#73 御前試合決勝戦<ファイナル>-5
まだ使うのは早いかもしれないと思っていたが、ノコウがコマンドの可能性もある。ここは迷わず攻めてリードをとらなければ。
「攻めるぞ! 【壁に目あり<ウォールベリーアイ>】」
一時的に片目の視力を失う代わりに魔法の目が壁をつたって、ふつうなら見えないものまで見通せるようになる。できればチャンスの場面で使いたかったカードだが、向こうもなんらかの方法でこちらを監視している以上同じ条件に持っていきたい。
俺の号令にあわせて、ローグもカードを切る。
「専門家にまかせるとしましょうか。『マシーナリードール<機工師機械>』!」
無数の手と工具をもつ不気味な操り人形が召喚される。このカードは機工師すなわちメカをいじる専門家だ。機械を回復することもできるほか、逆に機械を分解するのもお手の物。ゼラフィム、アポロンのようなタイプに特効がある。
センのチームがよくつかう光類のカードには機械族も多い。この決勝にそれが来るかは賭けではあったが用意してきて正解だった。相手が強カードばかり持っているなら、一か八か特効にかけるのもひとつの手だ。
「趣味のわるいカードを……! ですが近づけなければスペシャリストもどうということはありませんわ」
それに合わせて俺もトリックを使う。
「たしかにそうかもな。だが専門家には支援が必要だとよくいうだろう。【オド遠隔改造プログラム】!」
この魔法は本来味方のロボットなどに対する装備系のトリックのコストを下げる効果を持つ。いくつも強化を重ねていくという戦術に使われる、ややニッチ、悪く言えばあまり強くはないカードだ。だがエンシェントでは遠くにいる敵もしくは味方にも改造魔法が使えるようになるという隠された力がある。
マシーナリードールと組み合わせれば遠距離特効ウォリアーの完成と言うわけだ。
マシーナリーがトンカチやドリルガンを軽く振り回すだけで、勝手にアポロンとゼラフィムにダメージが入っていく。
「ほんらいなら大したことのない攻撃も特効ならかなりの痛手になる。オカルトハンターにやられた分をそっくりお返しさせてもらうぜ」
ゼラフィムとアポロンがひるんでいる隙に、ハイロもさらに氷の魔女をだして猛チャージをかける。
「氷の魔女アドバンス【凍てつく吐息<サインオブウィンター>】」
風・水類以外の敵の攻撃力を下げるわざだ。アポロンのレーザー、ゼラフィムの攻撃がわずかに衰える。マイナス効果は味方にも多少影響が出るが、ゼラフィムの火力は抑えておきたい。一発のあるカードだ、もろにくらえば消し飛ばされる。
妖精の森は氷の魔女のちからをも強化し瞬時に木々に雪化粧を被せた。ハイロはさすがの形勢判断ですかさず魔女の氷魔法を放つ。
直撃だった。マシーナリーと凍てつく吐息で動きののろくなっているゼラフィムにもろに当たった。破りまではいかなったが、確実にダメージが入った。
ひょっとするんじゃないか。俺も乗じて追撃を放とうとしたが、認識は甘かった。
「これは……」
壁の目をとおして、ゼラフィムの傷がみるみるうちに癒えていくのがわかった。ノコウが自分のスキル【再生】を使っているらしい。
「ちょっとやそっとの傷じゃ効果がうすそうですね。特にあの防御の固いゼラフィムでは、相当な深手を与えないと」
「……あのカードから倒すのはむずかしそうだな。だが後方に押し戻すことはできた。ハンターを最優先のターゲットにしよう。チェイスを集中的に狙って分断させる」
ノコウの回復スキルは厄介だが基本的には至近距離でないと使えないのはわかっている。ゼラフィムを後退させた今が妖精の森の地の利を活かして攻め込む好機。
だがそのノコウは相性が悪いと判断したのかゼラフィムを一旦さげ、代わりに謎の魔法使いをだしてきた。ハイロが情報を教えてくれる。
「あれは……たぶん『シャンバラの使者』だと思います。初めて見ますが、たしか臨機応変に数多くの魔法をつかえるタイプのウォリアーだったはずです」
すぐにそのシャンバラの使者が森に火をはなったようで、俺たちは後退を余儀なくされた。これで森エリアはもう活用できない。
となりの神殿エリアへと戦線がうつっていく。
どういうことだ? さっきの呪文封じといい、なにか妙だ。ノコウがクイーンにしては対応の幅が広すぎやしないか。
センがコマンドだと思っていたが、まさかノコウがそうなのか。そうだと仮定してやつがまだほかにもウォリアーを隠し持っているならこちらのとるべき策も変わってくる。
それにしても代わりに入ったシャンバラの使者は、ゼラフィムに負けず劣らずものすごい火力のカードだ。かぎられた範囲とはいえ森を一瞬で火に包むのだから、魔法使いとしてはトップクラスの力があるな。
たしかセンとノコウの傾向として、元大会覇者のコピーデッキを元にアレンジして使うことが多いって情報だったな。そのことからある程度対策を練ってきたけど、こいつら俺たちが予想していたのとは違うデッキコピーをこの決勝にもってきやがった。
エンシェントに関してはハイロの方がくわしい。俺にとっては相手の編成はほぼ全く目あたらしい布陣だ。この一戦のために本命は完全にとっておいたようだな。
それだけ彼らがレアカードを何枚も持っているということの証左でもある。こうもぽんぽんと強カードをつかわれては苦しい。無理は承知で巫女に頼んでうちもすごいウォリアーをそろえておくべきだったんだろうか。
いや、と俺は思いなおす。
カードには力がある。工夫次第でこの状況をのりこえることもできるはず。そして俺のカードにしかできないこともある。
センがそろそろ騒ぎをききつけてここに来るころだ。
それにしても遅いような気がする。
いや、あるいはこのちかくのどこかにいて、俺のことも見ているのか。そう仮定すると抜群のタイミングでの呪文封じも論理があう。
ノコウが見えていなくて、俺のことが見えていた角度。それを考えるとおのずと相手のつかったカードもしぼりこめてくる。
俺を視界にいれていた敵ウォリアーはオカルトハンターの一体だけだ。
「見てるな、セン」
やや間があいて、近くからセンの声がする。
「あれ、ばれちゃった? さすがだなぁ」
姿は見えない。まるでオカルトハンターが言葉を発しているかのようだ。
「【視界共有<ミッション&ビジョン>】か。これ以上ないってくらい貴重なカードばかり持ってるんだな」
「キゼーノを倒した相手に出し惜しみなどするはずないだろ。強いカードをそろえることも、カードゲーマーの実力のひとつだと思わないかい?」
「強さにもいろいろあるさ」
「どうだろうね。とにかく、もう呪いのカードはないんだ」
センはまた新たなカードを切ってきた。色白の不思議な服装をした少女が召喚される。まるで神話にでてくる天使のようだ。その少女が喋るかのようにセンはおそろしく落ち着いた声で、
「本気でやろう」
と言った。