#33 どんなに手札が悪くても
「取調べってどれくらいかかるんだろうな?」
俺は半ば諦めた心持で、疑問を口にした。
「さあ……」
ハイロの声も同じく弱々しい。
「フォッシャとハイロだけでも、ほかの町にいってカード探しを続けてくれ。どうもマールシュがにらんでるのは、俺のことっぽいからな」
「先に逃げろってことワヌか?」
フォッシャの問いを、俺は無言で肯定する。
「ど、どうしてですか。取調べっていったって、ちょこちょこっとお話して、それで終わりですよ、きっと」
「たぶん俺はすぐには離してもらえない。……フォッシャならわかるよな」
俺は自分の右腕を掴む。
オドの反逆者とかいうのに心当たりはないが、オドの法則を守ってきた覚えもない。
どうにかして強く生きていこうとあがいてきたけど、もう観念して、流れに身を任せたほうがいいのかもしれない。そんな気さえ、沸いてきたときだった。
「心配いらんワヌよエイト!」
「は?」
「マールシュはエイトのカードの実力が知りたいみたいだったワヌ。だから見せ付けてやればいいワヌ。フォッシャが応援すれば、オドも味方してくれるワヌ」
「いや……俺はたぶん、すぐ降参すると思う」
俺の弱気な発言に、ハイロは目を丸くしておどろく。
「え!? 戦わないってことですか……!?」
「負けても逃げても同じ結果なら、最初から戦う必要ないだろ。わざわざあんな化け物じみた強さのやつと戦って、もし審官のカードを失ったらばからしいしな。なぜかあいつは俺とヴァーサスしたがってるみたいだけど……」
「で、でも勝つ確率がないわけじゃ……」
「たぶんあいつには……勝てない。ふつうに戦ったんじゃ、勝ち目はない」
「なっ!? やる前からあきらめるとは何事ワヌか!?」
「わかるんだよ、こういうのは!」
「……試合前から勝負を捨てるのはカードゲーマーとしては恥ずべきことです」
そんなきれいごと、聞きたくもない。
きれいごとでどうにかなるなら今こんなに困ってないって話だよ。
「エイトさんの中にも誇りがあるはずです。どんなに手札が悪くても勝利をあきらめたくない、そんな誇りが」
俺は苛立ちを抑えきれずに、舌打ちして乱暴に扉をひらき、研究室から飛び出した。
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通りを歩いていると、だんだんと冷静になっていき、フォッシャたちに乱暴な態度をみせたことに罪悪感が沸いてきた。
心なしか、町の人たちの俺を見る目がおかしい。以前は怪しむような視線を送ってきたのに、今はあきらかに軽蔑の眼差しを向けてくる上、俺を見かけるたびになにかヒソヒソと噂話をはじめる。
それとも、気が立っているせいで俺が自意識過剰になってるのか。
わかってる……俺は……
マールシュに疑いをかけられて、フォッシャやハイロに迷惑かけることは、そりゃ悔しいさ。どうにもできない。
だけどなにより、マールシュには勝ち目がないと、あきらめた自分に苛立ってるんだ。
かしこく生きるためには棄権は正しい判断だった。トリックカードを無駄に浪費せずに済んだ上、召喚カードも売り物としてでもなんでも、とにかく残しておける。
だけど心の中には、挑むべきだったと責めてくる自分がいる。
路地裏で、俺はなにをするでもなく空を見上げていた。
聞きなれた声。フォッシャとハイロの声がきこえる。
俺を追いかけてきたのかもしれない、と思った。なんだか申し訳ないというより、自分が情けなくて恥ずかしい。
俺は顔を合わせることもできず、壁に背中をつけて表通りに耳を傾ける。
もうひとつ男の声がして、なにかハイロたちと話しているようだった。
「いや、見てねーな……。だがローグ・マールシュと結闘するんだってな。知り合いから聞いたぜ」
ちら、とわずかに壁から顔をだして見ると、予選で戦ったジャン・ボルテンスが居た。
「ウワサになってるワヌか」
「まあなんつーかスオウザカエイトは注目されてたしな。オドの加護が少ないのに見事な勝ちっぷり。ミラジオンから生還した男なんて異名までついて……しかもこの俺様に勝ちやがった。良くも悪くも、カードファンの中じゃけっこう有名だったんだろ」
町の人の俺を見る目が冷たくなった気がしたのは、勘違いじゃなかったのか。
「だが特にローグ戦の棄権は、完全に悪い影響を与えたな。ファンの人なら怒るのもムリはねーぜ。神聖な儀式を辞退したんだからな」
神聖な儀式だって? そんなこと知ったことか!
俺は、俺たちは、生きるので精一杯だったんだ。他の人がどう思おうが関係ないんだ。
「なあ、お前らスオウザカの知り合いなんだよな。ならなんか訳を知ってたら教えてくれよ」
「エイトさんは……フォッシャさんのカード探しのために参加しただけなんです。だから……」
「でも棄権したのは、カードを壊されたくなかったから。か?」
「それは……」
「あいつには俺も期待してたのに、ガッカリだぜ……。町の人もみんな言ってる。『あいつはカネにカードゲーマーの魂を売った』ってな」
返す言葉もなく、俺は壁に背をもたれ、地面に視線をおとした。
「エイトは……エイトは……」
フォッシャの声は、震えていた。
「困ってるフォッシャを助けてくれたワヌ。一緒にカードを探すのも、手伝ってくれたワヌ。ボーっとしてるけど、カードが好きで……その人たちもあんたも、エイトのことをよく知らないからそんなことが言えるワヌ! エイトは……エイトは、誰よりもカードと友達のことを思ってる、フォッシャが会ったなかで一番のカードゲーマーワヌ!」
その言葉に、俺は心が締め付けられるような思いになる。
「そのわりには敵前逃亡してるみたいだけどな。果たし合いは明日の昼だっけか。どうなるか楽しみにしとくぜ」
「エイトは作戦練ってるんだワヌ! 見とくがいいワヌ! ぜってーマールシュなんかボコボコにするワヌ!」
そう言ってくれるフォッシャの期待に、できれば応えたい。
だけど俺は唇をかみ締めて、その場から逃げることしかできなかった。
次回の更新→あした4月17日水17時ごろ