第32話「温泉に行こう」
「さて……」
部室に集まった五人。それぞれが定位置の席に着き、僕が一つ、相づちめいた繋ぎの言葉をこぼすと、皆の考えも一緒だったようで、視線が譲羽一本に絞られる。
「今日はみんなに話が……アルノッ」
「うんうん、どうしたの?」
意気込む娘の話を聞くかのように優しく頷く三人。もちろん、僕と咲姫と蘭子だ。しかし、残り一名、空気を呼んでか読まずか、バンバンバンと机を叩く。
「なになにー! 彼氏でも出来た!? そいつぁーおめでとぅ……んっ……? 全然おめでたくない! どこの馬の骨だ! うちのかわいいゆずりんに手を出したのは!」
「あわわっ……」
「落ち着いて仄香。譲羽が困っているぞ」
「うふふっ。お父さんみたぁ〜い」
手で制す蘭子。咲姫もくすくすと笑う。
だが、そんな仄香のせいで、せっかく意気込んだ譲羽が戸惑ってしまった。
「はいはい、仄香は黙っててね?」
「うへぇー」
頭をポンポンと叩いてやる。流石の彼女も、もう邪魔はしないだろう。
「それで、話っていうのは?」
「こ、これ……」
「これはっ……!」
譲羽は何かを差し出す……も、我先にと覗き込んだ仄香のせいで、僕達は伺えない。驚く仄香。その手にはいったい何が……!?
「何これ?」
「ズコーッ」
つい机の上でコケてしまう。
「分かっていなかったのか」
「なんか驚いた方がイイかなーって。てゆーか、ゆーちゃんズコーッて……。プププ……」
「いや、やらないといけないかなーって……」
「へへっ、わかってるでねぇかー」
拳をコツンと当てる。どうにも僕の中で彼女と同じノリが芽生えてるようだ。無意識だったけど、誇れるものなのかどうか分からない……。
「ズコーッて、なんだか芸人さんみたいで妙にツボよねぇ〜」
さらに、感性がちょっと古い咲姫ちゃんに言われるのはなんとも言えない気分。
「まあ、似合ってるんじゃないか? もう一回やってくれよ百合葉。『ズコーッ』て」
「もうやんないよっ! それより、ユズの話……っ!」
しばらく放置されていた譲羽が話すタイミングを完全に見失っており、口をぽっかり。こりゃあ喋る内容が飛んでいるのかな?
「何を持ってきたの? これは……チケット?」
「う、うん。温泉の宿泊券五枚……」
「えっ……!?」
「まじまじのまじ?」
驚く僕と仄香。咲姫と蘭子は冷静にそのチケットを拝見する。
「これは……。なかなか良いところの旅館ではないか。有名な天然温泉だぞ?」
「五枚も……って。かなりお高いわよねぇ……」
「やぁっばっ! どうしたの、これ! やばない!?」
「仄香、日本語がおかしくなってるぞ?」
「だってやばあるじゃん!?」
体をバタバタさせてその『やばさ』をアピールする仄香。この二人は相性が良いのか悪いのか分からない。
「あ、当たったの。抽選で……。みんなで行きたいなって……」
「まじかよぉー。天才かよぉー」
「天才……じゃなくて幸運かな」
「ユズちゃんラッキーガールねぇ〜」
「あ、あう……うん」
だが、褒められているはずの譲羽は少し居たたまれない表情。目をそらしてばかりだ。どちらかというと俯くばかりの彼女には珍しい。
「僕たちで使っちゃって良いの?」
「その為に……。いや、使わなかったら他の誰かにあげるだけ、ダカラ……」
『その為に』? これは……。
「しかし、これはいつ行くんだ?」
「ゴールデンウイークじゃなぁ〜い?」
「みんなの予定合うかな……」
僕の疑問はさておき話は進む。『ゴールデンウイーク』という単語が出て、仄香はバシッと机を叩く。
「はいはーい! ゴールデンウイークに予定ある人挙手お願いしまぁーす!」
促す彼女。しかし、流れるのは沈黙。
「あれ、みんな遊びに行かないの? 花の女子高生が何やってるのさ」
「それ、ゆーちゃんも言えてっからね?」
「そうだけどさ……」
元気っ子仄香ちゃんとか意外中の意外である。まあ、どこぞの馬の骨と遊ばれないのなら、とても嬉しい事だけど。
「わ、私はっ……! 百合ちゃんを王子さまに仕立て上げて、お、お姫さまなわたしになって、デートでも、しよっかなぁ〜って……ひゃはっ……!」
「勝手に人の性別変えないで貰える? 構わないけどさ」
構わないどころか実にウェルカムだったりするけどねっ。男装も姫様咲姫ちゃんも大歓迎さ!
「さて。では、休みの遊び予定も無い寂しい女五人で温泉に行く……ということで良いんだな?」
「ちょっと待ったぁー!」
その蘭子の確認に物申しを入れる仄香。
「んっ……?」
「保護者同伴じゃないとウチら無理くない?」
「あっ……」
すっかり忘れていた。気付いていなかったのは他のみんなもそのはずだけど、蘭子はそんな素振りを見せず「ほう」と一言。いやアンタも抜けてたんだからね?
「言われてみれば確かにそうだな」
「じゃあどうするー?」
「顧問の先生に頼んでみるぅ〜?」
「OK貰えるとは思えないかなぁ……」
意見を交わす。だが、こんな状況で珍しくも譲羽が冷静に挙手。
「あ、でもそれは……」
「何か妙案でもあるのか?」
「んんー? 今日のゆずりんハイパワーだなー。出来過ぎちゃんかよぉー」
「良い案があるの?」
「楓ちゃん……渋谷先生に頼んで、アッタリ……。お母さんの部下で昔から仲良いから……」
なるほど。だから、譲羽と先生は妙に仲が良かったのか。
「ほう」
「それは良いわねぇ~」
「はえ~、やばたんだなぁー。気回りゆずりんかよぉー」
「仄香それ言いたいだけじゃないの?」
「ばれたかよぉー」
「バレるよー?」
この言い回しも彼女のマイブームなのだろう。妙に面白いので、続けてもらいたいかもしれない。
「なるほど、だから先生がスケジュール調整していたのか」
「時間を作るの大変とか言ってたものねぇ~」
「ソウ。その代わりに花壇を頼まれ……タッ」
グッと手を握る譲羽。確かに不満を持とうと思えば持てる頼みごとではあったけれど、それを知れば仕方がないなと割り切れる。
「じゃあ日程は……土日が良いかな……? 天気は晴れみたいだし」
携帯で天気予報を確認しながら僕は言う。
「せやねっ! 曇ってもビミョーだもんね!」
「わたしも大丈夫よぉ~」
「……おーけー」
「うむ」
なんて。他に遊ぶ予定のない暇人美少女たちで助かる限りだ。




