第47話「お花見」
「はーっ。さっきはヒヤヒヤしたー!」
「漏らすかと思ッタ……」
バスを出て歩く僕ら。大きく伸び伸びしている仄香と譲羽の後を僕たちが歩く……この子たちは絶対に行き先が分かってないだろうけど。先生もぐったりしながら最後尾に。
「自己管理くらいしっかりしろ。幼児じゃないんだからな……」
「途中でトイレ時間があって良かったね……」
「ごめんねぇ、ルイボスティー飲ませちゃって……。利尿作用までは気付かなかったのよぉ……」
「いーやっ! 喉乾いてたしむしろ感謝だね! トイレは我慢できるけど、喉の砂漠化は耐えられないしっ!」
「それはおかしいよね?」
漏らす危険性よりも喉の渇きが優先とは驚きだ。女子の恥を捨ててない?
二時間揺られたうち、後半は寝たりしていたから、疲れはそんなに無かった。だが、仄香と譲羽は車内でテンションを上げすぎたようで、足取りはちょっと気だるそう。
人の流れに着いていき、一行は旅館が立ち並ぶ観光スポットに。しかし、スポットとは行っても、街並みがーとか水族館がーとかは無く、ただ、立ち並ぶ店舗と湖があるだけである。
とは言っても……。
「うっわー、すごい桜ー! めっちゃ人居るーっ!」
「スゴイ……っ」
ここの見所は、雄大な湖を見ながらお花見が出来ることである。こんな時期にはそれだけで人がいっぱいになるというもの。
「席を取れても、騒がしいことになりそうだな」
「これ、僕らのスペース無いんじゃない? 大丈夫かなぁ」
「うるさいのはちょっと……ねぇ」
心配する僕ら。だがそこに、後ろから気だるそうな声が。
「大丈夫だぁ。私たちが泊まる旅館に……利用客専用で花見スペースが設けられている……から……」
そんな先生はとても調子が悪そうに口を開いた。
「バス酔いですか? 先生」
「わたし、一度寝ちゃうと調子悪くなるのさ……。旅館で休んでいるから、何かあったら、連絡よこしなさい……」
なんて言って、フラフラとした足取りで彼女は旅館の方へ。本当に監督者以外の仕事はしないつもりのようだ。いや、監督者としても不安だけど。
部屋に荷物を置いて僕らは、早速、利用客専用の花見スペースに行ってみる。旅館の人から渡された注意事項の用紙には、好きな場所を使って良いが、一グループにつき一本を囲うようにと書かれていた。利用者皆が花見を出来るようにとの配慮だろう。
「ほえー。埋まりきっては居ないけど、こっちもいっぱいだねー」
「半分……居ル」
「そりゃあゴールデンウイークで丁度満開だからね。みんな集まるのも仕方ないよ」
「しかし、これなら隣との間も取れるし、気にならなくて良いな」
「さぁて、どこにするぅ~?」
見渡す僕ら。眼前には湖があるとはいえ、もちろん安全防止柵が二重に張ってあるので、童心にかえって遊べはしない。近くでさざ波の音を聞きながらでも良さそうだが……。
「あっ、あれが良い!」
言って走り出した仄香。譲羽も後に続いて、僕ら三人もゆっくり歩いてその様子を見る。
「これは……イイっ」
「ここ? もっと見栄えの良い桜はいっぱい残ってるけど?」
「この曲がり具合……。きっと、大変な人生だったとお見受け……。ただ者では、無いに違いナイワッ」
「人では無いが」
「でもこれっ! 乗っかれそう!」
「仄香、一応お嬢さまだよね?」
手をかけ早速上ろうとする彼女に僕は問い掛ける。
「ふふっ、やだなー。ママがなんかデザインの社長ってだけだよー。そんなダイキギョーじゃないしー」
「良いとこのお嬢さん……だな」
「ボディーガードとか必要かもねぇ……おてんばだから……」
「自覚は無さそうだけどね……」
彼女の常に一万円札が控えているお財布事情を考えても、中流家庭では済まなさそうだ。
僕らは貸し出されていた茣蓙を芝生の上にひいて、その上に座る。みんな崩した正座をする中、蘭子はあぐら。仄香に至っては、桜の樹木に背を預けて、あぐらに肘つき座っていた。なんと男前……日本酒とか似合いそうで、確かにお嬢様には程遠かった。
「どうする? もう食べちゃう?」
僕は、旅館のサビースで貰っていた重箱を広げながら言う。とは言っても、蓋は開けずにそれぞれ並べるだけ。飲み物には紙パックのお茶だ。
「うーんっ。もうちょっとダラけてたいかも! でも食べたいかもっ!」
「わたしもお腹すいちゃったぁ」
「アタシ、まだイイ……。バス酔いの余韻があるから、風のマナを取り入れたい……」
「私も後で。そこらを少し見回ってくる」
「あっ、イイ……それ。アタシも行く……」
なんて、意見が分かれてしまった。蘭子と譲羽はもうすでに立ち上がって散歩に行くみたいだし、今は小休止の自由行動と言うことにしておこう。
遠ざかる譲羽と蘭子の二人が並ぶと、身長差が三十センチ近くあるせいで妙な組み合わせ。気も合うのか分からないけど、あの子らはどことなく中二病だから、意外と大丈夫かな。
「んじゃあ先に軽い物だけいただきますか」
「そうねぇ。ゆっくり食べて、二人が戻ってくるのを待ちましょ~」
そう言って僕らは目の前の重箱のふたを開けて、自分の食べる分を小皿に分ける。だがそこに、
「あぁー、お腹ペコペコー。だけど動きたくなーい! 食べさせてぇー」
なんて、ぐでっとして投げ出した手足をバタつかせる仄香。
「仕方ないなぁ」
と、僕が寄ろうとしたのだけれど。
「はい、ほのちゃん。あ~んっ」
「えっ……さっきーかぁ。まあ、うん。ありがとうよぉー」
ちょっと不服そうだったが、仄香はその差し出された箸を受け入れていた。彼女とて、僕のことが好きなのだから、ここで甘えたかったのだろう。それを親切に妨害した咲姫ちゃん……恐るべしかな?




