#23 同じ眼
イベントが中止となったため表彰されたわけではないが、事件の解決は一応俺とフォッシャの手柄ということでアグニオンのカードを手に入れた。
面倒な事件だったが、お目当てのカードを手に入れた嬉しさにおもわず「ドゥフフ」と変な笑い声がでてしまった。
「エイトさん、アグニオンゲットですね! さすがの有言実行です」
有言実行? ハイロにそう言われて自分の表情から余裕が失せていくのがわかった。俺はそんなやつじゃない。残念ながらな。
期待や評価は嬉しいが、果たしてそれに応えることができるほど本当に俺は優れたカードゲーマーなのだろうか。
「エイトさん……?」
「あ、いや……。MVPはフォッシャにとられちゃったけどな」
というか途中からもうTTRPGどころじゃなかったし。
「えっへん」とフォッシャは胸を張る。MVPの報酬はトリックカードと賞金だ。俺が手に入れられなかったのは残念だが、御前試合の戦力にはなる。
「ミジルも、キゼさんとエイトさんの活躍をみて、すこしはカードゲーマーへの考えを改める気になったんじゃないですか? カードは誰かを助けることだってできるんです」
「……ふ、ふん。まあまあらしいわね」
ハイロに突然話しかけられてミジルは驚いていたが、すこし嬉しそうだった。
でも、たしかにハイロの言うとおりだな。カードは誰かを助けることができる……か。
「ローグが動ける状態でよかったよ。フォッシャの力が役に立ったな」
俺が褒めると、フォッシャは鼻を高くして、
「いやぁ。それほどでもある」
「さすがです」
ハイロも彼女を讃える。ミジルはなんのことだろうという表情を浮かべていた。ハイロはいつものおっとりした感じではなく、やけに気分が高揚しているようだった。
「さっきの試合をみていて、心が震えました。ここ最近、カードが楽しくてしょうがないんです。私、やっぱり……カードが好きです。今日のことで改めてそう思いました」
カードが好き、か……。いつだったか『カードを愛しすぎる者はカードにおぼれる』なんてフォッシャに言われたっけ。好きだからこそ、つらいときもある。俺はそんなことを考えてしまう。
「ミジル。私、試合がんばりますから。応援にきてくださいね」
「わかった、わかったよ……」
ハイロの言葉に、しぶしぶという感じでミジルは返事をする。
「エイトさんに、言うことがあるんじゃないですか?」
ハァ、とミジルはため息をついてから、
「スオウザカ。……カードゲーマーとしてはなかなかのようね。でもそんなんじゃお姉ちゃんにはまだまだ不相応だわ!」
「あ、ああ」
事件の解決に一役買ったのを、評価してくれてはいるんだろうか。
「勘違いしないでよ。あんたもカードゲーマーも、認めたわけじゃないから。妹として、姉に無様な試合をしてもらいたくないだけ。大会まで時間はあるから、せいぜいハイロの足をひっぱらないようもっとうまくなることね。いい?」
なんなんだこいつは、と内心思ったが、すこしは見直してくれたようなので黙っていよう。
それにミジルのいうことにも一理ある。もしあの少女のようなレベルの選手が出てきたら、難しい大会になってくる。もっとヴァーサスの理解を深めないと。
ちょうど、さきほどの少女が館から帰ろうとしているところと出くわした。たしかハイロに聞いた話では、キゼという名前らしい。
近くに寄るとさらによくわかる。やはりこの人、おそらく相当な腕だろう。カードの触りすぎで爪がすり減っている。そして身にまとっている空気に独特の圧がある。
この感覚、おぼえている。真の強者と対峙したときの言い表しがたい集中状態。
すれ違いざま、俺は彼女の横顔と一挙手一投足――歩く所作さえ凝視していたが、彼女は澄まし顔でこちらを一瞥もくれることなく通り過ぎていった。
「エイト~あの子のこと気になるワヌ?」
誰かの声がして、気がつくとフォッシャが肩に乗っていた。
「え、あ、ああ……」
フォッシャはなんとなく聞いた、というような感じだったが俺は急に声をかけられたことにしどろもどろになってしまう。
「なあ、ハイロ。今の子も御前試合に出るのか」
「出る……というウワサはあります。しかし彼女はプロですから、信憑性は低い情報ですが……。エイトさんも気になるんですか?」
「ウワサは知らなかったけど、なんとなくカードゲーマーの勘がな……」
「なんの話ワヌ、エイト? さっきの人のこと?」
「あれレベルが出るなら……楽には勝たしちゃくれないだろうな。……」
「は、ハイロとエイトがそろってるワヌよ? きっと勝てるワヌ」
「…………」
返事のない俺をフォッシャは見かねて、
「……ね、ねえハイロ?」
「……キゼーノ・ユーディットガウス選手。彼女は、初出場にして五大マスター大会のひとつ聖札究道杯を準優勝した新星……いま勢いのある、マスター大会制覇に最も近い若手と言われています。……なんでもカードだけではなく理数系の学問にも通じていて、学者としても優秀だとか……」
「プロなんだとさ」
「プロ!? なんでプロがアマチュアの大会に出てくるワヌ!?」
「さあね……」
「ただのウワサですから、あまり気にしてもしかたないですよ」
「どうかな。……もうすこしレベルアップしたほうがいいかもしれない、俺たち全員」
彼女が出てこないとしても、万が一彼女クラスの選手がでてくることを想定すると、楽観的にのんびり構えているわけにはいかなくなってくるだろう。
それにしたって、あの少女のことを俺は気にしすぎだ。だが自分でも制御できない。
今朝の胸騒ぎは、キゼーノという少女との出会いを予感していたのではないかと思うほど自分が耽溺しているのがわかる。
あの夢の映像と音が、また沸き起こって甦ってきた。
[さあ対するは『無敗の新星』スオウザカ・エイト選手だァァ!]
そうだ。彼女から感じる違和感の正体がわかった。どうしてここまであのキゼーノという存在が俺の精神をかき乱すのか。
彼女はかつての俺と同じ目をしていた。
よく似ているんだ、本気でカードゲームをしていた頃の自分に。