#35 結闘
結闘の舞台は、街のはずれにあるラジトバウム遺跡跡。
大昔、ここは精霊のみやこだったらしい。
とはいえ、瓦礫や雑草、わずかに崩れかけの塀のようなものが残っているばかりの無残な場所で、今ではその面影はない。
「あんたのファンばっかりだな」
結闘場所までは町民も知らなかったはずだが、ギャラリーが数十人ほどあつまっている。
おそらく予め目星をつけていたのだろう。エンシェントはその特性上、できる場所は限られている。
エンシェントがオドによって許可されている場所をスポットというらしい。
このラジトバウム遺跡跡もそのひとつなのだろう。
「気になるようなら全員どいてもらうけれど?」
手をひろげるマールシュ。そのしぐさの優雅さはさながら舞台女優だ。試合前でも余裕があるな。
影スライムのことで俺をオドの反逆者とかいうのと疑っているようだが、それは見当違いだ。
戦うことでそれが証明できるなら、そうしてやろうじゃないか。
俺のカードの実力が知りたいだって? ああいいだろう、見せてやるよ。
「いや。これくらいの逆境、心地いいくらいさ」
俺は左腕の包帯を外し、荒れ果てた地面に投げすてた。
カードを引き放ち、肺が破れんばかりにさけぶ。
「ドロー!」
この世界でもドローは、デッキからランダムにカードを手札に補充する行為だ。
俺が最初に召喚したウォリアーは、『アクスティウス・キッド』。
鬼のような外見をしているが、子どものモンスターだ。剛体に毛むくじゃらで、小さなおもちゃの斧を装備している。
すばしっこい上に、攻撃力も高い。スピードのあるマールシュに対して、悪くない引きだった。
手札も良く、俺はアクスティウスと武器強化トリック『魔法の付け焼刃』で、序盤から攻勢に出た。
マールシュは冷静に、防御にすぐれる『毒ヘドロ・ガイ』という泥人間を召喚。アクスティウスの攻撃を受け止めた。
エンシェントはターン制ではなく常にリアルタイムに試合が進んでいく。俺は立て続けに氷の魔女、テネレモを呼び出し、場を整えた。
「氷の魔女レコード『バブルスノウ』!」
ひとつの氷の玉が敵に向かっていく。相手も効果を知っていたのか、毒ヘドロを前に出し対応してきた。
バブルスノウは敵陣で炸裂する砲弾のようなものだ。ウォリアーカードに二回も当たれば確実に破ることができる。
それなりに強いのだが、スキル使用にかかるオドコストも高く使い勝手がいいとはいいづらい。
毒ヘドロでなんらかの防御系スキルを使ってくるのかとも思ったが、カードの耐久力任せに身代わり防御させただけだった。
だが冷静な、いい判断だ。
スキルにしろカードにしろ、なんでもかんでも連発すればいいわけではない。オドコストの上限というのがあって、一試合のうちに使えるカードや、発動できるスキルの数には限りがある。
基本的に強力なカードほどオドコストがかかる。よく考えてカードを使っていかなければならない。
カードを出し渋っても一気に攻め込まれてしまうし、使いすぎてもあとでガス切れしてほとんど手も足も出なくなってしまう。
仕掛けるタイミングと敵の戦術を読むことが肝心だ。
マールシュが次に出してきたのは、『スケルトン・スター』。あのカードはたしかハイロ戦でも使っていた。
小さな骸骨の分身たちをミサイルの雨のように飛ばしてくる。攻撃の威力が極端に低く一見大したことはないが、この攻撃にあたるとウォリアーカードは毒状態になり、だんだんと疲弊していく。
おそらく通常のボードヴァーサスであれば攻撃力を毎ターンごとに下げるといったスキルなのだろうが、このエンシェントでは毒状態はスピード、威力、耐久、あらゆるパフォーマンスが落ちる。
イヤなカードだ。これを打たれるとできる対応は一箇所に固まってテネレモの薮盾で防ぐか、散らばってそれぞれ避けるか。
だが、マールシュという一流の使い手に対して、戦形を崩したくはない。なにかその隙に一気に攻め入られる可能性もある。
俺はあえて氷の魔女レコード・バブルスノウをもう一度発動し、今度は空中で爆散させた。できる限り毒ミサイル攻撃を撃ち落とす狙いだった。
目論見はうまくいき、残り数発ほどのミニ骸骨たちを、俺たちはなんなくかわす。
それにしても、マールシュのデッキ構成は面白い。毒とか骸骨とか……意外と変わったカードが好きなんだな。
俺の表情をみてマールシュは俺の考えを悟ったらしく、
「一見無骨に見えるカードたちよねぇ。だけどその中にはたしかな美しさがある。そうは思わない?」
ふっと微笑を浮かべ、次には黒い霧へと体を溶かしていった。
――まずい! あのカードの対応策は、まだ整っていない!
こんな序盤からあいつの手札に霧が揃うとは、運がない。
どうする、誰を狙ってくる。俺への直接攻撃の可能性が高いが、テネレモはすぐ近くに置いてある。
マールシュの剣といえど一撃なら、薮の盾でなんとか凌げなくはないはずだ。
――いや、待てよ。当然マールシュも薮の盾のことは知っている。
いくら俺の剣が未熟だと知っていても、、あえて盾のあるこちら側に突っ込んでくることってあるのか?
もしかすると、氷の魔女、それかアクスティウスどちらか1枚を破るのが狙いか。あるいはこうして迷わせるのが狙いかもしれない。
逆に考えろ。俺がヤツの立場だったら……あんな瞬間移動じみたことができるのであれば、接近戦に強くない氷の魔女を狙う。
近づきさえすればマールシュの方が勝る。
「ッ避けろ!」
間一髪俺の意思が早く届いた。氷の魔女は突如背後にあらわれた黒い雲の存在にいち早く気づき、そこから飛び出してきたマールシュの剣撃を横っ飛びで紙一重交わした。
ドゴォン、とものすごい轟音が響いた。マールシュの剣は地面をえぐり、小さなクレーターになっている。
爆風で氷の魔女がフィールドの端っこまで吹き飛んでいく。
マールシュは顔をあげて、フッとこちらを見て微笑んだ。いい判断ね、と言わんばかりに。
己の顔の横あたりに剣をかまえ、こちらに矛先を向けてくる。
この気迫……! そしてこの強さ! 的確にこちらの手を潰しにかかる頭脳!
競技は違えど、俺が昔戦った歴戦のカードゲーマーたちと変わらない手応え……
いやそれ以上か……!?