#50 偵察とファン
そういうわけで車椅子で大会へ、二回戦の相手を偵察しにきた。
観客席からは会場中央の巨大ビジョンから試合の経過をみることができる。が、ほとんどの人は舞台の上の霧にうつしだされる複数の視点からの映像をみているようだった。
霧の空間のなかで選手たちは試合をしている。彼らの喋る音まではきこえないが、魔法による爆音や破壊音は会場の外までひびくほど大きかった。
だがそれをかきけすほどに観客たちの声も大きい。なにかあればすぐに歓声が沸き起こる。俺たちの試合のときもこんな感じだったのだろうか。
「でかいよな、このなんとかいう闘技場。テーブル……って呼ぶんだっけ」
「ベレキスラ・テーブルですね。王都にはカードファンが大勢いますから、それだけ大きい会場になったんだと思います」
この試合に勝ったほうが二回戦の相手となる。油断するわけじゃないがどちらのチームもキゼーノとは天と地ほどの実力差がある。カードの腕も、カード自体の強さも。
それにしても、やっぱり女性プレイヤーがほとんどなのか。いまだにカードゲーマーに女の子が多いってどうも信じられないな……
試合を観戦しながら、売店で買ったグミを食べる。現役時代よくやっていた習慣だ。キゼーノと戦うにあたってまたはじめてみた。カードゲーマーは頭をつかうから、糖分補給は欠かせない。
と、立ち上がった観客の何人かがこちらに気がつくと指をさして、小声でなにかやり取りをはじめた。
「ちょっとあれってハイロチームの……」
「隣のはたしか…だれだったっけ。あっ、たしかコマンドの!」
「おいオマケくん! ローグ様の足引っ張るなよ!」
そのうちのひとりがあきらかに俺をみてそんなことをさけんでいた。やれやれ。勝手なこと言ってくれるな。
そうおもったのもつかの間、ローグときいて彼女の熱烈なファンたちがすっ飛んできた。つぎつぎにその数は増えて、俺とハイロは取り囲まれてしまう。
彼女のファン層はまさに老若男女、子どもから大人まで幅広かった。今ここに集まっている人たちも年齢意はかなり触れ幅がある。
「エイト選手! ローグ様とはどういう関係で?」ファンが矢継ぎ早に質問を投げかけてきて、
「いや、なんだろうな……同僚?」
「ラジトバウムで結闘したことがあるというのは本当ですか!?」
「えっと……」
「ローグ様はいまどこですか!?」「え? いや、知らないな……」「知らないってことはないでしょう!? チームメイトなんだから!」
「いや本当に……。どっかのカードショップだとは思うけど、どこだかは聞いてないよ」
「カードショップですって!」
「急げ!」
ローグのファンたちは試合の途中にも関わらず、嵐のような勢いで去っていった。
「言わないほうがよかったのでは……」とハイロがすこし困り顔をして、
「まずかったかな。まあ大丈夫だろ。【ロールプレイング】で変装してるし」
「それにしてもローグさん、すごい人気ですね」
「ああ……」
「ロールプレイングのカードがなかったら、出歩けなかったでしょうね」
「プロの世界1位の人でも、あそこまでの人気はなかったな……」
「え?」
「あ、いや、なんでもない……」
そんなことを話していると、こんどはまた女性のカードゲーマーらしき人たちがこちらに集まってきた。
「エイト選手ですか!? 一回戦見ました! がんばってくださいね!」
「本物だぁ。ハイロチームのコマンドの……!」
「ハイロ選手!? サインください!」
「僕にも!」
そのなかにはまだ小さい男の子もいた。まだ一回戦戦っただけなのにもう顔をおぼえられてるのか。なんというかアマチュアの大会なのにすごいな。
「ダメですよ~今は試合中なのでサインはまた今度でおねがいします~」
そう言って、女子軍団を威圧するハイロ。
サインくらいならしてあげたいけど、今日はそういう目的できてるんじゃないから難しい。かといってこれじゃあもう偵察はできないな。ある程度情報はとれたし続きはおとなしく研究室でテレビカードつかって見るとしよう。
ハイロも同じことを考えたようで、俺の車椅子を押して会場から抜け出した。
「ハイロ、いい判断だったな。あれじゃもう偵察は無理だ」
「いえ……当然の務めです。それより、気をつけてください」
ひと気のない出口の手前で車椅子が止まる。ハイロのほうをみると、目を見開いて、真剣な面持ちをしながら俺の正面に立った。
いつもとちがう空気におされて、俺はすこし壁際へと逃げる。が、ハイロは距離をつめてきて、
「エイトさんは無防備すぎるんですよ。もっと女性を警戒してください。利用されてからじゃ、遅いんですよ。ダメなんです。私以外の女の子に、不用意に近づいちゃ……」
「わ、わかった。気をつける」
「わかってくれたならいいんですが……」
な、なんだかハイロが怖い。偵察ができなくなって、機嫌を損ねる気持ちはわかるけど、予想はできていたことだ。
「本当に……女豹どもには気をつけてくださいね。男性のカードゲーマーはめずらしいんですから」
そう言うハイロ。だが俺にはまだしっくりとこない。
「はぁ……そう……なんか変な感覚だけど」
この世界にきてから訳分からないことばかりだが、それがいちばん驚きかもしれない。
ハイロは通路のうしろをふりかえって、
「あれはエイトさんにたいしてふらちなことを考えている目でした。すきあらば仲良くなろうと……」
「そうなのか? まさかカードファンに顔覚えられてるとはおもわなかったな……」
「エイトさんを……穢れた目で…!!! 穢れた手で!!アああああああ!!!」
ハイロは突然大声をだして頭わしゃわしゃと搔きむしり取り乱しはじめた。
「いや怖い怖い!? どうしたの!?」
ドン、と俺の背後の壁に手をついて、顔をちかづけてくるハイロ。息がかかりそうな距離だ。
「あ、安心してください。わ、私は純粋に……」
「あ、ああ。と、とりあえず、落ち着いてくれ」
「大丈夫です。大丈夫ですからね……絶対に。きをつけてくださいね。敵チームのスパイかもしれないんですから」
そういえばそうだな。もしもの話だけど、口車にのせられてデッキの情報なんかしゃべってしまったら大変なことになる。俺なんか女性との接点がなかったから、誘われたらほいほいとついていってしまうかもしれない。
ハイロのいうとおりだ。それにしても心配しすぎだが。
「まったく、怖いなぁ……」としずかにつぶやくハイロ。
お、お前が1番怖えーよ。
でもたしかに、大会中なんだからもっと気を引き締めなきゃいけないか。
呪いのカードの可能性もあるけど、占いが外れることもあるとローグは言っていた。俺のすべきことは変わらないんだ、と自分にいいきかす。
そういうところまで頭にいれて目の前の試合に集中できてるハイロはさすがだ。
カードゲーマーって神経質なところがあるから、今みたいにピリついてたのもいい緊張感をたもてているからなのだろう。
しかし大会中のプレイヤーの空気ってはたから見るとこんな感じなのか。俺もカードのことで熱くなりすぎることがあるから、気をつけよう。
「さて、あの子たちのことは忘れて、帰ってデータをまとめないとですね」
「だな」
次回の更新→7月27日土 10時ごろ