#55 災厄の専門家?
「退院おめでとう」
その日、キゼーノが部屋をたずねてきてくれた。私服は黒っぽい茶のローブをまとっていて、知的な雰囲気だった。
「ああ。ありがとう。送ってくれたシップがきいたよ」
「さあ、なんのことかな」
しらをきるキゼーノ。病室に差出人不明のシップが届けられたが、詩の書かれた手紙がついていたのですぐにだれかはわかった。
俺は本題をきりだす。
「それで、流行病が呪いのカードとかかわりがあるんじゃないかってことなんだけど……」
「うむ。この書物をあずけに参った」
そう言って、彼女は鞄から皮で綴じた分厚い手帳を渡してくれた。
「災厄や呪いのカードに関することがまとめてある。役に立つはずだ」
受け取ってさっそくひらく。呪いのカードのことが詳細に書いてある。判明しているものについてはかなり研究が進んでいるようだ。
俺が手帳に目をとおしている間キゼーノはしゃがんでじっとフォッシャと向き合っていた。彼女がフォッシャの鼻先にゆっくりと人さし指を伸ばす。フォッシャはなにも言わずそれをペロとなめた。
キゼーノは舐められた手をハンカチで拭き、たちあがる。
「本来呪いのカードは20年に一度あらわれるかどうかのような存在。もし今回の件もそうだとすると、いよいよ異常な事態になってくる。なにかが起きているといわざるを得ないだろうな」
キゼーノはすこしうつむいて、神妙な面持ちで言う。
まだ確定したわけではないがこの王都にいきなりなんの脈絡もなく呪いのカードがポンと出現するのは理不尽だ。キゼーノが警戒するのと同様、俺もいやな予感はある。なにか黒いものがまとわりついてくるような、そんな感覚だ。
「……だれかが持ち込んだかもしれない、か?」
俺の問いにはこたえずキゼーノはこちらを見て、
「武運を祈る。では失敬」
「えっ。手伝ってくれないのかよ」
「ほかにもやらなければならないことは山のようにあるのだ。専門家だろう? その件についての調査は貴様にまかせる」
「いや専門家じゃないんですけど……」
「なにかあれば連絡せよ」
キゼーノはそういうなり去っていった。
「お茶でも飲んでけばいいのにねえ」
フォッシャが言う。だがたしかに急いでいるようだった。まあカードゲーマーはせっかちなやつがやたら多いからな。こっちもうかうかしてられない。
まだすこし体はいたむが、車椅子なしでももう歩ける。
ラトリーが巻きなおしてくれた腕の包帯をさわったり、手をうごかしてみる。問題はなさそうだ。
二回戦勝利のお祝いということで、みんなでローグのおすすめのスポットにいくことになった。
ラジトバウムにもあったような眺めのいい丘だった。王都の街を一望できる。
「三回戦もがんばりましょうね!」
「負ける気しないわ」
「フォッシャも特訓の成果みせたいワヌ」
仲むつまじく話しているミジルたち。露店で買った綿菓子やアイスを食べている。その横でローグと俺だけ笑顔はなかった。
「ラトリーは? 学校?」
ラトリーの姿がみえないのでたずねた。せっかくのお祝いだからついてくると思ったが。
なにか用事があるらしいわとローグが教えてくれた。
「それで、話は?」と彼女がきいてくる。
俺はフォッシャをこちらにくるよう呼んでから、用件をはなしはじめた。
「王都のコタニーラ地区で伝染病が流行してるらしい。倒れるほどの高熱が出て、治療法もみつかってないとか」
「ふうん……変ね。オドの加護があるから、めったに病気ははやらないはずなのだけど。呪いのカードかもしれないというわけね」
「ああ。これからすぐにでもしらべて、場合によってはフォッシャの力を使う」
「フォッシャの力、ね」
ローグはぽつりとつぶやくように言い、
「本来カードはただのオドの魔法のかたまりにすぎない。それはウォリアーとて同じ。あくまでオドの破片がカードの姿を取っているだけ。つまりそれが意思を持って動くということは……
フォッシャの力はカードに命を吹き込む力だと仮定できる
オドの制限をはるかにこえた力だわ」
彼女の言葉に同意の感情しかない。理屈は不明だがそう考えるのが自然だ。フォッシャもうんうんとうなずく。
「エイト、いま王都の護衛部隊があなたのことをかぎ回っている」
「なんだよそれは」
「あなたのまわりで不可解なことが起きていると、おそらく見ているんでしょうね」
「……いつぞやのロ……」
「言っておくけど、私は関係ないわよ」
「……」
「カードを実体化する力なんて、言われるだけじゃだれも信じはしないでしょうけれど……悪く受け取らないでね。危険な力であることにはちがいない。くれぐれも、人目に気をつけて」
「りょーかいワヌ! エイトがポカやらないようにフォッシャがしっかりやっとくワヌ!」
そりゃ俺のセリフだよ。
「フォッシャ、TRPGのカードで変装しておきなさい。あなたは特徴をおぼえられやすい」
そう言ってローグはフォッシャにカードを手渡す。同時に人気者のローグは街中で素顔をさらすことになってしまうが、フォッシャを目立たせないほうが先決か。
「それと、新しい力のほうもむやみに使ってはだめよ」フォッシャの頭をぐりぐりと撫でまわすローグ。
「わかってるワヌ」
「こっちはなんとかやってみる。ローグは御前試合のほうを頼む」
「ええ」
そこで別れ、俺とフォッシャは病気がはやってるらしい地区へと向かう。
次回「伝染病の調査」更新→あした14時ごろ