#31 棄権
「ハイロお姉ちゃん、おつかれさまです。お怪我はありませんか?」
ぺこ、とラトリーは一礼する。俺たちは関係者通路で、ハイロのことを待っていた。
「ありがとう。大丈夫だよ」
いつものハイロだが、どこかその笑みには覇気がない。やはり少なからず敗戦のショックがあるのだろう。
どう声をかけていいかまったくわからなかったが、カード初心者のラトリーとフォッシャの存在が、いい方向に働く。
「かっこよかったワヌよ、ハイロ!」
「はい! 私もカードのことはあんまりよくわかりませんが……ハイロおねえちゃん、すごく真剣にがんばってました!」
二人の屈託のない態度につられて、ハイロも照れたように微笑んだ。
さすがにすぐに立ち直りはできないだろうが、案外こういう素直な言葉のほうが心の疲れを癒してくれるものなのかもしれない。
「二人とも、ありがとうございます。エイトさんも、応援してくださって、心強かったです」
「ハイロって人気があるんだな。けっこう応援してる人がいたぞ」
「こう見えても私、いちおうタイトルホルダーなんです」
「タイトル? ほかの大会で優勝したことがあるってこと?」
「はい。小さな大会の、ですけど……」
「すごいな……! あれだけレベルの高い試合ができるわけだ」
「いえ……ローグさんには、その上をいかれてしまいました。噂にたがわない……実力の持ち主です」
「ハイロはよくやってたよ。後からならなんとでも言えるけど、『フンワリラプター』と『フライツリー』で攻撃をしかけたとき、トリックも併用してもっと力をかけてれば、勝機はあったのかもな」
つい俺は言わなくてもいいことを口走る。こんな試合の反省は、後でやればいいことだ。
言った後で、わざわざ試合後に指摘することはなかったなと内心気まずくなる。
「……はい……。わたし、いつもそうなんです……あとちょっとってところで、迷ってしまって」
案の定、ハイロは少ししゅんとなる。
「そこでエイトさんの試合を見て。すごいなって思ったんです。あの逆境での強さ。私にもそれが身につけられないかと思って」
逆境での強さ、か。そんなの本当に自分にあるのか疑わしいけどな。
たとえばこの異世界にきたときもフォッシャやハイロ、いや町長さんとラトリーにだって、もし会っていなかったら今頃どうなっていたことか。
ハイロはもう友達であり仲間だ。俺はさっきの失言の分をなんとか取り返そうと、精一杯気の利いた言葉を考えた。
「また強くなってリベンジすればいい。俺でよければいつでも練習相手になるよ」
「かっこつけすぎワヌ」
「わあ……ありがとうございます!」
ハイロの表情は、すこし明るくなったように思う。それと見て俺も安堵する。
「エイト……ハイロの前だと頼もしいワヌね」
「う、うるせえやい」
ラトリーが彼女の祖母と一緒にお昼のお弁当をつくってくれたらしく、みんなで食べることになった。
関係者しか入れない中庭に椅子と机が何個かあり、日当たりも良いためそこに場所をきめる。
庭は園という感じに整備されていたが、芝以外には自然が多いわけではなく虫の心配もないため過ごしやすかった。おそらく参加者の休憩スペースとして最初から設けられていたのだろう。
まさかのハイロも豪勢な3段弁当をつくってきてくれたそうで、かなりの量になってしまったが、フォッシャが大食いなのでなんの支障もなく完食した。
「味は問題ありませんでしたか?」
ラトリーの問いにフォッシャも俺も大きく頷き、
「ごちそうさま、ラトリー」
とお礼の言葉を添えた。ラトリーは嬉しそうにすこし顔を赤くして、
「……包丁さばきはメスさばきのいい練習になりそうなので……また作ります」
目線は逸らしていたが、照れている様子でかわいらしかった。
「あ、あの。私の方は……」
聞きずらそうにしているハイロにも、俺たちは感謝と賞賛の言葉を送った。
というか、食べている間もずっとおいしいおいしいと何度も伝えたのだけど、それでもまだ不安だったらしい。
「よかったぁ……」
安心したのか、涙目になっている。目元をこするハイロを見て、試合に負けた悔しさが今きたのだろうか、とも思い、すこし胸が苦しくなった。
「ラトリーちゃん、お料理上手ですね。これは強力なライバル出現でしょうか……」
「え? えっと……」
「フォッシャ的には、料理のうまい友達がふたりもいて、すごい幸せワヌ」
「いつものモフモフのお礼です」
ラトリーは照れ笑いをしながらフォッシャの頭を撫でる。
たしかに一番得してるのは特に試合もしてないのにご馳走にありつけたフォッシャだろうな。
料理は俺がいた世界と同じくらい、高いクオリティがある。食材もたぶん厳密には植物も動物もちがうのだろうが、見た目はほとんど変わらず、味もおいしい。ちゃんとしたとても良いお弁当だった。
二人の腕が良いのもあるとは思うが、もしかしたら料理作業に使える便利なカードがあって、それでこれだけしっかりしたものが作れるのかもしれないな、と俺は推察する。
俺は箸を置いて、水筒で水を飲んでからふとつぶやいた。
「それにしてもだいぶ賞金もかせげたよな。審官サマサマだぜ。これでカード探しの旅も、すこしは楽になりそうだな」
「……エイト、その……」
フォッシャが珍しく言いづらそうな様子で、
「なんというか、けっこう無理やりカード探しに付き合わせちゃったけど、本当にいいワヌか……? 嫌じゃないワヌか? エイトはなんだか、もっとカードの道に向いているような気がして」
「いいさ。俺はエンシェントはあんまり向いてないよ」
俺は正直に、あっけらかんと言い放つ。
「そうワヌか?」
「それになんか、楽しいんだよ。今の感じがさ……だからイヤじゃない」
俺は審官のカードを出現させ、手に取り見つめる。
「俺、カードが好きだったんだ。……ここに来てからずっと忘れてた」
「ここのところ、フォッシャたちは生き残るので必死だったワヌもんね」
「……俺が昔やってたのは、ゲームとしての、遊びとしてのカードだったから……こんな命がけのカード遊びをしなきゃならないのは、今でも戸惑うよ」
正直なところ、俺は怖いんだ。
自分や仲間が傷つくことも。自分の好きなカードが誰かを傷つけることも。カードが傷つくことも。
別に善意だけでフォッシャのカード探しを手伝うわけじゃない。ハイロとフォッシャがいるおかげでなんとかなってはいるが、人よりオドの加護とやらが少ない俺は怪我をしやすい。冒険士の仕事は、ひとりになったらいつまで続けられるかわからない。
フォッシャたちといる間にもっとこの世界のことを知っていく必要がある。
この大会での目的は優勝することじゃない。それは自分でもわかってるはずだ。
「そうだな、ここらが潮時かもな」
「潮時って、なにがですか?」
ハイロの問いに、俺は一拍置いてから答えた。
「賞金をかせぐって目的は充分果たしたし……棄権しようかなって」
「ええ!? せっかく準決勝に進出したのにワヌ!?」
「ど、どうしてまた……」
ハイロもフォッシャも、当然驚いている。ラトリーだけは、そうなんですか、という感じできょとんとしていた。
「俺たちの目的は、カードを探すことだろ? 精霊杯に出てる選手で、フォッシャの探してるカードを持ってる奴もいないみたいだしな」
「エイトは……それでいいワヌか?」
「ああ。本戦出場を決めたときからこうするつもりだったから、なんの問題もない」
正直に言うと、打算もあるけどな。
マールシュはレベルが違いすぎる。あんなデタラメなやつとやったら、何枚カードが破られるかわからない。
カードだけじゃない。俺の命だってあぶないぜ、あんなのと闘ったら。
「ケガ……しないんですか?」
なぜ、残念がる、ラトリーよ。
次回の更新→4月15日月17時ごろ