第18話「男装女子部の再来」
晴れ。爽やかなほどに晴れ。最近は寒い日が続いたけれど、今は雲一つない麗らかな快晴。ようやく春らしい空気をまとって、寒そうにうつむいていた花々も、やっと鮮やかな笑顔を見せてくれる。
桜のつぼみも随分ふくらんできて、ちらほらと花開く枝も見え始めていて。来週辺りには開花するかもしれない。雪国の遅い桜の季節がやってくるのだ。その風にその空にその花に、今から胸がときめいてしまっている。
教室に入り、いつものように翠ちゃんに挨拶。僕のあげた髪留めと、クローバーのヘアピンをプラスして付けていた。「似合ってるよ、かわいいね」と褒めてあげれば恥ずかしそうに教室を去ってしまった。ああ可愛い……可愛い……。
僕の席に着くなり、ずっとちらちら見ていた蘭子は眉尻を下げながら立ち上がって、座る僕と向き合う。
「百合葉。風邪は……大丈夫だったか?」
「うん。鼻水が後から来たけど、身体は大丈夫かな。ありがと」
「そうか。それなら良かった」
と、安堵して顔の緊張を緩める彼女。教室でこんなに表情を露わにするのは珍しいなと思ったり。人前だと彼女は、毅然とした面持ちのことが多いのだ。そんなに心配してくれていたのか。
「一昨日の保健室で、ゆっくり休ませてあげれば良かったんだ。私のせいかもしれない」
「あー、それはあるかもね」
そういえば、あれが原因じゃないとも言い切れないな。ニシシッと笑いながら答えると、彼女は更に困ったように。
「ともかく、すまなかった」
「いいよいいよ。過ぎてみれば、なんだかんだ楽しかったし」
「ならいいんだが。大事にしてくれ」
肩をさすってくれる彼女。ここで胸をさすってこない辺りは、冗談をわきまえているのだろう……と信じたい。最近の彼女は暴走気味だからなぁ。
そこに、教室に入ってきた咲姫が会話に割り込む。
「わたしが看病したから、元気になったのよねぇ~?」
「……どういうことだ」
あ、これはプチ修羅場な予感。咲姫が自ら戦いの火蓋を切るように、一歩リード取ったことを宣言してしまったのだ。
「言った通りよぉ? 百合ちゃんの家に行って、看病してあげたのぉ~っ。"カラダ"を拭いてあげたり……ね?」
その挑発的な発言に柳眉を逆立てた蘭子は、何も言わないまま、僕のカーディガンやらブラウスやらをブレザーの上からいっぺんに掴んでぐいっと持ち上げる。露わになる僕のお腹。
「な、なにすんの!? やめてよ……っ!」
大事にって言ったばかりじゃなかった!?
「……やってくれたな」
「それは僕のセリフ!」
と身を守るようによじり、何を彼女は見たのだろう……と、そろ~っとめくり見下ろしてみれば、僕のお腹には消えかけの痣の横に新しく大きいものが……?
もう一個出来てるんですけれどッ!?
そうだ、咲姫には昨日不問にされたとは言え、蘭子と保健室で何かあったかと疑っていたのだから。その遅れを取り返すためにこんな痕を残していたのか……寝ている間にだろうか? 油断ならない姫様である。
「看病……にしては、余計な"傷"を増やしている気がするのだが。昨日、百合葉と何をした?」
「う~ん? 蘭ちゃんには関係ないんじゃなぁ~い? そもそもあなただって、保健室でナニをしていたのやら」
「……咲姫には関係ない」
「そうよねぇ~」
これは咲姫が一歩うわての様子。こうなれば、お互いが何をしたのか不問にするしか無いようだ。とすると、それぞれが知らない内に僕へのアプローチを? ……だなんて、ますます面白いようで怖いなぁ。
ニコニコとプリンセススマイルの咲姫。見合って、冷たい不敵の笑みを浮かべる蘭子。笑顔のまま、バチバチと火花を散らす。
だがそこに、空気を読まず、乱雑に纏めた赤髪と青メッシュの前髪を揺らし現れる二人の女子。
「ヤア百合葉ちゃん。昨日は君に会えなくて、オレは闇夜をさ迷う子羊となっていたヨ」
「風邪ダイジョブかぁー? 移すと治るっていうし、あたしがもらってやっても良かったのにぃ。ベッドの上でよぉ?」
「いや、ノーセンキューだよ……」
相変わらず胡散臭い口説き文句を投げ掛けてくる葵くんと茜さん。実際、彼女らのセリフでオチる子が多いのだから、世の中おかしいと思う。
だが、こんなものは彼女らにとって挨拶程度のものなのだろう。ケロッとして、早速話は本題に入る様子。
「それよりナ? 百合葉ちゃんにとっておきの"お知らせ"が――――」
と、その途中で鐘が鳴ってしまった。ぞろぞろと席に着く生徒たち。担任の渋谷先生も入ってきて、「みんな早く座りなさい」と教卓を叩いて注意を促す。
「フッ……。オレらの恋路は上手くいかないみたいダゼ」
「続きは昼休みかねぇ……。楽しみに待っててくれよぉー? ゆりはすー」
前の席に戻っていく二人。それを見届けて席に座る僕らは、先ほどのプチ修羅場もすっかり忘れて、顔を寄せ合う。
「なんなのかしら、あの子たち」
「男装女子部の話だろう」
「面倒だなぁ」
※ ※ ※
その昼休みとやら。僕はあらかじめ手招きして、いつものメンバーを僕の席に集めていた。
「さっ、早くいこ」
「あの人たちはいーのー?」
「すごい……百合葉ちゃんを……見テルッ」
「いいからいいから。今日は食堂で食べよっか」
なんて僕は、まくし立てるように喋って立ち上がろうとする。そのとき、目の前に金色の風が吹き込んだ。
さらに横には、茜さんと葵くんがカツカツと歩いてきて。
「あたしら置いて、どーこに逃げようってーんだ? ゆりはすー。そんな簡単に離さないかんな?」
「オレの愛の巣からは逃さないゼ? 百合葉ちゃん」
いつものキザ台詞を吐くそんな二人はさておき、目の前で立ち止まった金色の風をまとった女子が前髪をファサッと払う。そのオーラはピカピカと光っていて……。
「何かご用……でしょうか?」
「そうさ。人生を華やかに彩るような大事な話があって、ボクは君の元へと舞い降りた……」
「この人、三階教室だから舞い上がったの間違いじゃね?」
「気分も舞い上がってるしナ」
「ハハッ。ちげえねぇや」
聞こえるように囁いて、その金ぴかの人を笑っている茜さんと葵くんだが、僕は視線を目の前の人に。彼女は脚をクロスさせ左手をお腹に当てもう片手を後ろやり、執事さながらの礼をする。
「ボクの名は華柳院白夜。ふふっ、なんとも。聞いていた通りの美しい子だねっ」
お辞儀をしたまま、彼女は顔を上げ、僕のあごをくいと持ち上げる。
そのとき、僕の中では衝撃が走った。いや、確信だった。華やかなオーラ。中性的で王子さまのようなその美貌。それは、その姿は……。
僕の理想そのものの王子様だった。




