#19 ムキになる三人
部屋のなかを探していると、館の地図を手にいれた。
それに沿って移動している途中、またアグニオンに出くわす。現在GMからの情報によれば機関勢力が進行度ではリードしているようだ。急がなきゃな。
さきほど資料室でハイロが魔法カードを見つけていた。彼女が使ってみたところおもいのほか強力で、アグニオンを簡単にあと少しで倒せるところまで追い詰めた。この戦闘も楽に終わりそうだ。
残念なことにイベントの戦闘では全く役に立たないのでじっとしている俺に、なぜか横から光の粒の群のような魔法攻撃が飛んできた。たまたま外れたが、飛んできた方向をみるとミジルがいた。
「おまえ今わざと俺に攻撃当てようとしただろ!?」
「さぁ。勝手にそうなっちゃったんじゃん?」
「……なあ、俺を認めないのはいいけど、やけにカードゲームを毛嫌いしてるのはなんなんだ?」
「は? なんでそんなことあんたに言わなくちゃなんないわけ?」
こ、こいつ腹立つな。こいつと一緒にいると俺のなかの女の子のイメージが崩壊していきやがる。
しかしこらえるんだ俺。おちつけ。ここでプレイングをミスったらケンカになってしまう。
「ハイロは本気でカードを――」
「うっさいのよこのバカードゲーマー!」
俺が言い終わる前に、俺の言葉などききたくもないという風に罵倒を浴びせてくるミジル。
ハイロがみかねて、
「口は災いの元ですよ、ミジル」
「ちょっ、みんな、ゲーム中ワヌ!?」
戦闘そっちのけでムードが悪くなる。しまった、余計にミジルを怒らせてしまったか。まだ説得は早かったらしい。やはりコミュニケーションというやつはカードゲームみたいにうまくはいかないか。
ミジルは声を荒げ、拳を握り締めていった。
「カードなんて大っきらい……カードなんてただのチマチマした暗いあそびじゃん」
おま!? なんてことを……!?
ミジルの言い方は冗談などではなく、かなり怨念のこもっているような様子だった。
おそるおそる後ろを振り返ると、ハイロがだまってうつむいていた。無表情にみえるが落ち込んでいるのではなく、沸き起こる怒りを無理やりおさえているかのようだった。
「あっ、ハイロ……」
ミジルもそれを察したか不安げな声を出すが、ハイロは淡々と身をひるがえし「いきましょうエイトさん」とふだんどおりの調子で言った。だがこんな状況だからこそ、いつもどおりの声というのがより恐ろしく感じる。
「なにマジになってんの? ねーもう無視しないでよ……」
ミジルがそうやって反省の色をみせても、ハイロは全く意に介さない。いよいよ最悪な雰囲気になってきた。
うわぁ、うわわぁ……! どうすんだこれ、姉妹ゲンカしにここにきたわけじゃないぞ。
その後もミジルはハイロの周りをうろついて話しかけていたのだが、ハイロは反応するそぶりさえ見せなかった。
ハイロは気心しれた妹相手とはいえ、決して無視をするような冷たい人間じゃない。妹だからこそあれだけ怒っているのか。今ここいる人間は、それぞれ形は微妙に異なるとはいえカードになんらかのかかわりのある者ばかりだ。それを前にしてあの発言をした妹に、姉として怒っているんだろう。
俺にも責任の一端がある。カードが苦手な人だってそりゃいるさ。なのにムキになってしまった。なにか良い方向に持っていこうとしたことが裏目にでてしまった。もっとうまく話せていれば。
そんなことを考えているとフォッシャがトコトコと近づいてきて、
「エイト、なんだか嫌な予感がするワヌ」
「そんなもん見ればわかる。どうにか仲直りしてほしいけどな……」
「いや、そうじゃなくて……」
「ちょっと話をしてみるよ」
俺たちの最後尾にいる、ばつのわるそうな表情をうかべているミジルに、話しかけようとした時だった。
「なぁ、ミ……」
ミシ、というような静かな音がした。一瞬、何が起きたかわからなかったが、床が抜けて落下し、視界が暗闇へと移っていく。ミジルがやったのではない。落ちる寸前向かい合ったときの驚愕の表情がそれをものがたっていた。
すぐに底はみえた。だがこのまま床に激突したら体を痛めるおそれがある。俺は『ポッピンスライム』という魔法を使い、下に緑色の大きなボールを出現させそこめがけて落ち、直撃はまぬがれる。
反動で宙にバウンドして跳ね上がったあと、受身をとろうとしたが床が暗くよくみえなかったため、けっこう強めに背中を打ってしまった。それでも多少のオドの加護とやらのおかげか、すこししびれと痛みがあるくらいの軽症ですんだ。
落ちたさきは殺風景な広部屋のようだった。ミジルはスライムボールにバウンドした後うまく着地して、特にケガはなさそうだった。最初に王都で会って蹴られたときも思ったが、ミジルは恐るべきほどの身体能力を持っている。
「あーあー。なんなのこのボロ屋敷は……」
呆れるように言ったミジルにつられて、俺も上をみあげた。俺たちの立っていたところのあたりの床に穴があいている。かなりの高さだ。人間がジャンプして届く距離ではない。
「とりあえず、救出を待つか、出口を探すか、だね……」
俺はロールプレイングするのも忘れてそう言い、フラッシュのカードで辺りを照らす。部屋がずいぶん見やすくなった。フラッシュは意のままに光の量を調節できる、本当に便利な魔法だ。
小学校の体育館倉庫のような、ほこりっぽい匂いがする。隅にはドラム缶サイズの大きな鍋だったり、西洋風の騎士の鎧があったりと、物置のような場所らしい。
扉らしきものをみつけたので駆け寄り手を伸ばすと、木片がダーツのようにどこからか飛んできて俺の指の数ミリ先をかすめて扉に突き刺さった。
「どういうつもりなんだよ」
「わかるでしょ? 嫌いなのよ、あんたもカードも」
オドの法則とやらがあるこの世界では、そもそも戦闘行為は許されていない。ハイロたちの話では、冒険士など特別な資格のあるものだけが特別できることなのだそうだ。
それをわかっていて攻撃してくるとは。ミジルのカード嫌いは相当なものがあるらしいな。
「それで脅しか。暴力にはオドの天罰とやらがくだるんじゃないのか」
「無能にしてはよく知ってるじゃない。そうね。でもそれが私の覚悟。痛い思いをしたくなかったから姉から手を……」
彼女がそう言う後ろで、なにか大きな影が動いたのがみえた。目をこらすと、城のようにゴツゴツした巨大な人形が、ミジルを今にも攻撃しようと腕を振り上げているのがわかった。
「あぶねえ! うしろ!」
ミジルは背後に気づいていない。俺は急いでフラッシュのカードを持ったまま『セルジャック』のカードを切った。肉体を強化して移動速度をあげ、ミジルを抱きかかえる。この魔法は使うと筋肉痛がひどいことになるのでできれば使いたくないのだが、そうも言っていられない。
「なっ――」
俺がいきなり抱きついてきたことと巨大な人形の存在に二重で驚くミジル。しかしわずかに人形の振り下ろした大きな拳のほうが早く俺たちの頭上におりてきて、俺はすかさず回避しながら片腕を伸ばして『ポッピンスライム』を発動し盾にする。
スライムボールの盾は破裂したがわずかな時間稼ぎにはなり、ミジルに攻撃はあたらなかった。しかし巨人の拳はそのまま床の板を叩き割り、その衝撃で飛んできた木片やら瓦礫やらが俺の手をかすめていった。さらに、『ポッピンスライム』は破壊されたことによって破れて消滅してしまう。
手に軽傷を負ったが俺はかまわずに、距離をとってからミジルを立たせる。
それにしても俺もいつのまにかこういう荒事に慣れてきた。最初の頃はバタバタ慌てるだけだったけど、この世界で生き残るために順応してきたんだろうな。
改めてみるとあの人形、なんなんだいったい。ゲームのなかの敵じゃない、本物の脅威。動きはあまり早くなくゆっくりとこちらに向かってくる。
「これは……オートマトン、機械人形ね。どおりで気配が……私としたことが油断したわ」
冷静に言うミジル。性格は似ても似つかないように思えるが、真面目な表情をしているときの横顔はハイロに似ている。
「それよりどうする? これはゲームじゃない。いったん逃げたほうが……」
俺の言葉など気にせずに、ミジルは堂々と一歩前に出て、巨大な機械人形のほうに手をかざした。
すると機械人形は突風に押された紙のようにバランスを崩して軽々と後方へ吹き飛び、壁に衝突して、腕や足をばらばらにして床にくずれていった。
なんでもないという風に手をパンパンとはたく目の前の少女。ローグやハイロといい、どうなってるんだこの世界の女性は。いやラトリーは俺と同じ一般人だから、この人たちがなにか特別なのだろうけど。