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カードワールド ―異世界カードゲーム―  作者: 勇出あつ
王総御前試合編
90/170

#18 詩片

 廊下にでると、怪しげな霧とともに敵モンスターが出現した。といってもホンモノではなくゲームのなかの演出だ。そのモンスターはフォッシャより一回り大きいくらいのサイズで、紫と紺色を基調とした奇妙な姿かたちをしていた。だがグロテスクでおぞましい形相、というわけではない。よくみるとかわいらしいポップなデザインのお化けという感じなのだが、それでも館の暗い雰囲気のせいでホラーな空気を醸しだしている。

 こいつがイベントクリア報酬のカード、『アグニオン』。黒魔術を得意とする闇系統のウォリアーカード。


 報酬なだけあって、ゲームの中にもかかわってきたか。

 カード界隈での評価は高くないが、こいつは御前試合のルールでなら活躍できるんじゃないかと俺はにらんでいる、今日一日を無駄にしないためにもほしいカードだ。


[戦闘するか逃げるか、自由に行動を決めることができまス]


 俺はGMに戦闘の意志をつたえる。手にダイスをかまえ、思い切り投げた。


「イベントMVPとクリア特典カードは、この俺様がいただかせてもらおう!」


 ダイス、つまりサイコロを振って数字の大きい目が出ればより大きな成功となる。この場合相手に攻撃してよりダメージを与えることができる。


[ソーサカ・エイツォ。カード戦闘値1。1×3で敵に3のダメージ]


 ぺしっというような音がなり、アグニオンにダメージが入るが、まるで痛がってもいない。


「は!? 俺カード戦闘値低すぎないか!?」


[カード値はさいしょにランダムで決まりまス]


 ふ、ふざけやがってこのテニスボール。


[フォッシャ。カード戦闘値6。6×4で24のダメージ。敵をたおしましタ]


 倒したとはいうが、アグニオンは霧のように消えていっただけでまた後で復活しそうな感じだった。


 フォッシャは勢いよく飛びあがって、


「やったぁ! フォッシャってばすごい! 」


「すごいですね、フォッシャ。能力値6は最高値ですよ。ほ、褒めてるわけじゃないですけどね」


「オドに……愛されているのかもしれないね……フッ」


 ハイロに褒められても、すかした態度をとるフォッシャ。お前のなかでキオクソウシツって、なんかかっこいいとかそんなイメージなんじゃないだろうな。


 アグニオンが消えたあとに、カードが1枚落ちていた。これもゲームのなかだけのもので、イベントのなかで使えるもののようだ。


 パンフレットの説明によれば、このイベント用カードを使って戦闘を有利に進めたり探索のヒントを得ることができるようだ。


 ランダムカードと書かれており、なにが起きるかわからない。誰が使うかということで話し合い、俺が使えることになった。

 ここから逆転だ。このカードに賭ける。

 カードを使ったが、すぐには変化がわからない。しかしハイロたちが俺に向ける表情が、だんだんと笑顔に変わっていく。


「エイト、なんか動物の姿になったワヌ……!」


[スカ・カード。魔法でパジャマ・タヌキの姿になってしまった。プレイヤー・ソーサカの行動速度とすばやさが1になりましタ]


「1って最低値じゃねえか……! ちくしょう……! ちくしょう! MVPが遠のいていく……! なぜだ、なぜこの俺が……」


 しかもゲームの中とはいえこんなあられのない姿に……!

 まじめに地に手をつくほど悔しがってる俺をみて、ローグとミジルは我慢できないというふうに噴きだす。


「フォッシャはその姿けっこうかわいいと思うワヌ!」


「え? あ、そ、そう……?」


 顔を赤くして、露骨に照れる俺。


「あのアグニオンのカードが、エイト……エイツォの目的なんですね」


 とハイロが声をかけてきて、


「ああ。入手するためにはこのイベントをクリアしないとなんだけどな」


「アグニオンとはいいところに目をつけたわね」


 ローグがまだ笑いをひきずりつつも優しげな表情と言葉を向けてきたのに、俺はすこし驚きつつ、


「わ、わかるか? 御前試合に使えると思って」


「ええ。あなたはカードを見る目はなかなかのものだと思うわぁ」


「て、照れるな……あ、いや、まぁこのくらい当然だ」


 妙にむずがゆくなって、ニヤけを抑えられない。この時ミジルと目があってしまい、俺のニヤケ顔に対しあきらかに侮蔑ぶべつの表情を向けてきたので咳払いでごまかす。


「ローグもミジルも、ロールプレイングすればいいのに! 楽しいワヌよ! 特にローグは表情がいつも硬すぎるワヌ! こうして……」


 そう言ってローグの背中にはりつき、しっぽでわき腹をくすぐるフォッシャ。さすがのローグもくすぐりは効くのか、聞いたことがないような声で笑い出す。


「ちょっ! あはっ……」


 普段は大人っぽい落ち着きがあるから彼女が18歳ってきいたときはおどろいた。けどこうしてゆるんだ姿をみてると、たしかに歳相応の女の子なのだろう。僕は歳相応とかえらそうなこと言えるほど女の子とかかわったことないんだけどね。


「さわり心地よさそうだよね。ちょっと失礼」


 ミジルがローグの背中からフォッシャをひょいと取り上げて、彼女の毛並みを撫で回す。


「あの……私もちょっと抱かせてもらってもいい?」


 とローグにきかれ、フォッシャはちょっと恥ずかしそうに答える。


「い、いいけど……」


 なんだか良くも悪くも俺たちの周りにいつのまにか人が増えた。

 基本的にはフォッシャが惹きつけてるんだよな。好かれやすい明るい性格だからなのもあるんだろうけど、ローグとはまたちがう変な魅力があるというか。そういうのもなにかオドが関係してるんだろうか。


 イベントを進めなければならないので、ハイロを誘って先に進む。

 書斎のような部屋に着いた。ここだけ壁が白く、比較的明るい。

 ハイロと俺の前にもうひとり先客がきており、本をひらいて窓辺の壁に背をもたれて立っていた。


 うれいのある表情を浮かべた、聡明そうめいそうな少女だった。独りでいるが、落ち着き払ったたたずまいは妖美ようびでミステリアスな空気があり、絵になる。「天の使徒たる愚者ぐしゃは」と彼女は声をあげて、しゃべりはじめた。



 天の使徒たる愚者は 詩片となり親愛なる者の前から去る

 別れさえ夢のせせらぎへと消えていく

 尊敬し愛する者は いつも心の中に



 彼女の声が響いたあと、また静寂せいじゃくがおとずれた。

 いい詩だな、と素直に感心するが、なぜこの人は詩を読み上げているのかと俺たちは困惑する。


「別れさえ夢のせせらぎへと……」


 自然と俺は詩のことばを口ずさんでいた。なぜかズキリと胸が痛んで、思わずそのあたりを手でつかむ。


「なかなかいい言葉だな。今のは詩か? どういう意味なんだ?」


 少女は質問した俺を一瞥いちべつすると、何も答えずに本を持って部屋をでていった。

 詩を詠んでるのを邪魔しちゃったかな。


「いまのは詩篇の一説ですね。

 世界に破滅もたられし時

 天の慈悲により罪深き生命は封じらるる

 もろくはかない詩片に

 ……という有名なものです」


「あんたそんなのも知らないの?」


 遅れてやってきたミジルがここぞとばかりに嫌味を言ってくる。


「カードのことばかり勉強してきたからな……ふっ」


 それにしてもさっきのあの少女、何者だったんだろうか。普通の人間ではないような気配だった。この感覚、ずっと前にもどこかで感じたような気がする。

 ふとハイロのほうを見ると、彼女もなにか考え込んでいるようだった。


 ただの勘違いかもしれないけどな。もしかしたらそもそも参加者ではなくて、あのテニスボールGMと同じゲームのなかだけのキャラなのかもしれないし。

次回の更新→5月30日木16時半ごろ

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