第40話「スイーツバイキング」
「百合ちゃんそっちじゃないわよ? こっちぃ~」
「えっ? あ、うん」
咲姫を奥の席に誘導しようとすれば、かえって僕が座らされてしまった。姫様より先に席に着くだなんて自分では許せないけれど仕方がない。
「んで、わたしはここねぇ~」
「んんんっ?」
だが、四つあるうち一つの椅子を僕の右隣に置いて、彼女がそこに腰を降ろしたのだった。つまり、四辺もあるのに片側に二人並んでいる不思議な位置関係。というか近い……。嬉しいけど、めっちゃ胸がドキドキする……。
「ふふっ、仲がよろしいんですね」
「そうなんですぅ~」
その仲良しこよしな席割りに、案内係のお姉さんに笑われてしまった。は、恥ずかしい……。
広く煌びやかなホテルのエントランスを抜けた僕らは、入り口で待機していたお姉さんに連れられ、ラウンジの窓側席に着いていた。
「オードブルのものと、注文するものと、二種類の注文方法に分かれております。詳しくはメニューをご覧下さい」
丁寧にお辞儀をしてお姉さんが去っていく。そして、ヴァイオリンクラシックが流れ穏やかな音色に包まれた空間で、咲姫はしっとりと身を浸す。
「こういう場所、良いわよねぇ~」
「そうだねぇ。広くてゆったりしてるから落ち着くかも」
僕の内心は全然落ち着けないけどねっ! 隣に咲姫ちゃん! うっふぅ~っ! いやこれはむしろ落ち着くのかなっ!? 将来的にこれが当たり前になるんだから、落ち着けるようにならないといけないのかなっ!? う~ん、先に心臓が破裂しそっ!
ともかく落ち着いて、周囲の確認。窓を背にしているから二人揃ってレストランを見渡せる。体育館くらいはあるかという広いフロアに五十人も人が居ない。だが、その客層はどこか品のあるカップルや熟年の夫婦ばかりで。おそらく、ここのホテルに泊まって居る人も多いのだろう。バスローブでは無いにしろ、格好が軽装だ。
「高そうなホテルだよねぇ。こんな良いところのチケット、どうしたの?」
「ママのツテでね? いただいたのよぉ~。"好きな子"と行ってらっしゃいってぇ~」
「えへへ。好きな子なんて照れちゃうなぁ~」
と、女子特有の誤魔化しに出ちゃう。本当に照れ隠しだったりする。
そりゃあお高そうなチケットがあるわけだ。それはともかく咲姫ママさん、ずいぶん意味深じゃない?
「こういう高級感ある場所のはなかなか貰えなくない? もしかして咲姫の家ってイイトコだったりするの?」
「う~ん、ここって普通のホテルだし、そこまでじゃあ無いわよ? パパとママが美容外科を経営してるってだけでぇ~」
「それは充分だと思うんだけど……」
そう言えば由姫さんとの別れ際、仕事に行くとか言っていたのは病院関係かな。一般校出身なだけで、咲姫ちゃんもお嬢さまの素質がありそうだ。
「じゃあそろそろ取ってこようか。咲姫も行く?」
「う~ん、どう……しようかなぁ~」
そこで歯切れ悪く返す咲姫。楽しみで仕方がないはずなのに、どうしたのだろう。
「わたし、ちょっとお腹すいちゃったなぁ。早く食べたいかもぉ~」
「そうだよね。小腹がすいてきたかも」
返す僕。どこか要領を得ないけれど、と言って焦る必要はない。
「だから、百合ちゃんが食べたいケーキを二種類とってきて?」
「えっ? うん」
んんん……? てっきり着いてくるものだと思ったのに、不思議なご注文だなぁと思いつつ。僕は手近にあった横長のテーブルへ赴く。細かい装飾の施されたお盆に皿とフォークを置いて、並ぶアクリル製の蓋越しに小さなケーキを眺めていく。
ビターチョコクリームにココアパウダーのショコラケーキと……そして定番の苺ショートケーキ。中にはキラキラ光るイチゴムースが。スイーツに詳しくはないけれど、なめらかな色使いからして美味しそう。スーパーで安売りされてるような安物とは大違いのようだ。あれもあれで好きだけどさ。
「お待たせ、咲姫」
「ありがとぉ~。早速食べましょ~」
僕がお盆を置くなり、咲姫は苺ショートケーキを自分の元へ、ショコラケーキを僕の方へ置いた。うん、好みはなんとなく分かってはいた。
ただ、ここまでは予想通りだったのだが……。
「あぁっ。わたし、先にショコラケーキが食べたいかなぁ~。……ほらっ、食べさせて?」
なんて、僕に目配せした彼女は、口をポッカリ開けだしたのだ。
「えっ……うん、しょうがないなぁ~」
つい戸惑ってしまう。弁当のおかずを巡って一悶着した昨日の今日だから、絶対にコレはあるよなぁとは思っていたけれど。
昨日、弁当の件でも色々とあったし、流石に同じ意地悪ネタは使えないなと、僕は素直に彼女の口へとショコラケーキを入れる。フォークごとくわえ、ゆっくり味わう彼女。
「う~ん、おいしっ」
にこやかに微笑んでくれる。ご満足いただけたようだ。ほっと一息。
そして僕は自分でショコラケーキを食べつつ、彼女の皿に目をやる。
「咲姫って苺とか残すタイプ? 僕はさっさと食べちゃうけど」
「いつもは最後まで残すんだけどぉ~……食べたい?」
「いや、大丈夫だよ。咲姫のお気に入りだろうし」
「そお……」
彼女は残念そうにする。苺丸々あ~ん食べさせようとしていたのかもしれないけど、ちょっぴり意地悪。
「まあ、あとでまた取りに行けばいいわよね。今食べちゃお~っと」
そう言って彼女はクリームと生地を切り分け、苺と一緒に食べる。珍しく大口を開けちゃって可愛いなぁ。もぐもぐするごとに、とろけそうになる咲姫の笑顔を見て、僕も幸せな気分になる。
「あぁ~。やっぱり普通のとは違うわねぇ~。スポンジまでしっとりしてて、甘酸っぱいソースと絡み合ってもうたまらなぁ~っい」
そんな咲姫は僕に微笑みかけると、すぐにフォークで一切れきり分ける。
「百合ちゃんも食べるでしょ? はい、あ~んっ」
落ち着く暇もなく、今度は咲姫からスプーンが向けられる。ここで躊躇ってしまえば、何を勘ぐられるか分かったものじゃない――と、素直に受ける。うおっと、位置が逸れて食べこぼすところだった。
「うん、やっぱりショートケーキもおいしいね」
そんな瞬間に、パシャリという音が。してやられた、片手で僕ら二人を自撮りしていたんだ……。フォークを戻す彼女。しかし、その顔はやけにニンマリとイタズラめいていて。
「良いの撮れちゃった……っ。百合ちゃん、ついてるわよぉ?」
……恥ずかしかった。撮られたのもそうだけど、ついていることに気が付かないなんて、子どもっぽいじゃないか。僕はウェットティッシュで拭おうとする。
「うーん、どこどこ?」
「あっ、ちょっと待っててね?」
訊ねる僕にそう言って、彼女は僕の顔に近付いて……舌を伸ばして……っ!?
と、そのとき。
ポンパンポンパンポンパンポンッ。
「うわっ!」
突然、机の上に置いていた携帯電話が、けたたましい振動音と着信メロディを奏でだしたので、情けなくも声を上げて驚いてしまった……。その衝撃で離れる咲姫。うぉう、ちょっとむくれているが。
「あっ、蘭子から電話だ……。なんだろう」
画面に表示される彼女の名前。着信を受ける為に手を伸ばそうとすると、掴んだその先で、咲姫が手のひらを重ねる。
「えっ……。どうしたの? 咲姫」
見つめ合い、舞い降りる沈黙。手元には、包み押さえられ控えめになった振動。
「……出ないで?」
「えっ?」
戸惑いつつも、視線を交わし合う。腕越しに伝わる震えは、バイブレーションだけだろうか。
「で、でも……急ぎの用かもしれないし」
「後でも……良いわよね?」
やがて着信音が治まると、僕の手から携帯を奪い取る。
「さ、咲姫……っ。困るよっ!」
「困れば良いじゃない」
「な、なんで……」
焦る僕に対して、しっとり妖艶に微笑む綺麗な顔。それは黒い感情に満ちているはずなのに、どこか魅せられるように美しく。
「もっと、わたしのことで……困ればいいじゃない」
言い終えたところで短く鳴る電源オフのメロディ。彼女は手元を見ないまま携帯のボタンを長押ししていたようだ。
「今はわたしが最優先……でしょ?」




