第37話「さながらエデン」
昼休みのお弁当じごく……いや、天国も遠く過ぎ去った放課後。僕らは出された連休課題に早めに取り組もうと、部室でせっせと問題を解く。こういうモノは早めに取りかかれば、悠々と休みを過ごせるものなのだ。
終わらせなさそうなキャラ筆頭である仄香と譲羽も巻き込んでであれば、俄然やる気が出たり……。何より、彼女らと一緒にゴールデンウイークを過ごすのだから、余計な不安はあらかじめ断っておくべきだろう。
苦手科目から手を着けようと、単語の書き出し練習を除いた英語課題を全て終わらせた僕は、席を立って大きく一伸び。ストレッチしながら部室をふらふらする。僕が小休憩モードに入れば、ちらほら集中力が途切れ掛かっていたようで、仄香と譲羽もぐでーんと机に突っ伏す。
「ん~。頭使ったから糖分欲しくなるなぁ。欲しくない?」
「あーまじそれだわー。咲姫ちゃそのお茶だけじゃあ物足んないわぁ~」
「そ、そりゃあお茶だものぉ……」
「西洋に古代より伝わる茶菓子のセット……求ムッ!」
「う~ん」
僕が同意を求めたせいで、咲姫ちゃんに要らぬ心配をかけてしまったようだ。でも、そんな僕らのわがままに悩んであげる咲姫ちゃんは実にママである。ママにしたい。
「なに、百合葉が甘い物が食べたいって? ならば、私のマシュマロでも食べるか?」
そこで蘭子の提案が。
「えっ、お菓子あるの? ちょうだい」
ドア傍にまで移動して、買いに行こうかと考えていた僕はすぐに食いつく。しかし……。
「おお、欲しいのか。では、保健室に……行こうか」
「んっ? なんで保健室?」
ニンマリと怪しく笑う彼女。嫌な予感しかしない。
「わたしのこの大きなマシュマロを二つ、食べたいのだろう?」
むにゅむにゅっと自分の胸を大きく揉んでアピールする彼女。彼女の過剰なセクハラにはもう慣れてきて、なんだか予想は付いていたよね。
「ああ、そっちの。"お菓子の"方が食べたかったよ」
「……私の胸が菓子如きに負けたのか……。餌にして百合葉を釣ろうと思ったのに……」
「馬鹿じゃないの、要らないわ……」
っていうか揉むにしろ、蘭子の胸じゃあデザートっていうよりもこってり中華じゃない? 七面鳥みたいな黒光りした肉の塊って感じがするけど。ザ筋肉。いや、ボディービルダーみたいなポーズが似合いそうと思っただけ。
「そんならあたしが揉みたいでぇっす!」
そこに名乗りを上げる勇者が。いや、変態が。
「ほう、私の胸を揉みたいのか。別に構わないが、その後の代償は大きいぞ?」
仄香の細腕をガシッと掴む蘭子。
「あ、遠慮しときまーす」
苦笑いしつつその腕を払う。猪突猛進百合娘とて、力勝負で蘭子には敵わないみたいだ。
「ふっ、まあ冗談だが。私は女の子に粗相を働いたりはしない」
「えっ、僕は……?」
「んっ……? 百合葉は女の子だったのか?」
「えっ、それ言っちゃう? 確かに男っぽいかもしれないけど、アンタが揉んだりする胸は何なのさ……」
「百合葉の胸であって女の子の胸だとは思っていない」
「意味分からないけど何だか傷付くなぁっ!」
もしや僕は、彼女の中で性別エックスなのかもしれない。となるとそれはレズなのかな? まあレズの方が大歓迎ではある。
「ところで、百合葉はおっぱいを揉んだ事があるか?」
唐突に、そしてまだ続くのかセクハラトーク。呆れた僕は腕を組んで壁に寄り掛かって、仕方なく相手をすることに。
「なんなのさ、さっきから……。そりゃあるよ。体洗う時に」
「じゃあ他人のおっぱいは?」
「無いよ。普通はそうでしょ?」
「えっ……? 百合葉くん無いのぉー? プププ……。この歳にもなって、だっさー」
「かわいそうに……。そういう機会に恵まれなかったのねぇ……」
「なんなの僕を童貞みたいに。女なんだけど」
っていうか、ザ百合娘な仄香はともかく、咲姫ちゃんも揉んだことあるの? 直に?
「母親のも無いのか……複雑な赤ん坊時代だったのだな。可哀想に……」
「どんな引っ掛けだっての……」
呆れかえる僕。
「じゃあ、血縁者以外で触った事は?」
「もちろん無いよ」
「ちなみに私は百合葉のおっぱい以外に触るつもりが無いから安心しろ」
「何だか嫌だな、それ……」
もう公然セクハラ宣言とか、レズ極めりだなぁ。他の子たちも呆れてないだろうかと思えば、みんな手をわきわきさせている。それもゆずりんまで。なんなの? みんな盛ってるの? レズレズお盛んなの?
そんな中、蘭子は立ち上がって、壁を背にする僕に向き合う。しまった、油断していたから逃げられない状況に追い込まれた。
「私の手は二つあるだろう? これはな、百合葉のおっぱいを揉む為に存在しているんだ。ほら、形がフィットした。こうやって、毎日胸をマッサージしてあげるから、胸を大きくしてくれ」
前後の文脈が支離滅裂だった。
「馬鹿じゃないの? 大きいの揉みたいんだったら自分の揉んどけばいいじゃん」
謎のレズ語りセクハラに声を荒げたいのを抑えつつ、ブレザーの上をわしゃわしゃする手をペシッと払う。続く手も、振り払う。まだ……振り払う。諦めた彼女は手を引っ込めると腕を組んで溜め息。吐きたいのはこっちだよ……。
「違うんだ、違うんだよ。自分のと他人のとじゃあワケが違う」
「は、はぁ……」
「特にな? こう……」
蘭子は中腰にかがみこんで僕のヘソ元へと顔を近づけると、顔を上向かせ手を伸ばし――――?
「うっわ! 何すんのっ!」
ブレザーの間に手を差し入れられてしまった……! まだ諦めてないとかしつこいなぁっ!
「揉みしだされ恥ずかしがる百合葉の顔をバックに、下から拝められる乳はさながらエデン……」
言いながら蘭子は壁にしっかりと僕をホールドして、胸を揉む。
「タダの痴漢でしかないよっ!」
「だからな? 胸のサイズが大きくなれば、下乳と羞恥に染まる顔を存分に味わえるというワケだ。どうだ、納得出来ただろう?」
「結局は揉みたいだけじゃん!」
セクハ蘭子ちゃん以外得する要素のないセクハラだった。
「ホンモノはやはり最高だな。おっぱいが嫌いな男は居ないと言うが、女だっておっぱいが大好きなんだ。揉むだけで心安らぐ気分に浸れる」
「知らないよ……」
「こういう心境をなんと呼ぶか知っているか?」
「知らないよ……」
「明鏡止水の心境だ。国語の勉強になったな」
「ならないよ……。どこが澄み切ってるのさ……煩悩の塊でしかないよ……」
そこに、カツンとティーカップを置く音が。咲姫ちゃんがニコニコ笑いながら怒っている? 良かった。多少修羅場になってでも、蘭子を僕から引き離して欲しい。
「今のわたしの心境は分かるかしらぁ?」
「あ、悪鬼羅刹のごとく……」
「柳眉を逆立てているのよっ!」
ダンッと立ち上がって僕を笑顔のまま睨みつける。問い掛けに答えただけなんだけど!?
「りゅ、柳眉っ!? それは美人が眉を釣り上げて……って、なんで僕に!? 何も悪くないよねっ!?」
「良いからわたしにも揉ませなさぁ~いっ!」
「横暴だっ!」
なんでこの部活にはセクハラが横行しているの!?
と、ニヤニヤと僕らを眺めていただけの二人まで立ち上がり参加の提示。まさか……。
「難しいことばっか言ってなになにー!? おっぱい揉みながらベンキョーできんのーっ!? さいこーじゃんっ!」
「これは学力アップの為に研究、参加せざるを……得ナイッ」
「ちょっ、それはないっ! あ……僕っ、お菓子買いに行ってくるね!?」
無理に蘭子を突き飛ばして近寄る咲姫に押し付けてから、部室を出る僕。そうだ、勉強のし過ぎと糖分不足でみんな頭がおかしくなってるに違いない……ってそれは無いよなぁ。同性愛はウェルカムなのだけれどセクハラは勘弁だ。
いつの間にこんなみんなセクハラ娘に……。じわじわレズが伝染しているあたり、仄香のセクハラウィルスが拡散されているとしか思えなかった。




