第27話「人工甘味料」
それぞれが注文物を食べ終わりひと息ついているとき。普通のアイスティーにピーチティーにマスカットティーなどといった、様々なお茶を各々が楽しんでいるときだった。
「ふっふっふっ。こんなにも多くの種類のお茶が並ぶとは……素晴らしい眺めよのぉ! これぞオールマイティー! ここのお茶は全てあたしの物だ!」
「仄香? オールマイティーの意味知ってるの?」
「そりゃあ簡単よぉ! 全ては私の茶! でしょ?」
「それじゃあ傲慢な暴君みたいだよ……」
お茶好きのわがままな将軍が言いそうなセリフではあるけどね。茶器とか集めそう。
「オールマイティーの意味は違うぞ? なんでも完全に出来る事だ」
我らが辞書係、蘭子ちゃんが指摘する。学力とは別の知識が豊富で助かるけど、今回のはいささか簡単過ぎる。
しかし、訂正された仄香はさらなる疑問顔。
「えええ……? ティーなのにお茶じゃない……? じゃあもしかして、このアイスティーのティーも違ったり……?」
「それは『お茶』でしょ……」
「それはお茶かっ! 本当にお茶系で合ってるのかぁっ!? 実は安いプリンみたいに、実は卵を使ってない偽物とか無いのかぁ!」
「茶葉使ってるだろうから大丈夫だと思うよ……」
よく分からないけど面白い娘である。確かに、プリンだと思ったらプリンじゃないとはちょっとガッカリするけど。
「いいか、仄香。アイスティーの『ティー』はタイムの『T』。ゆっくりと落ち着いてクールダウンするという事だ」
「……なるほどねぇ〜さすが蘭ちゃ~ん」
「蘭子ちゃん、ハクガク……」
そんなトンチンカンな仄香の質問に蘭子は、今度は大ぼらを吹く。「はえ~っ!」と感動する仄香と、分かっているのだろう、にっこりと微笑む咲姫。そして譲羽は気付いてないようで拍手しだす。
「つまりは冷たいお茶でクールダウンタイム的な!? そりゃあそうだよなぁー! 休むんだもんなぁー!」
「うんうん」とものすごい頷く仄香。譲羽もリズムを合わせてコクコク。しかしアホの子仄香ちゃんは放って置くにしろ……。
「ちょっと蘭子。それっぽい事言うんじゃないよ。ユズまで信じちゃってるじゃないの」
譲羽が後々まで本気で信じてしまわぬように、ネタばらしするのであった。そんな僕の気遣いに咲姫は目を合わせ恐る恐る首を傾げる。
「百合ちゃ~ん? わ……わたしは?」
「咲姫は気付いてたでしょ?」
「……テヘッ!」
軽く握った手を頬に添え昭和アイドル並みのあざとさで、おどけて見せた彼女。当然、可愛いオブ可愛いので、どんなお茶目も許されちゃうのだっ!
そんな咲姫に肩をすくめ視線を交わしていると、騙され放置された仄香が手を間に差し出す。
「へいへーい! あたしの事スルーしないでくれよぉー! ランたんお馬鹿なこと言わないでくれよぉー!」
「……お茶の種類の話だろう?」
顔をしかめる蘭子。お馬鹿と言われムッとしたのだろうか。
「また仄香が変な質問したから蘭子は悪くないよ?」
「変なって何さー!」
「『ティー』はお茶の英訳に決まってるでしょー? 冷たいお茶。アイスティー。まさかそれの意味が……ねぇ」
僕は模範ヴ解答を説明して咲姫と呆れたように見合わせると、一瞬遅れて仄香と譲羽が驚き顔。
「はめられたぁっ!」
「はめてないよ?」
「騙され……タッ!」
「騙してないよ?」
小学生もビックリな勘違いであった。
「うーん、このコウチャは格と風味が違いますなぁ。きっとコウキュウ品に違いないっ!」
「ファミレスのアイスティーにそんな物はないんじゃない……?」
そもそも純粋に味わえてるの? それ……。砂糖とコーヒーフレッシュの入れすぎで別物にしか見えないけれど。
「ドリンクバーだから、市販品を使ってると思うわよぉ〜?」
「ぬぬっ! まじかよぉ……。じゃあ香伝かなー。午後ティーかなー」
僕は席のパーティションから顔を出し、ドリンクサーバーのボタンを細目で伺って、そのロゴを確認する。
「『午後に紅茶』……じゃなくて、『紅茶香伝』みたいだね」
「紅茶香伝なら確か、ストレートティーならダージリン、ミルクティーならウバを使っていた筈だ」
「うーばー」
「ウヴァア〜……」
「『ウバ』って名前しか知らないや。蘭子よく分かるね」
「流石に加工された製品じゃあ判断付かないさ。以前調べただけでな」
なるほど、実に蘭子っぽい理由。この子はどことなく、気になればすぐに調べそうな性格してそうだもん。
「ほほうほう。これがウバか。やはり格と風味が違いますなぁ」
そんなに好きなの? 格と風味。てかそれはダージリンね。
「上流階級しか飲むことの許されないコードネーム『ウヴァ』。その奥深さを……イマッ!」
そう言って譲羽もアイコンタクトで仄香のアイスティーを飲ませてもらう。君は充分に上流階級の人間だと思うけど。
「アンタたち、紅茶だから格とか上流とか言いたいだけでしょ……」
「中身は市販品よねぇ……」
呆れつつ桃の香りを楽しみ飲む咲姫ちゃん。ちなみに、しっかり茶葉を蒸してからピーチティーを入れて、ゆっくりと味わっている咲姫ちゃんの方が上流階級っぽい。だって姫様だもん。
そんな上品な咲姫ちゃんと仄香をちらと見比べた蘭子。
「少なくとも仄香のようにミルクや砂糖を入れ過ぎているようじゃあ、風味も何も関係無さそうだが」
と、やはり冷たく正論も突きつけたのだった。言うと思ってたよね。すごい入れてたもんね。
「なんだとぅー? 甘くまろやかぁ~じゃないと飲めないじゃん!」
「ソウダソウダ……」
「めろんそーだ!」
「どうやらお子様舌のようだな……」
やれやれと彼女は肩をすくめて仕方無さそうに溜め息をフッとつく。
「因みに、ミルクだと思って足している『コーヒーフレッシュ』は、実際はただの白い油だから気を付けるんだぞ?」
「おげっ! 二杯も入れちゃったよ……」
「なんでミルクティーにしなかったの……」
「そりゃあその時の気分よ……。でもその気分のせいで今は最悪のキブンだわ……今あたしの中には白い油がドロッドロと……」
「仄香の好きなこってりラーメンの方が身体に悪そうだけどね」
「んおっ? それもそうだなぁ……。油なんかに負けないぞぉー!?」
単純であった。
「蘭ちゃんったらぁ~。なにも、飲んでから言うことないのにぃ〜」
遅過ぎる指摘だと言いたいのだろう。蘭子は咲姫に言われムッと顔をしかめる。
「……さっきの仕返しだ」
「お馬鹿とか言われたこと? うわっ、根に持つなぁーアンタは」
「ぐぬぬ……いいし。美味しい油ならラーメンと大差ないし。気にしないしっ」
「いや、それはあるでしょ……」
「仄香がそれで良いならそれが良いのだろう」
蘭子は失笑するようにうんうんと頷く。賢い判断だ。仄香に理屈を説いても意味がないのだから。
「ではついでに……人口甘味料の危険性は知っているか?」
「ジンコーカンムリョー? ブッキョー?」
「人工、甘味料――ね。感無量は仏教じゃないよ?」
感無量はちゃんと慣用句である。もとを辿れば分からないけど。
「炭酸とか栄養剤でも見かけるじゃない? カロリーゼロって書いてあるのに甘い飲み物の事よぉ~」
「あれって身体に悪そうな味だよね。あの不自然な甘さっていうか」
「そりぁあ糖分を抜いた物だからな」
そんな僕らの解説でようやくピンと来たのか「へいへーい」と仄香。
「その仕組みは知ってる! 知ってるぞぉー?」
「ほう……。説明出来るか?」
蘭子に訊かれ、仄香はドヤ顔で「ふっふっふー」と口角を釣り上げる。
「あれでしょー? まず、頭が糖分くれー糖分くれーって言ってるところに人工甘味料が入ってきて、やっと糖分だぁーいやっふぅ〜! って思ってたらそれは実は糖分じゃなくて、ヤバいヤバい、本物の糖分くれーってところにまた甘い味をした何かが来て、来た来た来たぁー……んっ? これも違う! ほぁーッ!? 糖分切れちゃうよぉ~!? 糖分くれーッ!! ――って頭がおかしくなるんでしょ?」
「もはや麻薬中毒だな……」
「忙しそうねぇ」
「最後はなんか仄香みたいだね……」
「頭がおかしいあたり……だな」
「おかしくないやいっ!」
蘭子の煽りにプリプリと怒る仄香。二人の掛け合いも、こなれてきたものだ。
「まあ、味覚を麻痺させたり、脳を誤認させる――という意味であれは、そういう仄香の演技もあながち間違いではないのかもしれないがな。種類にもよるが、発がん性や障害を引き起こす事も疑われているから、カロリーゼロを謳う商品は避けた方が良い」
「はっ……」
そんな蘭子ちゃんの解説に譲羽が驚き息を吸う。
「どしたのゆずりん?」
「何かあった?」
眠たそうな表情から笑顔? のような緩さが消え青ざめる彼女。
「太らないように、カロリーゼロコーラを炭酸抜いて飲んでたノニ……」
「痩せられはしないと思うが……」
「コーラそのものが身体に悪いんじゃないかしらぁ……」
「骨が溶けそうだね」
「炭酸抜くなんてもったいなーい!」
「……ヤメルッ!」
苦渋の顔でそう宣言した譲羽であった。蘭子の豆知識のお陰でひとりの健康が救われたみたい。
「やっぱりカロリーは必須だぜ!? やっぱストレートコーラっしょ!」
「それしか、ない。ゼロはやめてノーマルを頑張って攻メル……」
「えぇ……」
「あらあら」
「ふっ……」
それ余計に太っちゃうパターンだよゆずりん……。




