#30 精霊杯の王者
俺たちは研究室にもどり、、いつものようにお茶をしながらカードの戦術などについて話した。他の参加者が使っていたカードで気になるものはあったかなど、ハイロとのカードの話は盛り上がりすぎていつも話題がつきない。
「プロなんてのがあるんだ」
「はい。この精霊杯も伝統ある由緒正しい大会ですが、プロが出るものはもっと規模が大きいです。世界中から、腕に覚えのあるヴァルフが集まってくるんですよ!」
興奮気味に教えてくれるハイロとは対称に、俺は興味ないという態度を出す。
「ふーん……」
「エイトさんはプロのヴァルフに興味があるんですか?」
「まさか。あんなルール危なっかしくてごめんだね」
「そ、そうなんですか……もったいないですね……」
「どんくらい稼げるの?」
気になったことだけ、とりあえずは訊いてみた。
「うーんどれほど……かは人によるのでわかりませんね。ただプロになれるほどの腕前なら、一生遊んで暮らせますよ」
「そんなに!? すごいな」
「目指してみたらどうワヌか?」
フォッシャはそう言うが、どうもそんな気分にはなれない。
「うーん。俺は遊びでやれればいいよ」
「そうワヌか? エイトはカードが好きだとおもってたワヌ」
「カードは好きだけどさ……決闘ルールじゃ自分も闘わなきゃいけないじゃん。めんどくさいよ。危ないし」
「プロでも、闘えない人はいますよ。自分を守るデッキ構成にすればいいだけです。その分、カードが破られる確率は高くなるので、かなりの技術がもとめられますが……」
「……いいよ俺は。アマチュアルールでさ……」
俺の好きだったカードゲームとは違って、この世界のカードには使用限界がある。使えば使うほど耐久が減っていく。闘うほどに、カードとの別れが近づいていくんだ。
カードを破られたくない。怪我をするのだっていやだ。
ここまで生活やフォッシャのカード探しを手伝うためにがんばってきたけれど、正直言ってエンシェントルールは俺には向いていない。
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いよいよトーナメントも終盤が近づき、それにつれて観客の数も増えている。
注目の一戦らしく、会場のボルテージも高い。
Aブロック3回戦、ハイロ対マールシュ。
どうも俺と試合時間が被っていることが多いのか、マールシュの試合をちゃんと見るのは実はこれが初めてだ。
だがかなりの猛者だというウワサはきいている。カード、そしてプレイヤー共に、まだ一度もダメージを食らっていないとか。
ラトリーも応援に駆けつけてくれた。ハイロなら大丈夫だとは思うが、あまり残酷な試合にならないと良いなと俺は願う。
いよいよ試合がはじまり会場は熱気に包まれる。
これだけ周りがうるさいと、やっているほうも大変だろう。俺のときはあまり注目されていないのか、会場はかなり静かで、客の入りももっと少ない。だがそのほうがむしろ集中できてありがたかった。どうせ応援もされないだろうしな。
試合は序盤、ハイロ優勢だった。切り札のトリックカード『底なしチョコ沼』や、特殊な効果をもつ『四つ羽のヤタガラス』でマールシュを翻弄し、自由を奪っている。
ハイロのほかのウォリアーカードも、空中でたたかうタイプのものが揃っていた。
あえて地面を魔法で荒らして敵の行動を鈍らせ、自分は制空権をとって確実に攻めていくというのが狙いなのだろう。アグレッシブに攻めて押している印象だった。
事実、この大会で初めてマールシュにダメージを与えた。相手カードにも攻撃が刺さり、間違いなくハイロが押していた。
いい勝負だったが、状況はやがて変わっていった。
そのハイロが試合前警戒していたのも今ではよくわかる。
マールシュはまさにエンシェントの結闘士だった。
ハイロの猛攻をものともせず、かろやかにかわしている。そよ風でも浴びているかのように涼しい顔で、だ。
マールシュはなにか黒い雲か霧のようなものに身を隠し、一時的に瞬間移動するような魔法を使っていた。あれでは攻撃も当たらない上に、いつのまにか移動されてハイロが背後をとられている。
カードの名前や効果はわからない。カードショップでも見たことがない。
俺はヴァーサスで賞金を稼ぐと決めてから、かなりカードの勉強をした。どれだけの数カードの効果を把握しているかは、カードゲームにおいてより重要だからだ。
それでもあの黒い霧のカードのことは全く知識がない。もしかしたら俺の『宿命の魔審官』のように、未知のカードなのかもしれない。
このままでは分が悪いと見たハイロは、接近戦へと切り替えマールシュとの距離を縮めた。
良判断だった。俺がハイロでもそうしただろう。
だがハイロのウォリアーカード、『フンワリラプター<綿鳥>』と『フライツリー』が攻撃をしかけた時、まさにその時だった。
後から動いたはずのマールシュが、カードよりも早く動きその2枚の胴を叩いて壁際まで吹き飛ばした。
マールシュの剣撃は爆発といってもいい威力だった。いや現に爆発魔法のようなものが発動しているようにも見える。俺は目の前の光景を疑わずにはいられなかったが、どう見てもハイロのカードは舞台の端で倒れている。
トラップでもなんでもない。マールシュはプレイヤーである自身の力技で、カードを撃破したのだ。
気づけば、俺は席から立ち上がっていた。
――ふ……ふざけろ! カードと同等……それ以上の力を持つ人間がいるのか!!?
あるのか、そんなこと……!
信じられない……だがあいつにもオドの限界はある。
あれだけの威力を出すなら、魔法の力も相当使っているはずだ。無敵というわけじゃない。
やつはたしかに恐ろしく強いが、ハイロは目の前の力技よりやつの戦略を警戒しないといけないだろう。
そこからはマールシュが一気に攻勢に出た。
またしてもあの黒い霧化でハイロの後ろをとる。
さきほどまでコウモリの姿だったはずのカードが、黒いマントを羽織った牙を持つヴァンパイアの少女へと変身し、ハイロのカードを攻撃し始めた。
ハイロも負けじと『ルプーリン』という小さなかわいい妖精のようなカードを出した。だが攻撃力もあまり高くないうえ、この状況を打破できる特別な効果を持っているわけでもない。これは苦しいな。
エンシェントルールではカードは場に全部で5体まで出せるそうだが、5枚だしたからといって優位にたてるとは限らない。スキルも併用すればオドのコストも大量にかかるため、上手な運用が必要となる、らしい。俺は審官を出せば勝てるという強カードゲーで勝ち上がってきたため、ハイロに教えてもらうまでエンシェントのルールはよくわかっていなかった。
続けてハイロは、トリックカードで鎖を出現させ、ヴァンパイアの動きをいったんは封じたが、あの黒い霧を攻略しない限りはマールシュを捉えきることはできない。
時間によって底なし沼の効果も切れて発動は終了し、ハイロのアドバンテージは失われた。
ハイロが体勢を建て直す前に、マールシュは好機を逃さずに次々とカードを召喚させ、あとはジリ貧だった。
ハイロでも……倒せないのか。