#44 リバーストリガー
もらった、そう思ったときだった。体中に電流が流れたような衝撃がはしり、まったく身じろぎもできなくなった。呼吸が数秒止まった。
ローグたちも時が止まったかのように攻撃動作の途中で固まっている。と同時に、水龍の後方で水溜りからくらげ傘が顔を出しているのを見た。そこからさらに、キゼーノが姿をあらわす。
「リバース・トリガー、フロー……【カタストロフィ<水害拡大>】……これにより、くらげ傘のシークレットスキル【帯電水放出<エレキパーニー>】を全体化した。しかし大した武士よ。完全に麻痺した上で水龍に傷を負わせるとは……いったいどれほどの力が眠っているのか」
ローグの剣は水龍に当たる寸前で止まっているように見えたが、その後もゆるやかに動き続け刃の切っ先がわずかに当たっていた。
リバース・トリガー……! ここで使ってきたか。さらにシークレットスキルだと……!
リバーストリガーはヴァーサスでは特定条件下でのみ使える、強力すぎるゆえにデッキに1枚しか入れられないカードだ。だがひとたび使うことができれば一気に形勢を逆転することのできるいわば最後の手段。
「カトゥンカイルス、レコード【キョウキセンジュ】」
またも縮小化していたカイルスの触手が何尺も伸び停止していた狼とローグを襲う。このとき、体のしびれが取れ、ローグが即座に触手を打ち払った。狼もすばやく身をひいたが、その頬にごく小さな傷ができていた。
かすっただけのはずだが、狼はよろめいた。その後も細かく動こうとするたびに、右に左に足取りがおぼつかなくなっている。やはりなにか魔法の力が作用している。
そこからは、小細工なしの総力戦だった。
その時のことはよく覚えていない。ただ夢中に、読み合いと状況に応じたトリックカードの激しい応酬を繰り返し続けた。
度重なる戦闘で城内の壁という壁は崩れ、この世のものと思えないほど魔法の飛び交う光景を何度も目の当たりにした。
高速のカードゲームの中、俺はやがて頭よりも体が先に言うことをきかなくなり、自然と息が乱れたり地に膝をつけるようになった。
だが確実にキゼーノも消耗していた。表情に余裕がなくなり、鬼気迫るものがある。
キゼーノは傷ついていた練水探偵をサルベージした。こちらももう狼の体力が厳しくなってきている。だが相手も手負いのはずの水龍を手札に戻してはくれない。
接近戦であるため互角の戦いができていたが、カトゥンカイルスの触手技と水龍のダイヤモンドスライドは予想以上の威力だった。薮の盾を連発したためにもうこちらもオドはほとんど残っていない。
おそらく相手も同じ状況のはず。すばやい敵がくらげ傘しかいなくなった今、敵が大技を仕掛けてくれば隙ができる。もしその攻撃がこちらに当たれば致命的だが、ローグとハイロであればこの最終局面であっても集中力は途切れていないはず。決して不利ではない。
キゼーノに勝つための策は……ある。
だが……使いたくない手だ。
テネレモを犠牲にすれば……この局面を打破できる。
当初から決めていた作戦だ。一度しか使えないこちらのリバーストリガーとテネレモの盾を組み合わせて、相手の攻撃を受け止めたところをハイロとルプーリンに突撃させてクイーンを取る。
キゼーノの意識はローグでもハイロでもなく、僕たちに向いている。それが最後のチャンス。
偶然ではなく必然。あえて王都中のカードショップで暴れて自分をマークするように仕向けた。
またあの館での事件のことでかならず自分を気にかけるとも。
優れたカードゲーマーなら戦術的にも心情的にもより強い者を潰しにかかると読んでいた。この試合のなかでもできるだけ強い印象を与えるよう試行錯誤した。
しかし実際にどうなるかシミュレーションすると、あとすこしのところで歯車がかみ合わない。水龍とカイルスの火力があまりにも高すぎるため、あらゆるトリックを使っても防ぎきることができない。
つまり勝とうと思ったら、確実にテネレモは破れる。
ハイロがちら、とこちらを見た。
どうするのか、と困惑を抱えながら問うている目だ。わかっている。彼女のいいたいことは。戸惑いのなかにもどういう選択であろうとそれについていくという誇り高い意志を感じる。
しかし、……ほかに、ほかになにも、なにも策がない。なにも……!
こうして迷っている間にもキゼーノが一斉攻撃をしかけてくるかもしれないというのに、なにも答えがだせない。
テネレモはここまでずっと一緒に戦ってきた大切な存在だ……そんなこと、できない。
たとえただのカードであっても……テネレモは、友達なんだ。
疲労のせいか、視界がくらみはじめ、【魂の測知】のおかげで冴えていた頭がだんだんと鈍ってきた。
だが思い出せたこともある。そのおかげでまだこの試合にかける勝利への渇望はなくなってはいない。
友情のあかし……どんな逆境であってもはねのける……審官の強さを証明する……
テネレモ……俺を信じてくれるか。