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百合ハーレムの作り方  作者: 乃麻カヲル
第1部二章「百合葉の美少女落とし」
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第44話「蘭子の勇気」

 咲姫と別れたのち、軽く買い出しに行ったり宿題をやったりで、今は夜の十一時。彼女と過ごした楽しい一日を振り返りつつ、今後の予定と疑問点を洗いざらい考え直していた。



 問題は咲姫と蘭子の関係だ。その点は相変わらず。もうすぐみんなで旅行だっていうのに、ギクシャクはして欲しくないなぁ。咲姫は咲姫で、黒い感情を交えながら表面上は歩み寄ろうとするだろうけど。



 デート中に着信をくれた蘭子へ、折り返してみるも返事はなし。六回も履歴が残っていたから、急用でないのであれば、相当気が気でなかったのかもしれない。彼女なりにショックを受けているという可能性も有り得るから、メッセージだけ入れておいて、フォローは明日に回そう。



 それと……。



 ドアの音がしたので一階に降りてみれば、いつも通り遅くに帰ってきたのコートがソファーに掛けられていた。今は手洗いうがいをしていて、このあとご飯を食べるつもりだろう。



「おかえり、お母さん」



 ダイニングテーブルにカレーライスを用意しながら、姿の見えぬ母に僕は声をかける。こんな時間に起きている僕を「あら」と珍しそうに洗面所から顔を出して。



 いつもは晩ご飯は作るだけで、よそったりするのは自由というのが僕ら二人の暗黙のルールなのだ。遅くなりがちな母の帰宅時間に合わせて就寝時間をころころ変えるわけにもいかないし。



「百合ちゃん、ただいま。まだ寝なくて大丈夫なの?」



「訊きたいことがあったからさ」



 僕が言うと、ガラガラとうがいし終えた彼女は、疲れた表情に浮かべていた笑顔をキュッと引き締める。僕が真面目な顔だったからだろう。



「何かしら?」



 目配せしてお互い席に着く。長くなるかは分からないけど、落ち着いて話したいのだ。



「駅で友だちの咲姫のお母さん……花園ユキさんが、お母さんによろしくって言ってたんだけど……どういうこと?」



「あら、あの人に会ったの? 随分奇遇ねぇ」



 問いかけに驚くそぶりも見せない彼女。僕が作った甘めのカレーをうんうんと満足そうに食べ始めていた。



「それは奇遇だけど……でもなんで、僕らだけじゃなく、お母さん達が知り合いなの?」



 どんな巡り合わせなのだろう。もしや、元々ふたりは繋がっていて、僕らを友だちにするために姫百合女子学院を勧めたんじゃないかという妄想を勘ぐってしまう。



「まあ、よくある話じゃないかしら。親同士が知り合いで子ども同士も友だちっていうのは。この町の"コミュニティ"は狭いものよ? なにより咲姫ちゃんも同じ中学校だったでしょう?」



「あ、そっか……」



 食べる合間に返されたシンプルな答え。そういえば、高校からの出会いというだけで、出身校は一緒なのだった。家も近いし区画が一緒なら知り合いでもおかしくはない。何を勘違いしようとしていたんだ、僕は。



「まあ、アナタたちが出会うのは必然だったんだけどねぇ」



 しかし、意味深に彼女は微笑む。



「えっ? それって、どういう意味?」



「言ったでしょう? "この学校"に通えば、アナタの望む素敵な未来が広がるはずよって」



 それは一年以上は前の話……その言葉を思い返す。そうだ、あれは進学先に悩んでいたときの……。特待生制度なんぞ知りもせず、授業料のお高いお嬢様学校だからと視野には入れていなかったのだ。



 と、選んだことは今は置いといて……。"必然"? "素敵な未来"?



「そりゃあ薦めてくれたのは感謝してるけど……。つまり咲姫のお母さんも僕らが仲良くなることを予見して、一般校からお嬢様学校へ勧めたということなの……?」



 そうじゃないと、意味深な発言とのつじつまが合わない。もしそうなのだとしたら、彼女との出会いは運命だと思っていた僕が馬鹿馬鹿しく思えてしまう。



「うーん、今教えちゃうのは面白くないか」



「ちょっと、お母さん」



 唇に人差し指を当て、「ひっみっつっ」と。年がいも無いはずなのに、スマートな身なりにまた似合っていて。



「一つだけ言えるのは……」



 息を吸って。彼女は真摯に僕と視線を交わす。



「アナタは今、以前よりも素敵な環境に身を置けているということよ。でしょ?」



※ ※ ※



 どういうことなのだろう。



 登校中ずっと、僕は昨日の母の言動に惑わされていた。僕の性的指向がバレている……のはありそうだ。打ち明けたことこそ無いけれど、母は寛容で、愛は自由と昔から教えてくれていた。そんな母を持ったから、僕は同性愛に走ることが出来ているのだ。もしかしたら、咲姫も元々レズビアンの素質があって、それ故に女子校に通わせようという、親たちの思惑があったのかもしれない。



 おっと、そういえば……。



 校内の階段を上りながら僕はブレザーのポケットから携帯を取り出す。昨日の晩からメッセージをチェックしていなかったのだ。もし入っているなら、蘭子に会う前に見ておかないとなぁと、僕は携帯の電源を入れて何も通知が無いことを確認する。



「百合葉」



 そうしていると、教室を目の前にして僕を呼ぶ声がした。振り向けば、僕らのクラスのすぐ横である空き教室の前に、すらりと伸びる大きな体と、見事なストレートロングの黒髪。



「蘭子。おはよう」



 良いのか悪いのかジャストタイミング。刺激しないよういつも通りを装い、廊下の暗がりに居る蘭子へ近寄る。彼女の面持ちはどこか冷めていて、静かに怒っていると見れないこともない。



「こっちに来い」



「えっ? うわっ……!」



 油断していれば突然として腕を引かれ、空き教室の中へ。鍵こそ無いけれど、ドアを閉めれば二人きりになれるうってつけの空間。また、何かされるのだろうか。壁の隅に追いやられる。



「百合葉、昨日のデートは……楽しかったか?」



 その行動から、怒りは見え透いているのに、つとめて冷静に彼女は問い掛ける。落ち着いているようで、どこか焦るような声色。



「う、うん。デートというか……まあ普通に遊んで、楽しかったけど?」



「そうか……そりゃあそうだよなぁ。私の邪魔が入らないように電源を切るくらいだからなぁ」



 うっわぁ、すごい怒ってるじゃん……。どうにかフォローをしないと。



「ごめんね、肝心のチケットが二枚しか無かったから……。今度埋め合わせするよ……」



 申し訳無さそうに僕は両手を合わせる。しかし、彼女はそんなものには見向きもせず、だが僕を見据えていて。



「それならば、今すぐ……埋め合わせしてもらおうか」



「わっと……っ」



 僕が言うとまたも腕を引かれ、より壁に追いやられてしまった。先ほどよりも逃げるスペースなんてない。いつもの壁ドンだ。



「私は……怒っている」



「そ、そうだよね……蘭子をのけ者にするなんて酷かったよね、ごめん……」



 僕は少しとぼけつつも謝る。だが、予想外に、彼女は悲痛に顔を歪めた。



「だが、一番には百合葉にじゃない、咲姫にでもない。すぐに誘えなかった……不甲斐ない自分に対してだ」



 その表情は自分を深く責めるようで。彼女の真剣な気持ちがひしひしと伝わってきた。



「だから、今こそ勇気を出す」



「わっ、なに……っ」



 身体ごと身を寄せられ、僕は身動きが取れなくなった。携帯に付けていたイルカのキーホルダーが、大きく揺れてチリンと鳴る。



 今ここで、怒りにまかせた彼女にキスされて良いものだろうか。ときめくというよりも、恐怖心が勝る。そんなキスじゃあ駄目だ。易々とくれてやるわけにはいかない。落ち着け僕。優位に立たないと。



「蘭子はそれでいいの?」



「なんだ」



一時いっときの感情で僕に乱暴して、君はそれで満足出来るの?」



「――くッ!」



 痛いところを突かれたのか、悔しそうに歯を食いしばり息を吐く彼女。目を逸らした隙に、僕はその腕から逃れようとする。



 だがそのとき、



「駄目よぉ? "友だち"取られたくらいでそんなに怒っちゃあ。わたしたちは三人とも友だちだものねぇ?」



 ドアに手をかけ立っているのは白銀のプリンセス。廊下の明かりを背にまといながら、薄暗い教室へ小鳥のように可憐な声を響かせる。



「さ、咲姫……」

 タイミング悪く現れた彼女に蘭子は睨み付ける。だが、そんな敵意剥き出しの蘭子に対して咲姫はニコニコと微笑んだままだ。



「昨日は百合ちゃんを独占してごめんなさぁ~いっ。そんなにわたしたちと遊びたかったなんて思わなかったのよぉ~。今度は三人で遊びましょうねぇ~?」



「……そうだな。譲羽と仄香も誘えばいい」



 余裕綽々な咲姫を見て、蘭子は落ち着きを取り戻したようだ。大きく息を吸って、しっかりと咲姫を見据える。



「いいのぉ? 人数が増えちゃって。アナタの大好きな百合ちゃんとの時間が減るわよぉ?」



「ふんっ、勝手にしろ。それに、明後日にはみんなで旅行だしな」



「そうねぇ。"みんなで"楽しみましょうよぉ~」



 なんて、これで話は終わったのか、咲姫はきびすを返して教室を出て行く。あっけなく僕は蘭子の手から逃れられたので、咲姫に続く。途中、蘭子の様子をちらちら伺いながら。この場は収まったみたい?



 恋愛感情抜きにしても、友だちを巡ってのドロドロである。咲姫の余裕っぷりを気に入らないのか、蘭子まで表面上は仲良くしようとしているから、なおタチが悪い。そんな中、僕は彼女らの好意が重いことを嬉しく思っていたり。愛は重ければ重いほどゾクゾクするのだ。ただ、仲良くしてもらいたいのが前提だ。



 そういえば、蘭子は"大好き"と言われて否定しなかったけれど、焦る必要は……ないかな? この場合は女子同士特有の『友だち大好き』ということで捉えればいいから。この二人にはこのまま牽制しあってもらうのが一番助かる。



 そうして、何ごともなかったかのように教室へ戻ったのだった。

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