#24 目の前の選択
天気の良い日のことだった。ちょうどこれから出かけようと玄関の戸をあけると、ハイロが今まさにノックをするところだった、という感じで手をあげて立っていた。俺と鉢合わせて、恥ずかしそうにほほえむ。
「ラトリーちゃんの進学祝いに、みんなで甘いものでも食べに行こうかと思うのですが」
見ると、ハイロにローグ、ラトリー、ミジルとフォッシャの仲間たちが全員集合していた。
「……ごめん。……俺はちょっと……」
これだけそろっているのは珍しい上、せっかくのお誘いを断るのは心苦しかったが、今は他に優先すべきことがある。
まあ女の子の集まりに俺がついていってもジャマかもしれないし、みんなで楽しんでくれればいい。
ミジルは不満そうに、
「呆れた。カードばっか……やっぱりバカードゲーマーじゃない。まあいいわ、あんたなんかカードのスリーブでもおやつに食べてればいいのよ」
どんな超人だよ。すげえ発想だな。
「どうしてそう一言多いんですか……。あ、ミジルのアイデアだったんです。エイトさん、ご用事があるなら、そちらを優先してください。お気になさらず」
ハイロがそうフォローしてくれた。
「悪いな。ありがとうミジル。俺はやることがあるから、もう行くな」
ミジルの横の残念そうに眉を下げるラトリーに手を振り、一応ローグにも会釈してから、俺は宿を後にした。
「エイトお兄さん、甘いものは嫌いでしたっけ」
「あー、いや。そうじゃなくて……カードの練習にいったワヌね。エイトがボーっとしてるときはだいたいカードのこと考えてるって、さいきんわかってきたワヌ」
去り際に、そんな話し声が背後から聞こえた。
ひとりで街をさまよっていると、雑念が浮かんで色々なことを思案してしまう。フォッシャがいないせいか、街はにぎわっているはずなのに俺の周りだけ静かに感じる。
獣人族に、高貴そうな紳士淑女、多様な人々が行き交うのをみても驚かなくなった自分に驚く。この世界に慣れてきてしまったのだろうか。
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先日訪れた館の、地下広間での機械人形とキゼーノの試合が終わった直後のことだ。
「試合をあんな終わりかたにしてしまって、わるかったな」
事情はどうあれ、カードゲームの最中に俺は手出しをしてしまった。人に被害が出ている緊急事態だったため確実な方法を選んだ。しかしカードの勝敗もつきかけていたとはいえ、ゲームの最中に横槍を入れるのは言語道断だ。
理由が理由ではあるが、一応の礼儀としてそのことをキゼーノにあやまった。
「それはかまわないが……顔が青ざめているぞ。何におびえている?」
そう言われて、俺は自分の顔が汗だくになっているのに気づいた。
いかん、気圧されるな。そう自分に言いきかせるが、目の前の少女は心を素手でつかむかのような眼光を向けてくる。
「……なるほど。牙の抜けたカードゲーマーほど、もろい物もそうはないな」
冷たい調子でキゼーノは言い放つ。そうして俺から目を背ける様は、なにか落胆しているようにも思えた。
俺は息を呑んだ。はっとなった。動悸がして、呼吸が荒くなる。
なにか言い返そうとしても、できなかった。キゼーノの言葉に心当たりがあるばかりで、自分のなかに反論できるほどの強さがなかったからだ。
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生い茂った草木をかきわけて、見晴らしのいい崖に出た。
久々に冒険士の仕事をひとりで請けもった。王都付近の山岳地帯の危険調査、兼警邏の依頼。あぶないモンスターがいないかとかを調べるという内容だ。さいわいそういったことはなく、おとなしい虫や鳥、獣たちばかりだった。ラジトバウムでは見たことのない種も多いが、こちらの生き物は人馴れしているのか近くに俺がきてもあまり逃げていかないように感じる。
だが何の目的もなくこの仕事を受けたわけじゃない。
望遠鏡のカードを出し、かまえて王都の街に向けて覗き込む。
立派な闘技場が見えた。ラジトバウムのものよりも豪華で大きく、過剰なまでに装飾がほどこされている。見栄えもよく建造も新しいのではないかと素人ながらに思える。
俺はけっきょくあの館の日からずっと、キゼーノのことが頭から離れなかった。まだ大会に出てくるかどうかもわからない彼女自身のことが、というよりも、彼女ほどの使い手が万が一出てきたときのことを考えるといてもたってもいられなかった。それは不安から来る緊張かもしれないし、猛者と戦えることへの期待なのかもしれない、どちらともよくわからなかったが、とにかく俺は落ち着いていなかった。
でも来てよかった。まだ直接闘技場を訪れてはいないが、こうして全体をみるだけでもそこで戦うイメージがしやすい。観客の規模、舞台の広さといったことが。
俺は気づいたことをなんでもメモ帳に記していく。この位置から魔法の狙撃はできるかとか、他の高い建物はどれだろうとか、日差しの当たり方など、まあそんなことをである。
天気がいいと遠くまでよく見える。思ったとおり、街からこの山はずいぶん小さく見えるが、この山から街は隅々までなにがあるかわかる。
ふだん生活している限りでは山は小さく遠くに見えるものだ。それで小さい頃山に登ったとき、眺めのいいところまで出ると、景色を遥か彼方まで見渡せることにひどく驚かされた。
空気がおいしくさわやかで、景色もうつくしく見とれてしまう。そういえばラジトバウムでも、高台でフォッシャとこうしてよく夕日をながめたりしていたっけ。
あのときは小さなソーセージパンがごちそうで、毎日日銭をかせぐのに必死だった。フォッシャに冒険士カードを食べられて、そこから一緒に仕事をするようになって。
ジャングルでの悪戦苦闘や研究室での和やかな日々を思い出す。そして今、実体化のカードを探し当てようと旅をしているというわけだな。
俺はこれからどうするのだろう。空を眺めているとそんな感情がわいてくる。
どうしたいんだろうか、俺は。あの頃はこの世界っていう逆境に生き抜くことのに頭がいっぱいで、改めて自分の今後を考える余裕がないままただひたすらに突っ走ってきた。
だけどもし俺がこの世界に飛ばされる原因となった呪いのカードを見つけて、元の故郷に戻れたとして。それからなにがあるのだろう。
ずっと、カードと一緒に生きてきた。しかし故郷にもどっても、もうカードをやることはない。もし戻れるなら故郷にではなく、純粋にカードを楽しんでいたあの頃にもどりたい。嫌な記憶がないままの自分に。
仮定の話をしても仕方がないか。友達が、相棒が、呪いのカードから平和を守りたいというのなら、できる限り俺もそれを手伝うだけだ。俺自身、元カードゲーマーの性で、カードで誰かが悲しむところなんて見たくはない。
とにかく今はベストな選択をしよう。アドの大きいほうを。……アドの……
…………
観察をおえ、下山する途中も心からモヤが取れなかった。あの夢とあの少女に会ってからずっとそうだ。負けたくないって気持ちが、とっくになくしたはずの俺のカードへの心を揺さぶってきやがるんだ。いつにも増して、カードのことばかり考えてしまう。あの少女はどれくらいの腕なのだろうか。デイモン氏くらいやるのだろうか。デイモン氏は元気にしているだろうか。
収穫はそこそこあったな。カードのことや自分がどうしたいのか、考えをまとめるいい機会になった。
最後に山のふもとで依頼人のおじさんに直接「特に異常はありませんでした」と報告し、任務を完了する。