第10話「初下校」
第09話「勉強会はまた明日」の前に、第08話「マスコットキャラ」を入れるのを忘れてしまいました……すみません。
委員会も終わった帰り道。二人続くように電車を降り改札を抜け、そうして駅舎を出る僕と咲姫。
午前授業だったのだから夕暮れにはまだまだ早い。見上げれば太陽の位置はずいぶん高く、蒼天を羽ばたく白鳥のような薄い雲の帯びれが広がり、春らしい爽やかさが空に風にと表れていた。
譲羽は学校すぐ近くの実家で生活しているようで、玄関を出て早々に別れることとなったしまったけど、それはつまりマイスィートプリンセス咲姫ちゃんと二人っきりの下校で……んんん? ワクワクでしかないぞ?
「今日は初日から色々あったね」
「そうよねぇ~」
しかし、一日を振り返る他愛も無い話で彼女の出方を伺っている僕であった。
そう。初登校初日にして安定した友人関係が築けただけじゃなく、みんな脈あり感があるという幸運を、噛み締めることなく少し警戒しているのだ。ホント出会ったばかりなのに……なんでみんな好感度マックスに近い状態なの? バグなの? 夢なんじゃないの? そのうちひょっこり食べられちゃうんじゃないの?
頬をつねってみる。痛い。
「何やってるのぉ~?」
ほんの話の切れ間。長くもない一瞬の無言だったけど、僕の奇行が見られていたみたい。むしろ黙っちゃったから目立ってた? 気を付けないとね。
「いやぁ、こんな素敵な子と一緒に帰れるだなんて、夢みたいだなって」
「な、何言ってるのよぉ~っ!」
ゆんゆんと言いながら僕の肩をポカポカ叩く。嬉しいんだろうけど痛いです姫様。でもこの痛みが心地いい……違います僕はマゾじゃないです。
そもそも普通、女友達にこんなキザなこと言う人いないでしょ……。もしかして彼女もレズなの? 僕はレズを引き寄せる運命なの? やったぁ! もう百合ハーレムは目前だねっ!
ともあれ、オトしたい事には変わりはないのだから、彼女の内情を知っておかなくては。
「咲姫も外部入学なんだよね? どこ出身なの?」
「そうねぇ。途中で転校してきたんだけど、西中って分かる? ここから川沿いに真っ直ぐ下ったところの中学校なのぉ」
「えっ?」
彼女の返答に疑問符。それって知っているどころの話じゃない。こんな美少女居ただろうか?
「僕も一緒……なんだけど」
「えっ?」
そうして僕と同じように"はてな"という表情を浮かべる咲姫。あーよくあるよね。お互い話が伝わらずに"?"って二人困っちゃうやつ――ではなく。これは何かあるぞ……?
「同じ西中? 四クラスしか無いけど三、四組じゃあ無いよね?」
「う、うん。一組」
咲姫は答える。
「一組にしても流石にそんなに目立ってる人居なかったなぁ……。咲姫って、いつからその髪型?」
「う、うう……」
「うゆぅ~ん」とモジモジ俯く彼女。激萌えてしまう……場合じゃなくて。
「もしかして咲姫って……」
「うわぁ~んっ!」
咲姫は僕の言葉を嬌声にも似たわめき声を上げ遮る。
「どうしたのっ!? 咲姫!」
「わたしだってお姫様になりたかったのぉ~! 髪色を夢の銀色にして目はコンタクトにしてっ。高校デビューよっ! 高校デビュー! でもかわいくなったは良いけど、お友だちの作り方なんて分からなかったのよぉ~!」
懺悔をするように胸のうちを打ち明け、再び「うわぁ~ん」と泣き顔を両手で伏せる咲姫。みるみる内に咲姫の素性があらわれ、作りモノの姫様であることが露呈されてしまった……。
しかしだ、しかし。それがなんのデメリットだというのだろう。可愛いだけではないだろうか? そう! 自ら可愛く演出しようというその心意気は、むしろ超可愛いに違いないではないかっ! ふぅ~っ!
「咲姫、顔を上げて?」
僕が言うと、「うゅ~ん?」と声にならない声を上げる彼女。どこからそのあざとボイス出したの? 可愛いよ?
顔を傾け咲姫の顔を覗き込む。泣いて……はいないけど、目が潤んでいる。よしっ、ここは僕のフォローの見せどころだ。
「僕だってそうだよ? 中学ではもっさりした重たい髪型で地味だったからバッサリ切ってイメチェンしたし、友だちもロクに居ない。でもなんだって思わないよ。だって僕は咲姫と知り合えたんだから。そして、こうやって同じ気持ちを共有出来る……僕らだけの秘密が出来たねっ」
ウィンクをパチッと向けてみる。すると彼女には効果アリのようで、少し顔がほころんだ。よしっ、この調子だ。
「過去はどうあれ今の咲姫は、お姫様に見えるから大丈夫だよ。僕が保証するっ」
軽く握った拳でタンと胸を叩く。胸があるから、頼りがいのある音なんて出なかったけどね……。少しは大げさだとしても、少しは自信を持ってくれるだろうか?
「自分を偽ってるわたしなのに……。それでもわたしと仲良くしてくれるの?」
「当たり前だよっ。むしろ、良い事じゃないかな。咲姫がかわいくなりたいって気持ちには嘘偽りは無いんだから」
決まったかな……? いやまだ弱い。もう一声。
「君は僕にとってのお姫様だから」
おおう……これだよ。決めちゃったよ……。クサ過ぎてニヤけちゃいそうだよ……。
そうして彼女のようすを見れば、
「百合ちゃん……っ」
「なに? 咲姫」
「いやっ。今だけでもいいから、"おひめさま"って呼んで?」
おおっと、開き直ったのか強気だぞ? お得意の上目遣いに顔を少し傾けるあざとさ満点お願い。面白いね。ならば全力で気取らせていただこうじゃないか。
「ふふっ、ここでそんなわがまま言っちゃうの? 困ったお姫様だなぁ……」
「あ、あ……っあ……。あぁ~っ!」
僕が言いながら彼女の顎をクイと持ち上げると、非常にメルヘンチックにでも包まれたかのように、両手で頬を添え甲高い嬌声を上げる。あからさまに演技っぽいのだけれど、大当たりだったみたい。
「ステキ……いい……っ」
そして目にハートを浮かべ「えへっ、えへへっ」と脳内がお花畑に飛び込んだご様子の咲姫。実にチョロいぞ?
「大丈夫? 咲姫」
でも流石に心配になるので声を掛けてみる。
「これよ、わたしが求めてたのは……。絶対に……絶対にわたしだけの――――」
「さ、咲姫……? しっかりして?」
目にハートを浮かべ、うわ言のように呟き始めたので本気で心配になり、ゆっさゆっさと彼女の肩を大きく揺する。すると、みるみる内に彼女の目に平静の色が戻り、打って変わって落ち着いた面持ちで僕を見る。
「ううん、何でもないの。"おひめさま"扱いしてくれてありがとねぇ~」
「いやぁ。このくらいどうってこと無いさ。咲姫はかわいいからね」
「えへへっ、百合ちゃん好きぃ~」
やったー! 突然の告白っ! ――ではない。まだだ。まだこれは女子特有の"好き"の言い合いなのだ。僕が彼女のペースに飲み込まれてはいけない。そう自分に言い聞かせ、
「僕もだよ。初めての友だちがこんなに気が合うなんて、運命みたいだねっ」
もう少しキザに責めてみる。
「うふふっ、ありがとぉ~」
おっと、今回はそうでもない反応……。調子に乗りすぎたのかな。ぐいぐい押しっぱなしではいけないんだ。
「あっ、わたしこっちだからぁ」
そしてそんな夢みたいな甘々な下校タイムの終わり。告げる咲姫の指差す先は山。道のり的に遠くは無さそうだ。
「へぇそうなの。送ろっか?」
「えへへぇ~、大丈夫よぉ~?」
しかし断られてしまった。まあかえって気を遣い過ぎに感じさせたかもしれないし。深追いはしない。
「そう。じゃあ分かった。また明日ねー」
「うんっ、バイバ~イ」
僕が手を振り咲姫も返す。お互い向かい合ったまま、どっちが先に帰り道へと足を踏み出すのかとキリがなくなるので、僕から進んで踵を返す。でも脳裏にはしっかりと彼女の姿を目に焼き付けておく。
「初めて……かぁ」
そんな呟きが後ろから聞こえた気がした。お互いが知り合った初めての友だち。入学早々の初期メンバー。これは、揺るぎない百合ップルとなれるのでは?
風をふんわりと抱いて波打つ銀色のウェーブ。柔らかな後光を放っているみたいな彼女。最後に見たその瞳には、僕の奥を見据えているんじゃないかと感じさせる光が、微笑みの中で浮かんでいた。




