第19話「学校のプリンス」
「な、何者ですか……?」
いくら王子様に名乗られ褒められようとも、素性が分からない以上は警戒せざるを得ない。不審に思いながら、金色の前髪を揺らす彼女を見やる。
「おおっと、言葉足らずだったかな? ソーリー。ボクは男装女子部の部長で二年生さ。気軽に白夜と呼んでくれっ」
僕が問うと、またも前髪をわざとらしく払い、その美しい首筋とあごを見せてくれる。閉じた視線を明後日の方向に向けて、酔いしれているのだ。完全にナルシストなのだけれど……う~ん、サマになっているので羨ましい!
そんなナルシスト王子様の横に、茜さんと葵くんがずいと出る。
「あたしらのボスだぞぉ~? おもしれぇだろ」
「オレらはこの人が居るから男装女子部とかいうヘンテコな部に入ろうって決意したのサ」
「ノンノン。面白いとかヘンテコとか失礼だね。しかし、そこまでボクを買ってくれるなら、今すぐボクに抱かれて、ボクのイケメン女子ハーレムに入ってくれればよいのに」
「だから入らねぇーって」
「オレは他の女の子の相手で忙しいからネ」
「ふふっ。釣れないなぁ」
それがいつものやりとりなのだろう。茜さんと葵くんが白夜と名乗った彼女に軽口。しかし、重要なのはその内容だ。
「イケメン女子ハーレム?」
僕が問えば、待ってましたと言わんばかりに彼女は目をキラキラと輝かせて僕の手を取る。う~ん、なんだか可愛いぞ?
「よぉ~くーぞっ、質問してくれた。 イケメン女子ハーレムとは、かっこいい女の子を囲ってハーレムを作る計画のことさっ。そのために男装女子部を作ったのだから。是非ともキミを招待させてくれっ」
「へぇ……」
なるほど、話は分かった。僕が普通に百合ハーレムを目指す中、この人はむしろ、そのハーレムを築きそうな位にカッコいい女子を求めているのだろう。お眼鏡にかなって光栄ではある。
「名前は……男装女子部なんですね」
「ジーザスッ! キミは中々するどいねぇっ! 確かに男装女子とイケメン女子とは意味合いが違う。しかし、あながち当てはまらないというワケでもないだろう? 男装女子というのは、男装こそしているけれど、かっこいいイケメンな女子というのには違いないからさっ。異性装の文化を研究するという建て前で、ボクはイケメン女子を囲いながら、のんびりついでに、やってきた女の子たちの相手をして楽しませてもらってるよ」
「まー、ホストの部活みたいなもんかねぇー? 来るのは自由。だからあたしらも好き勝手させてもらってんのよぉー」
「完全に部活の私物化じゃないですか……」
呆れる僕。人のことは言えないけどね。
「私物化して何が悪いかな? ボクはこの学校のプリンスであり、我が家から多額の援助金で支援している……まあ、それが問題視されてしまって、部活設立には五人以上という制限を設けられてしまったけれども……ね」
ヨヨヨと泣き真似して崩れる白夜さん。全然同情する余地が無いんだけれども。むしろ傲慢の域だ。しかし、その悲しげに目を伏せる彼女はちらっ、ちらっと、僕の同情を誘っている。なんて見え見えなんだ……。そんなのに乗ってたまるか。
と、訝しげな目で見ていると、彼女は通じないと気付いたのか、キリッとした顔で僕の両手を包み込む。
「これで話も分かっただろう、興味がわいただろう! さあ、ボクの男装女子部に入らないかいっ!」
「いえ、遠慮させていただきます」
やはり断る僕。
「ジーザスッ! このボクがここまで頼み込んでいるというのに、キミは断るというのかいっ!?」
「ええ、そうです」
やっぱりいちいち反応が大げさで、今度は天を仰いでいる。残念系イケメン女子という称号を捧げたいレベルだ。そのアホッぽさが無ければ、僕は自分磨きと称して彼女に近付くことを一考したかもしれないのに……いや、無いか。
だがそこで、
「百合葉は渡さないぞ」
「わたしの王子さまなんですよねぇ~」
ただのギャラリーに紛れそうになっていた蘭子と咲姫が負けじと一歩前に出る。
「ほぉう?」
間に割り込まれ、白夜さんはその邪魔者二人をにっこりと眺めだす。そのポーズはわざとらしいくらいに両脚をクロスさせて、指先をこめかみに当てて。それはもう、じっくりと。イケメン女子でなければただの変質者になりそうだ。
そのように、足先まで眺め終えると、満足そうに大きくうなずいてから彼女は、大げさな振り付けでぐるっと周り、自分の肩を抱きだす。
「オーマイガッ! この世は美しさで溢れている! なんてキュートでビューティフルなプリンセスなのだろう! 一年前なら君をボクの花園に加えても良かったの……だ、け、ど……!」
そして、やはり咲姫の手を優しく取ったかと思えば……。
「今は興味ないんだ。ソーリー。済まないね」
スーパー美少女咲姫ちゃんをフったのである。
「あらそうなんですかぁ。わたしには関係ないですけれど」
「おおうっ。冷たいキミも可憐っ! だが、ボクは可愛い子には飽きちゃっていてね。また熱が再来したら、キミを迎えに来るよっ」
「千年後くらいにお願いしますねぇ」
あっけなくフられたからなのかは分からないけれど、金ぴか王子さまを目の前にして、咲姫ちゃんは冷たかった。その彼女の基準は何なのだろう。もう僕にぞっこんだから、他はどうでもいいって言うのならば嬉しいけれど。
だが、白夜さんの猛攻は止まらない。次のターゲットとして蘭子を見定める。
「さてキミは……」
「要らない」
「えっ?」
「どうでもいい」
「な、なんと……」
「私と百合葉の大切な時間を邪魔するな」
「ネオジーザスッ! ここまで邪険にされたのも初めてだよ! キミはボクの初めてだ!」
「ああそうか。じゃあ、みんな。そろそろ行こうか」
「あっ、うん」
「そうねぇ~」
なんて、あっさりどころが無味な塩対応をしつつ、蘭子は強行突破でこの空間から抜け出そうとする。何か僕を取り入れる策は――というように考えあぐねる白夜さんへ、僕らはそそくさ別れを告げながら、歩き去ろうとしたが……。
「み、ミステリアスな君っ! 良かったらボクらの部活に入らないかいっ?」
最後の悪あがきなのか……譲羽の手を掴んだのである。




