#16 カードイベント
あたりがだんだんと暗くなり始め、不安感を煽るようなしずかな音楽が流れはじめる。すると広間の奥の舞台から老齢の男性があらわれ、綺麗に一礼した。
「みなさまお待たせしました。『古の洋館』シナリオイベント、開催時刻となりました。ゲームの準備のため、いましばしお待ちを」
白髪にくわえてあの格好は、さながら偉い家に仕える執事かなにかのようだ。なんだか雰囲気あるな。
会場もいよいよ盛り上がりをみせ、拍手が起きたり話し声が大きくなったりした。
「呪いのカードを探すはずなのに、どうしてイベントに出てるのかしらね」
「まあまあ。なにかあったときのために強いカードがあったほうが心強いだろ」
ローグのいうことはもっともだが、うまくお茶をにごす。
「それに……チャンスだ。ミジルにいいところをみせて、御前試合で優勝できるって証明する、な。連れ帰りたがってるみたいだけど、こっちもハイロは必要な戦力だからな」
「ハイロは帰るつもりはないでしょうから、ミジルをなんとかしなくてはでしょうね。連れ帰ろうとするだけならまだしも、なにか邪魔してこないといいけれど。彼女、ハイロがカードゲーマーをやってること自体、あまり気に入らないようだから」
「心配してくれてるのか? ローグまで参加するとは意外だったな」
「監視のためよ」
肩をすくめて言うローグ。人の多いところでは顔を隠す彼女だが、今日もストールを巻いて顔の下半分を覆面にしていた。
気のせいか、さいきん彼女は協力的なアドバイスをくれるような。
基本的に研究室では、俺がフォッシャの練習相手になって、ローグはハイロとやっていることが多い。フォッシャの相手をするのも楽しいのだが、ローグは実力者なので、対戦の機会があればなと思う。
どれくらいの実力か知りたい。そのうちボードヴァーサスで手合わせしてほしいのだが、なかなか言い出すチャンスもない。
この気持ちに嘘はつけない。カードに複雑に思いはあるが、やはり俺は簡単には切り捨てることができずにいる。
前に見たむかしの夢、デイモンさんとの試合は今ではいい思い出だ。だがあれからほどなくして、俺がカードを引退するきっかけとなった出来事が起きる。
カードのチカラのおかげで今この世界でもなんとかやっていけている俺だが、それでもあの時の想いは忘れることができない。
その時のことまで思い出してしまい、暗い気分を変えるために今日このイベントに参加したという経緯がある。
舞台の上で、さきほどの執事のような格好をした老人が手をかざすと、俺の左の手首に奇妙な紋章が浮かびあがった。
「このマジックサインに触れれば中断、こすって消せばすぐにゲームから離脱できます。また、離脱するとGMに宣言すればそれでも可能です」
この紋章の魔法は単にゲームのシステムに関わるというだけではなく、視界を補正する効果もあるようだ。
さきほどまでボロかった内装がすこし綺麗になった。しかし不思議と雰囲気はさらに陰鬱となり、現実には無いはずのところに物があったりと錯覚的な映像がみえている。
なんというか、実際に見ている映像を微妙にゲームの世界のものへと変更させている感じだ。
「めずらしい魔法だな。視界が変わってる」
と俺がつぶやくと、
「ここはいわゆるイベントスポットというものね。ちゃんと公的に許可をとってしか使えない魔法があるのよ」
とローグが丁寧におしえてくれた。こんな親切なやつだったっけ。
元々折り合いの悪いローグだからというのもあるけど、なんだか女性に優しくされると不安になってくる自分がいるな。
王都で手に入れたパンフレットを取り出し、ルールを確認し読み上げる。
「それぞれの勢力の成功条件達成でクリア。GM・ギャラリー・スタッフとプレイヤー投票によってMVPが決定する。ロールプレイングしたり活躍するとギャラリーやGMからの評価も高まる、とさ」
「ロールプレイングってなんワヌ?」
「ようするに、ゲームの役になりきって進めていけばいい、ということじゃないでしょうか。いつも遊んでるボードゲームと基本はおんなじですよ」
「ああ~。なるほどなるほど」
ハイロの説明にうなずくフォッシャ。絶対わかってないだろおまえ。
まわりの人たちもなにか雑談を交わしたりしている。知らない人たちばかりだが、経験者が多いのかホラーチックなイベントなのに皆たのしそうに、和気藹々(わきあいあい)としている。
執事の人がいなくなったかと思いきや、代わりにテニスボールのような奇妙なマスコットのような生き物の映像が宙に出現する。
どうやらこれがGMというゲームの進行を担当するキャラクターだそうだ。人間が操作しているのか、それとも魔法の力でコンピュータのように自動式に動いているのかまではわからない。
そのマスコットの立体映像は、淡々とこのイベントゲームのなかのあらすじや、時代背景などを語る。
GMの語りによると、このイベントははるか昔の『世界の破壊者』と呼ばれた魔神を倒した勇者たちの伝説の物語を踏襲している。
聖獣神や精霊王の力を借り、まさしく頂上決戦の戦いによってなんとか封印したそうだ。
[しかし、千年後魔神の力を利用しあらゆる時空、異世界を掌握せんとする狂人があらわれた。
機関により、彼を討伐するため捜索隊が組まれたが見つからない。
そのなかで狂人の破棄した施設とおもわれる館が見つかり……
あなたは、
1お宝のウワサをきいて迷い込んだトレジャーハンター、もしくは道に迷って困っている一般人
2討伐あるいは調査にきた特殊機関
3どれかのフリをした魔物に乗っ取られた人間
のどれかである]
「俺はトレジャーハンターだな」
自分の役をつぶやく。自分の役に関する詳細の情報が、自分だけには見えている。他の人もそれぞれ役が割り振られているはずだ。
語りが終わり、いよいよゲームの時間となった。ほかのプレイヤーたちも、ぞろぞろと動き出す。
移動するまえに、もういちど時代の背景をおさらいしておこう。そういうところになにかヒントはあるかもしれない。
「えっと、大昔に『世界の破壊者』って呼ばれてたモンスターがいて、それを復活させて利用しようとしたやつがいて、っていう時代のお話なんだよな」
「有名な古代の詩の一節ですね」
ハイロが教えてくれる。彼女のカードに関する知識量には、本当に敬服する。
「世界の破壊者って……そんなすごいモンスターをよく倒せたな」
素直に感嘆した。本当なら大した話だとおもう。俺なんて完全復活じゃないゼルクフギアに、フォッシャの力と審官のおかげでギリギリなんとか抑えられたようなものなのに。
「昔の話なので本当にあったかもわかりませんが……その時代はいまよりオドの制限がきつくなく、古代魔法などの強力なカードが跋扈していた、と言われていますね。それでかと」
ふーん、と相づちをうつ。オドの制限がきつくない、か。どうも物騒な時代だったんだろうなとそれを聞いただけで想像がつく。制限のゆるい環境では強カードの殴り合いになりがちだからな、カードゲームも。