#60 信じる心
次の日。俺とフォッシャは昨日の地区を視察し、問題がないか見て回ってから闘技場に向かった。
ローグたちの応援ではない。ほかの試合のデータ収集だ。フォッシャはもう宿に戻ったが俺はこのあいだ買ったメガネをつけて、ほかのチームの試合を観戦した。
このブロックにはもうめぼしい相手はいない。油断は禁物だが、ミジルをヴァングに起用した三回戦は難なく勝つことができた。見立てではこのまま勝ち上がるはずだ。
その帰り道、ボーっとしながら歩いていると、どこかで見た顔がみちばたに腰掛けてうなだれているところに出くわした。
街にはいつもどおりの喧騒と活気があふれていたが、その子どもは景色からひとり浮いていた。
名前はしらないが会ったことがある。前にサインを求められたが、タイミングが合わずこたえてあげられなかった男の子だ。
地べたに座って、まだ幼いのにひどく落ち込んでいるように見えた。なにかあったのだろうか。俺は以前の経緯から素通りできずに、声をかけた。
「ねえ、君。前にサインが欲しいっていってたよね」
男の子はゆっくりこちらをみて、次にはおどろいていた。
「エイト選手……」
「あ、でも書けるものがなにもないな。スリーブでもいいかな?」
ふところから予備のスリーブを出して、1枚に名前を書いて渡してやる。今日はたまたま試合の記録をつけるのに筆記用具をもちあるいていたのでペンはあった。
「あ、ありがとうございます」
男の子はうれしそうに見えた。が、すぐにまた、表情がすこしくもった。
俺はこういう時深入りするような性格ではない。けど、特段いそいでるわけでもないので話をきいてみることにした。
きくと、どうやらカードゲームで強いカードを持ってるやつにコテンパンに負けたらしかった。それでおちこむ気持ちはわかる。
デッキをみせてもらうと、たしかにレアなカードはすくなく正直なところお世辞にも強いデッキとは言いがたかった。
ヴァーサスのパワーバランスはかなり戦術とプレイヤーの腕に依存する部分が大きく、カード自体の力の高低差はあまりない。が、やはり強いレアカードは高価で入手は困難であり、そうなるとお金のある人の方が強いデッキをつくりやすくなってくる。
それでも工夫次第ではレアカードだらけのデッキを封じることもできる。カードゲームでは状況次第で強いカードが役に立たないときもあり、その逆で弱いカードが活躍することもあるからだ。
しかしこの子はそもそもカードをあまりそろえられていないようだった。
「どうですか?」と、男の子が自分のデッキについての意見をもとめてくる。
「あまりカードを揃えられてないみたいだな。なにか事情があるのか」
「うん……お母さんがあんまりカード、好きじゃないから……」
そういう話かい。そうなってくると、俺にはどうすることもできなくなってくるな。
俺はぼりぼりとうしろ頭をかいて、
「そうか。むずかしいところだな。まぁカードゲームってやつは、やたらトラブルを呼ぶからな……ハッハッハ」
ちらと男の子をみると、俺のジョークはくすりともウケなかったらしい。
「それでも君はやりたいの?」
たずねると、男の子はこくとうなずいた。
まあそうだよな。
俺も元々はカードコレクターだった。けど全部のカードをあつめるなんて、そうカンタンにはいかない。今だってそうだ。レアカードなんてなかなか手に入らない。だからこそ彼のつらさは自分のことのようにさえ感じた。
「なかなか手にはいらないよな~。レアカードってやつは」
「ねえエイト選手、どうしたらもっといいデッキがつくれますか? そうだ、エイト選手のおすすめのカードを教えてよ! がんばっていつかそろえるから!」
男の子は期待するように目をかがやかせて言う。
「強いカードがあれば……あいつを見返してやれる」
小さくそうつぶやくのが聞こえた。
俺は通りに視線をもどし、どうしたもんかと考えた。たしかに俺は長くカードをやってきたから、多少は教えられることもある。この子が適当にカードを買うよりかはいい選定もしてやれるだろう。
だけど……
「よし。おすすめのカードは、これだ」
俺にみせられたものをみて、男の子は目を丸くしてきょとんとしていた。意味がわからない、というような目を俺にむけてくる。
俺が差し出したのは男の子のデッキだった。
「君が強いカードをそろえて見返したいやつに勝ったとして、今度また相手がもっと強いカードをもってきたらどうなる? それに勝ててもまた同じことの繰り返しだ。それは……本当の勝利じゃない。自分の使いたいカードで勝てたら楽しい。楽しいからつづけられる。カードゲームってそういうものなんじゃないかな」
自分でもこんな言葉がでてくるのは意外だった。あらためてそんなことを考えたことはなかったけど、いざ説明しようとするとたしかに俺はそういう風に思っている。
「自分のカードを信じることが大切なんだよ。どんなカードにも、意味はある」
そう言われたところで、今は強さをもとめているこの子が落胆するのはわかっている。デッキを受け取ったあとも、彼は自信なさげにうつむく。
俺はたちあがって、
「ときどきでいいなら、俺が練習相手になる。すこしは教えられることもあると思う」
それときいて、暗かった男の子の表情がみるみる明るくなっていくのがわかった。彼も立って、「よろしくおねがいします!」とお辞儀をした。
なんだろうな。なぜだか胸が痛い。自分のカードを信じることが大切? どんなカードにも意味はある? 自分は本当にカードを信じてやれているのか。
そんな疑問が頭をよぎる。
それからカードショップに寄って、男の子とカードの練習をした。
次回「呪いのカードゲーム」更新→あした9時ごろ