真理追究<リサーチ>カード⑥
紅茶を飲みながら、昨日のできごとを思い出す。
あれは泊まっているホテルでのことだった。偶然、スオウザカとミジルが廊下でなにか会話しているのを見た。
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ミジル。ハイロの妹だけあって、雰囲気はどことなく似ている。しかしあの体捌きといい、あれだけの闘気を秘めている者は王都やラジトバウムにもそうはいない。あれがウワサに名高い名門武家ウェルケンの次期当主か。
彼女はどうやらハイロを連れて帰りたいようで、スオウザカをチームのメンバーとしてふさわしいのか品定めしているようだ。私にはあまり関係のないことだけれど、こうタイミングが悪いとミスター・スオウザカも気の毒にと思う。
私は物陰にかくれて、ふたりの声に聞き耳を立てる。
「あんた、調べたら精霊杯を棄権したそうじゃない。精霊杯って規模は小さいけど、由緒正しい大会でしょ? 私でも名前を知ってるくらいよ。その準決勝を辞退するって……失礼にもほどがあるでしょ」
「それは……」
「病気だとか、なんか事情があるならしょうがないでしょうね。でも棄権した次の日ぴんぴんした状態で街を歩いてたとか。あんた何考えてんの?カードファンの間じゃ、カネ目的で出たカードゲーマーの風上にもおけないやつって、もっぱらの批判の的よ」
「……俺にも色々あるんだよ」
そう。フォッシャの力のことはあるけれど、スオウザカエイトも出自があきらかではなく、行動が不審なため妙に信用できない。
「多少カードの腕には自信があるみたいだけど。オドへの敬意はない。歴史の知識もない。カードファンからの評判は悪い。大会は勝手にサボる。そんなんでどうして御前試合に出ようとしてるのか、不思議なくらいね」
「……たしかにまだまだなところはある。だけど、ハイロの力が必要だ。この大会には勝たなきゃいけないんだ」
「どうしてそこまでこだわるの? カネ? 名誉? 悪いけどハイロはあんたみたいのが近づいていい子じゃないから」
「……言えない」
「は? なにかあるんじゃないの? どうして言えないわけ」
「……特別な事情があって、話せない。でも言えることは……俺は……カードで誰かが傷つくのを見たくない。だからずっとがんばってる。だからこの大会に勝って、やらなくちゃいけないことがある」
「…………」
「これから挽回してみせる」
「…………なにソレ。カードゲーマーってよくわかんない」
それ以降、気になる話は聞けなかった。
カードで誰かが傷つくのをみたくない、ね。それでムリして自分が傷つくことにならないといいけれど。
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「どうだった? 今日の授業参観は」
ハイロが帰ってきたところを出迎えて、話しかける。
「楽しかったです。素敵な学び場でしたよ。だけど……」
意味ありげに目線を遠くにやるハイロ。私は目を細める。
「いえ、ちょっとあって。王総のお孫さまが、秘密の宝部屋とかいうのを探して行方不明になってしまって、ひと騒動あったんですよ。あ、でも、フォッシャさんとエイトさんのおかげで、大ごとにはならずに済んだんです」
「……そう、あのふたりが」
ルシャヴィン様がカード好きのイタズラっ子だということは聞いているから、ありえる話だろう。
しかし秘密の宝部屋ときくと、どうしてもむしろミスター・スオウザカたちが悪だくらみを考えていたのではないかと疑ってしまう。
「はい」
そう頷くハイロは、いつもどおり素直に答えてくれる。
「……ハイロ。あなたはどうして彼らを手伝えるの? フォッシャの力は世界を揺るがしかねない……危険だとはおもわない?」
「……たしかにフォッシャさんの力は……特別だと思います。危ないとも……だけどフォッシャさんの力が、だれかの助けになることもあるんじゃないかって思うんです。
悪にも善にも転びえるからこそ、私が見守ってちゃんとした道にいけるよう支えてあげたいんです。……二人はカードを通してできた、たいせつな友達だから」
彼女の声は透き通っていて、その横顔はまさしく可憐だった。
強い想いを感じる。これほど純粋なカードゲーマーもそうはいない。彼女はまだまだ伸びて、いつかは私を越えていくのだろう。
「ローグさんが一緒にやってくれたら、頼もしいのですが……」
さすがにその言葉には、今は困り笑いすらうまく返すことができない。
悪にも善にも転びえるからこそ、ちゃんとした道に。
彼女の言葉が頭のなかで響く。
王総からの褒賞は、まだ解答を先延ばしにしている。
あのふたりの希望をかなえるべきかもしれない。そもそも受け取る権利は彼らのものだ。
――情にほだされてしまったことは否めない。
彼女たちが一生懸命がんばってきているのを見てきたから、心のどこかには彼女たちに協力したいという気持ちがある。
彼女たちの心は善に寄っている。
私に導けるのだろうか。彼女たちが光を見失わないように。
彼女たちの道を照らすことが、私にできたら。
二人への贈り物をどうするかは、もう決まった。
きっと喜んでくれるはず。
私もまた、微笑んで祈ろう。あの二人にオドの加護があるようにと。