫び出す。



「幽霊って網で捕まると思う!?」



「いや、出たとしてもありえないでしょ」



「そもそも網が無いぞ?」



「あははっ! まあ常識的にそうだよねー! んーっ。捕まえ方は……出てからでいっかー。取らぬぅ、狸のぉ? カワザンヨーだもんねー」



「計画性も何もないと思うけど……」



「ことわざの使い方は惜しいのに、そもそも前提がおかしいぞ……」



 僕らとしては彼女の常識力の方が心配であった。



「とにかくどうやって出そうかなー。いっそ揺らしてビビらすかーっ!」



 なんて、仄香は身軽な体さばきで幹から真横に曲がった木の枝によじ登る。美少女の見た目にそぐわず、まるで猿のようだ。



「こーらっ。危ないでしょ」



「二メートルもないし、へーきへーき! あー、良い眺めだなぁー」



 なんて湖に見とれる彼女。早いことに目的を見失っていた。鳥頭かな?



 そんなとき、揺れた枝からひらひらと舞い降りたものが、咲姫の頭に。本人は気付いてないみたい。僕が手を伸ばして取ろうとすると、



「ひゃっ……。な、なぁにぃ?」



「ああ、驚かせちゃったね。ごめんごめん」



 僕は謝りつつ彼女の頭を撫でて、そしてその手にしたものを見せる。



「髪に花びら……ついてたから」



「あ、ありがとう……っ」



 なんて、僕を上目遣いで見上げ、ウブな恥ずかしがり方を見せてくれる彼女。もしかして、少女マンガっぽかった? 咲姫もそういう展開が、なんだかんだ好きだったりするのだろう。



 だがそんな甘酸っぱい光景を許さぬ美少女も居るわけで。



「おおうっ! あたしのグラマーな胸元にも、桜の花びらが! ホールインワンだぜ!?」



 大ホラであった。そもそもいつの間に降りてきたのか。身軽なものだ。



「ゆーちゃんがぁー? 取って、くれないっかしらぁーっん」



 なんて色っぽく囁くも、僕は手にしていた花びらにフッと息を掛けて、宙に飛ばしていた。



「無反応かよぉっ!」



「いやぁだって、そんな色目使われても……すぐ取れそうだし」



「んんーっ!? だれの胸がまな板だって!?」



「言ってないよ?」



 相変わらず自虐ネタな娘であった。



 だが、一人をあしらおうと、他にも便乗する美少女が居るのは必然であって……。



「おおっと、私の谷間にも花びらが入ってしまった……」



 なんて、巨乳の彼女が自分の胸元に花びらを突っ込んでいた。それも複数枚。



「今ワザと入れたよね!? そんなごっそりはいるわけ無いでしょっ!」



 僕は言って彼女の大きな胸をペシッと叩く。



「いたっ」



「今ので取レタンジャナイ?」



「叩いただけじゃないか……」



 本心が見え透けている蘭子にしらーっと視線を送れば、不満そうに彼女はため息。ちなみに蘭子は白ワイシャツだけれども、黒いキャミソールにはばまれ、下着は見え透けていない。いや、イヤらしい気持ちなんて無いよ? 中二病蘭子ちゃんは今日も黒いブラなんだろうなーって思っただけだよ?



 そんな自分に脳内言い訳していた僕のシャツの袖を、くいくいと引く美少女が。



「ゆ、百合葉ちゃん……」



「どうしたの?」



「取ろうとしてたら……髪の間に挟まったミタイ……」



「まったくー。ユズはそそっかしいんだから」



 見れば、サラサラな髪なのに、これまた深く入り込んでいた。これでは本人に取れるはずもあるまい。僕はそっとその花びらを取り払う。



「うちらと態度ぜんぜん違くなーい?」



「譲羽は実質幼女だから仕方がない。私たちは大人すぎたんだ……ロリコンの百合葉にとって」



「誰がロリコンか……っ」



 僕は女の子の美しさに年齢なんて関係ないと思っているだけで、まさかこの僕がロリコンだなんてまさかそんな。あぁ~ゆずりんちっちゃくてかわいいなぁ~。



 そこで、思い出したように仄香がバンバンと地面を叩く。



「そういえば、幽霊出そうと思ってたんだった! ま、いっかー」



「騒がしかっただけだな」



「残念……ダッタ」



「幽霊なんて非科学的なものだしね。仕方ないよ」



「うーん。出ると思ったんだけどなー。何がいけなかったんだろうなー。揺らし足り無かったのかなー。主にあたしの胸を!」



「いや無いでしょ」



「んんんーっ? 誰の胸が出てくる気配がないってー!?」



「言ってないから! やめなさいっ!」



 またも被害妄想で僕がセクハラされる始末。本当に仕方のない娘である。



 そんな奔放な仄香に呆れたのか、ふと視線を外して咲姫ちゃんがひとこと。



「そもそもこんなに下心丸出しじゃあ、幽霊も寄ってこないでしょうねぇ……」



 大核心だった。

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