第35話「美少女たちのお弁当」
「ほらほらゆーちゃん! 口あーんして!」
そう言いながら仄香が玉子焼きを差し出してくる。こちらは咲姫のとは比べ物にならないくらいに焦げが目立ち、味も濃そうだ。しかもサイズ感が……。くわえようと口を突き出せばガバッと全部押し込まれる。つ、つらい……。
「う……。焦げと味の濃さがマッチして、こってり玉子焼きだね……。こ、こういうのもありだと思うよ……」
無言のまま咲姫が差し出してくれた麦茶で無理やり飲み下してから言う。舌触りがボソボソしていて、まるでとろみの無い焼きすぎたカニ玉みたいだ。
「でっしょーっ! まだまだ食べるよねーっ!?」
「いやもういいかな……」
更に箸を突き出す仄香に苦笑いで僕が返していると、その横から手を出し制止を促す譲羽。
「ダメ、仄香ちゃん……百合葉ちゃんきつそう……」
おおっ? ここで助け船かな?
「その次はアタシの、バビロンの秘宝を詰めた黄金の柩……ネッ」
その手元の弁当箱にはやはり薄黄色のあれが。
「そ、それはつまり玉子焼きだよね?」
「そう」
「そして最後は私の玉子焼きだな」
「なんでみんな玉子なの!」
「んー? やっぱオカズの定番なんじゃん?」
「一番シンプルかつ、それぞれの技術や味付けが色濃く現れるからな。それで皆も入れてきたのだろう」
蘭子が皆を一瞥し言う。各々が眉をわずかにしかめ臨戦態勢。まずいな。今回で皆それぞれがライバルと認めてしまったかもしれない。
ともかく、次は譲羽のだ。不器用な譲羽が空中で差し出したまま、落としていないという奇跡……。これは事故が起こる前に食べてあげないと。
そうして口にして最初に広がるのは……。
「おお甘い? デザートみたいだ」
「えっ、ダメ……だった?」
「いや……」
甘く甘く甘い。フワッと柔らかく、そしてトロッともしている。なんだろうこれはと、味わい考える僕。しょっぱいのを覚悟していたから、辛口みたいな評価になってしまったけど……。
「玉子焼きというよりプリンみたい……。でもこういうのもありかなぁ。マシュマロの中に冷えたイチゴソースが入っているような……本当にデザートみたいな感覚。美味しいよ、ユズ」
転じて甘口採点になったのであった。
「……ヤッタ」
そんな落として上げた僕の評価に、小さくガッツポーズ。その小動物感が可愛らしい。
そうして、ユズの出番が終わったと見るや、蘭子がずいと前に出る。
「では最後に私の……を食べてもらう」
「なんで言い淀んだの! 何食べさせるつもりなの!?」
「すまんすまん。君に食べさせるんじゃなくて私が君を食べるんだった」
「知らないよっ! アンタのは食べなくて良いんだねっ!?」
「そう釣れないことを言わず、ほら。食べてくれ」
言って彼女が開けた弁当箱は……うーん、お世辞にも美味しそうとは言えない……。テラテラしていて、なんだろう……臭いもごちゃまぜ。胸焼けしそうだ。
「ほらっ、食べるが良い」
そして、"あーん"が定番化したのか彼女も箸でつまんで差し出してくる。ど、毒物な分けはないし、吐くこともないよなぁ……。なら意を決して……。
「あむっ」
「どうだ?」
なんでそんなに誇らしげなのか。全く良い評価が与えられそうにないんだけど……。ドロッとして風味もカオティックな味だ。
「ら、蘭子……これはどうやって作ったの……?」
「これか? 簡単だぞ? 百合葉は中華も好きだったかと思って最初はごま油で焼こうとしたんだが、イタリアンも好きそうな顔をしてるし、後からオリーブオイルを……」
「わかった。もう結構だよ……」
蘭子ちゃんはクールでしっかり者に見えて料理下手属性っと、僕の脳内美少女ノートにメモしておく。
例によって咲姫に注いでもらった麦茶でも、口の中の脂ぎった気持ち悪さを払拭出来ない。ああもう、何かこれを上書きできる美味しそうなものは……?
と、見回していれば、咲姫の手元に美味しそうなサラダが。レタスを下敷きに、鮮やかな黄色とオレンジも垣間見える。
「さ、咲姫。食べさせてもらうよ」
「えっ? うん。いいわよぉ~?」
咲姫の箸を借りて摘まむその柔らかい塊。期待一杯に口へ放り込む……。
「ああ……」
咀嚼中にも関わらず、声を上げてしまった。なんとも、口に入れたときに広がるまろやかさと海の塩風味……。これはツナポテトだ。歯ごたえのあるプチコーンにツナとすりつぶされたじゃがいもがマヨネーズで整えられている。その合間に人参が舌の上を滑り、そしてやってくるピリッと感。仕上げはブラックペッパーなんだ。
「幸せ……」
「そ、そお? 良かったぁ~」
これぞ胃袋を掴まれたということなのだろう。咲姫ちゃんの大勝利だ……。そんな多幸感に浸っていると、悔しそうに地面をダンダンを踏みつける音。
「へいへいっ! あ、あたしの玉子焼きを! 二回目はもっと味わえるでしょ!」
「ダメ。そろそろデザートだから、アタシのを……」
「それよりも私の中華炒めはどうだ? トロみをつけようとして失敗したから固まり損なったものの、片栗粉がゼリーみたいで美味しそうだぞ?」
「うげっ!」
「「「さあ……!」」」
ハモる三人。挟まれ逃げ場の無い僕。
「か、勘弁してぇ~っ!」
美少女たちの弁当地獄に嵌まってしまったようであった。




