第22話「男装女子部の部室」
「やあ、来てくれたんだねっ。君が来るのを今か今かと待ちすぎて、百合葉ちゃんの美しい顔が脳裏に焼き付いてしまったよ。まぶたを閉じれば、キミの微笑みが……」
「約束しましたからね。そんなに遅くなってはいないと思いますけれど」
それと、彼女に微笑みかけた記憶は無いんですけれど。
男装女子部の部室に入るなり、白夜さんが僕を抱きしめんばかりに大きく手を広げ近づいて来たので、両手でその身体を押しのけつつ、素っ気ない対応で返した僕。
しかし、やはりそんな拒絶は微塵にも感じないのか、「こちらへどうぞ? ボクの大事なプリンス?」と、それは丁寧に案内してくれる。その余裕っぷりには拍子抜けだ。こちらは内心で戦々恐々としているのに、暖簾に腕押しって感じ。
ところで彼女にとって僕はプリンス? 彼女も王子扱いなのだから、つまりは王子×王子……んんん? レズなのにホモなの? 百合女子も腐女子も大歓喜なの? やったぁ! 百合好きもBL好きも手を取り合う時代の幕開けだねっ!
そんな冗談は口にも表情にも出さずに飲み込んで、僕らは部室に案内されながら中を見回し眺める。普通の教室を縦に二つ繋ぎ合わせたような広さだった。
棚がありいくつか机を囲うような長くカーブしたソファーがあり、奥には水道とシンクも備え付けられている。要は僕らの部室をぐんと広くしたようなもの。これなら確かに、お茶会ホスト部くらいなら出来そうだ。
そして、後方を見れば、既に客が居たのか、十人ほどの女子がきゃあきゃあと隣同士手を取り合って白夜さんの一挙一動に声を上げていた。もちろんファンサービスを大切にする白夜さんは指をパチンとながらウィンク。余計に黄色い声援があがる。
もしや、あれが噂のファンクラブだろうか。おそらく二年生と三年生だ。そこに紛れて英語教諭の一ノ瀬真帆先生が。白夜さんの言っていた顧問なのだという。柔らかく巻かれたブラウンの髪を肩元で揺らしながら、にこやかに手を振ってくれるので微笑んで振り返す。口調も間延びしておっとりした先生なのだ。
その端には……部員なのか、表のホスト写真で見たクール眼鏡なお姉さま系の人が、ファンの女子たちに相づちを打ちながら腕を組んで僕らの様子を見ている。
藍色のような黒髪ストレートをセミロングに届かない長さで、後ろが前に掛けて斜め一直線に切りそろえていて、いかにも頭の良さそうな面持ち。白夜さんなどは王子系のかっこよさを持っているけれど、彼女は女上司のような憧れるかっこよさだ。
白夜さんに三人掛けソファー二つの前に案内された僕ら。彼女が「どうぞ」と言う前に座ってやる。流れを奪われるわけにはいかない。と、僕ら五人の考えは一緒みたいだ。
そんな僕らを見てやんわりと微笑む白夜さん。目の前の教壇が広く並べられたスペースで左右にカツカツと歩きながら、人差し指を揺らす。
「さて。まだキミたちの顧問が来ていないけれど、舞台説明だけは進めようかな?」
「ん? 先生にはこの話は通してあるんですよね?」
疑問に思った僕は白夜さんを見て訊ねる。すると、閉じたピースをウィンクとともに一振りする茜さん。
「そーそー。あたしらから、渋谷っちに声を掛けてある」
「楓ちゃんは約束を破ったりしないぜ?ゼ 安心しなヨ」
「そっか」
そこは心配していないけどね。僕らの担任であり部活顧問の渋谷楓先生。最初はお堅い口調の先生だと思ったけれども、案外気さくというギャップからか他の生徒からも親しまれているようだ。
だが、クラスメイト二人が居るとはいえ、この胡散臭い部には懐疑的になってしまう。相変わらず微笑む白夜さんを唇を結んで見ていると、フッともう一笑い吐き出してから彼女はパンと手を叩く。
「まずは……即興劇の内容だけど、何やりたいか決まったかな?」
「あたしらもよくわかんねーから楽しみだなぁー」
「んでも即興劇にするんダロ? オレなら思いつく自信はないナ」
「それなら大丈夫さ。彼女らが決められなくても、適当にボクが決めよう」
喋る茜さんと葵くんに返しつつ、白夜さんは目で僕に催促する。だが、その視線を流すように僕は譲羽を見やる。
「僕が居るから大丈夫だよ、ユズ。もう考えついてる?」
譲羽に良い肩を軽く抱くようにポンポンと叩く僕。少し緊張しているのか、スカートの端を握りつつも、決意したように眠たそうな目を開き、彼女は白夜さんと視線を交わす。そうしてピシッと上げられる手。
「内容は、シンデレラ……をやることになった役者六人……。文化祭の準備で演技を交えながら、相手を追い出す……。どう、デスカ?」




