第43話「四つ葉のクローバー」
ちょっとした旅が終わっても、降りるのが同じ駅というのは少しロマンが足りないものだ。それにやっぱり、別れが近付いてくるのは寂しいという気持ちになる。だから……。
「へぇそれで? 今日の運勢そうでも無かったんだ」
「そうなのよぉ。それで今日のラッキーアイテムがねぇ? 実は四つ葉のクローバーでぇ。タンポポとクローバーの綺麗な空き地を見つけたからぁ、夕日が沈んじゃう前に、そこに二人で行きたいなって……四つ葉を探しましょ?」
「うん。いいね行こうっ」
なんていう雑談がてらの咲姫の提案に、迷いなく返事をした僕であった。子供っぽいのかなぁと後で思ったけれど、でもそれがなんだ。彼女も、僕との別れを惜しんで言ってくれたのかもしれないじゃないか。何より、したたかな中でも、そういう乙女っぽい心を垣間見せてくれるのがまた、彼女の可愛さだろう。
夢を見るように提案した彼女の声が、たんぽぽの綿毛みたいにふわふわっと柔らかく、耳の奥に余韻を残す。彼女の声はどんな時でも好きだけれど、今回のような声は初めてな気がする。おそらく僕は、たんぽぽを見る度にその声が芽生え蘇り、たんぽぽよりも可憐な笑顔が脳裏に咲き浮かぶ事なのだろう。そんな、乙女チックな思い出になればいいな……だなんて。
夕焼けの中でも、橙色の明るさ受けて余計に鮮やかになるみたいに、タンポポの咲き香る広い空き地を見つけた。草むらというには浅く、立っているだけでも三つ葉の綺麗さを観察することが出来る。面白い物こそないれけど、童心には堪らない土地だ。
そこで、綺麗だとか三つ葉だったとか言葉を交わしながら、僕らはのんびり四つ葉のクローバーを探す。だけどあるとき無言になって、ずっと憂いを秘めていたような溜め息を咲姫がつく。
「わたしと蘭ちゃん……どっちがかわいい?」
「何をとつぜん……どっちも最高にかわいいと思うよ?」
「誤魔化さないで。どっちがかわいいの?」
おおう……。あえて煽るように誤魔化したけれど、難なく見破られてしまった。むしろ地雷を踏んでしまっただろうか……?
「そりゃあもちろん、咲姫の方が可愛いよ」
「ほんとに言ってる?」
僕の顔を覗き込みながら。その笑顔はいつもの笑顔に見えて、どこか焦りと妬みが薄ら感じ取れる、取り繕った笑顔。
「なんでそんなに心配なのさぁ~。咲姫が誰よりも一番可愛いに決まってるじゃーん」
そんな風に並ぶ肩で小突く。しかし、明るく言ったのが逆に不審がられたのか、咲姫はむっつり顔。そんな表情も愛おしいけれど。
「本当に、僕の人生の中で、咲姫が一番可愛いさ」
言い切った。咲姫の目を見て。嘘偽りはない気持ちが伝わればなぁと。
「そ、そう……そうよねぇ。ならいいわっ」
「もう。言わせておいてなんなのさー」
でも、ツンデレみたいにぷいと僕から背いて、屈みこんで四つ葉を探す咲姫。それは童話の挿し絵みたいな綺麗さがあって。怒らせてしまったようなのに、でもそんな彼女の横姿を思い出のいちページへと残せそうだなんて考えていた。
これ以上かける言葉も無いだろうし……僕は、僕と決して視線を合わせないようにする咲姫をみつめる。
……彼女は僕が咲姫の事を一番に可愛いと思ってないと不安なのだろうか。
『最初のひと目で恋を感じないなら、恋というものはないだろう』という名言があるらしい。ふと脳裏をよぎる。出会った当初から可愛いと思っているけれど……僕の目はいつだって彼女の可愛さに釘付けだったりするのだ。この可愛さだけは、他の子が束になろうと勝てやしないだろう。
これの胸の高鳴りは恋だよなぁ。それとも同性特有の憧れや尊敬や……嫉妬だったりするのだろうか。それを疑われていたりするのだろうか。
いくら、ハーレム作りたがりとは言え、その気持ちは嘘じゃない。いや、クソレズだけど。
僕の視線をくまなく奪い、恋心の源泉を湧かせ汲み取るように、彼女の姿や纏うオーラにはいつだって目を奪われてしまう。ただ、そんな本音を伝えきったところで、彼女は満足しないのかもしれない。他の子への好意がバレバレかなぁ。やっぱり、他の子へのアプローチは二人きりの時にすべきか。あまり、彼女の嫉妬心を煽り過ぎて自滅するべぎではないか……。
なんて、考えながら三つ葉の塊を探っていたら、妙に葉が密集する一点が。
……おおおおお!?
何度も三つ葉が重なってるだけの四つ葉モドキに騙されたけれど、葉が放射状に広がっている。これはもしや……!
次こそはホンモノ!
よし! それじゃあ、可愛そうだけれども優しく根本から摘み取って……ん? 重なってないよね……? 重なってないはずだけど……。いちにーさんしーごー……あれっ? 多くない?
「やったぁ~っ!」
そんなとき、近くを探していた咲姫が声をあげた。
「さ、咲姫? 見つけたの?」
「うん! やっと見つけたぁ~っ。見てみてぇ~」
さっきまでの蘭子への嫉妬はどこへやら。咲姫はまるで子どもみたいに、僕に手のひらの四つ葉のクローバーを見せてくれる。すごい。形の整った綺麗な四つ葉だ。感動的なコレを見るのはいつ以来だっただろうか……。でも……。
「あれっ? 百合ちゃんは見つけたんじゃないのぉ?」
「えっ……? い、いやぁ、なんというかニセモノ? みたいな? やつで、ちょっと……違うかなぁ?」
そう僕が言うと、やけにニンマリと……いや、ニマニマと怪しい笑みを浮かべる彼女。
「じゃあ、なんで手のひらで包んでるのよぉ。ほらっ! 見せてぇ~」
「だ、だめ! なんともないから!」
「百合ちゃん嘘がへたぁ~。何か見つけたんでしょ~? 見せなさいよぉ~」
「やだよぉ!」
「見せなさいよぉ~減るものじゃないでしょ~っ?」
「なんかそれ違う! セクハラのセリフみたいやなってる!」
そんな風に僕が隠していた両の手の内が、咲姫の指がどんどん開いていく……ああダメ……ッ! なんか指使いが妙になめらかでくすぐったくなっちゃう……!
そうして、ついに開かれてしまった先に……っ!
「あら、百合ちゃんも見つけたのぉ? 四つ葉よりすごぉい。いちにーさんしーごーろく……?」
「……八だよ。八つ葉。五つ葉も見たこと無いのに……こんなの初めてだよ……」
「え、えぇ……?」
僕が見つけたそれを、咲姫は困惑しつつもう一回慎重に数える。葉をかき分けて、取れないことを優しく確認しながら。
そして、それを確認し終えたのか、ひと息つくと、
「子孫繁栄は無理かもだけど……家庭円満なら……」
だなんて。
「んっ? なんだって? 咲姫」
「いやぁ、なんでもないわよぉ?」
う~ん。四つ葉の花言葉か何かな? 家庭円満まであるのか、と考えていれば、
「それじゃあ! わたしのと交換しましょっ?」
「うん、いいよ……って、おかしくない?」
「やったぁ! 八つ葉なんて初めてぇ~! 大切にするわねぇ!」
「ちょっとちょっとぉ! 希少性が違いすぎだよ!?」
「だってぇ、四つ葉は見つけたら百合ちゃんにあげようと思ってたんだもぉ~ん!」
「ラッキーアイテム意味は!? それにしても、八つ葉が……う~ん、八つ葉が取られちゃうのかぁ……」
「いいのよぉ! 百合ちゃんの物は将来的にわたしのモノだしぃ?」
「横暴じゃない!?」
とんでもない強欲な姫様だ。しかし、ちょっと気になったぞ? 将来的に?
そうして、優しく渡された四つ葉の代わりに八つ葉が咲姫の手元へ。咲姫の幸福は僕にとってもまた幸せなのだから、いいのだけれど……もう二度と出会えない代物だと思う……。
「うふふっ。百合ちゃんがわたしに幸運をもたらしてくれちゃったぁ。一生大事にするわねぇ~っ!」
「うん。そうしてもらえると、嬉しいかなぁ」
「百合ちゃんもねっ?」
「そうだねぇ、加工して大事にするよ」
そうそう。落ち着け僕。とてもレアリティの度合いは下がった気がするけど、それがなんだ。咲姫がこんなに喜んでくれるなら本望じゃないか。それに将来的に……うふふ。
「さってっと。それじゃあ、帰りましょっ?」
「あっ、待ってよー」
やがて、満足しきったのか、咲姫はクルッとターンして、元の帰り道へと戻る。僕も遅れまいと、駆け足で横に並ぶ。切り替えの早い子だ。
「今日から百合ちゃんは、わたしのクローバーナイト様だからねぇ~?」
「なぁに? それ。少女漫画のネタ?」
「まあありそうだけど……きっと百合ちゃんが、わたしを幸せにもたらしてくれるんでしょ?」
「まあ、八つ葉をあげたからね。幸せにならないわけがないよ」
「うふふっ。約束だからねぇ?」
「約束というよりも、確信だけどね」
何より、それが僕にとっても幸せなのだから。彼女が幸せなのなら、必然的にお互いに幸運が訪れた事になる。子供っぽかもしれないけど、咲姫に幸運をもたらすクローバーナイトというのは、妙に腑に落ちる称号を頂けたかなぁと思った。
そうして、もらった四つ葉は栞に加工しよう。本を読む度に咲姫の笑顔を思い出して、幸せに浸るのだ。こんな幸せな日々が、この先も続くと信じて。
大腸炎で毎日下血がひどいです泣
でも、サボらず出来るだけ毎日投稿したいですね……。
うちの子たちの未来の為に……やるしかないっ!




